作戦の命運を握る決闘
ガーベラ弐式で縦横無尽に戦場を駆け回る。
六月の時と違い、クォーツの動きに『全く追い付けない』と言った事は無く、『半歩程度の遅れ』だけで付いて行けている。ガーベラを開発した七人の色眼鏡老人達の意見は正しかった。でも、攻め切れていない。クォーツの背後は取れていないが、こちらも正面からぶつかって背後を取られないようにしてるので、攻め切れないのはある意味当然かもしれない。
でもそれは言い訳に過ぎない。駄目押しの一手を考えて、ふと、六月の時を思い出した。
前回、六月に搭乗していた機体は訓練用の機体だった。簡単に言うと、二線級の機体である。十年前まで使用されていた機体だけどね。
現在正式に採用されている、ナスタチウムとキンレンカにすら、リミッター解除をしても性能で劣る機体だ。
良く撃墜されなかったと、改めて自分を褒めてやりたいぐらいだ。一番のMVPはリミッター解除のやり方を教えてくれたあの先輩だな。まぁ、直接礼を言いに行く事は出来ないけどね。リミッター解除をする事になった経緯も教える必要が出てきそうだし。
「……ちっ」
さっきから同じ展開が続き思わず舌打ちが零れた。何度クォーツに切り掛かっても剣で弾かれてしまう。
状況を変える一手は何か考えるけど、すぐには思い付かない。
それにしても、何の因果でこんな事になっているのか?
自分が開発に関わった機体と、忘れた頃に戦う日が来るとは思わなかった。転生したら縁は切れて、二度と関わる事は無い、筈だった。
逆手に持った左の剣でクォーツの剣を弾き、右の剣で切り結び、この機体の特徴を思い出す。
クォーツ。アゲラタムを基にした高機動型の人型戦闘機。高速で動き回る機体。背中の飛翔機は高速戦闘中でも直角転換を可能にする為に、背中に二つ追加した。また、高速で飛翔させる為に、装甲を軽く丈夫なものに変えた。丈夫とは言っても、強度は元の約一・四倍程度だ。装甲の厚みはアゲラタムの三分の二程度で、関節部分は更に薄い。
クォーツの本来の運用は、高速で動いて敵を撹乱し、一撃離脱戦法をメインとする。
そのクォーツは同時期に開発した四機と共に、ルピナス帝国の手に渡った事で、武装とセットの装甲の代替品から新型機と呼べる程度に改良された。
ルピナス帝国の手に渡った五機がどのような改良を施されたのか。
事前に貰ったデータを見て確認はした。データを見る限りだが、元になったアゲラタムの性能を強化と、クォーツは装甲をシェフレラ石の代用合金に変えただけだった。これ以外に目立った改良は施されていなかった。
改良を施す必要が無かったのか、改良案が無かったのかは知らない。
基にしたアゲラタムを強化した事から考えると、前者の可能性が高い。それにガーベラ弐式に乗ってクォーツと戦闘を行い得た、性能に関する感想も抱けなかったし。
想定通りの性能を発揮する分には問題無い。それは良い事だ。
それにしても、変わり果てた外観なのに、中身は変わっていない。矛盾を感じるが、元になったアゲラタムの性能が強化されていると言う事は、『基本性能が底上げされている』同然なので、油断は出来ない。
首……じゃなくて、腕だけ残して逝けば……これも違う。
腕を差し出して、早々にオニキスのところへ案内してくれればいいのに。遅刻した癖に、何でこいつは粘るんだ?
ひょっとして、このクォーツには戦闘狂が乗っているのか?
そうだとしたら面倒臭いな。戦闘そのものを楽しむ奴なのか、己が勝つ事に固執する奴なのか、それは判らない。
現状で判っている確かな事は、『この戦闘が長引くと不利になる』事ぐらいか。もう少し詳しく言うと、ガーベラ弐式の燃料の残量か。
アゲラタムを基にしている事も在り、クォーツは炉石なる『核融合炉』を動力源にしている為、ガーベラ弐式と違い燃料の残量を気にする必要が無い。付け加えると、クォーツは基本的に銃器系の装備を、頭部に『バルカン』系の牽制用の装備すら持たない。状況に応じて持つ事は可能だが、遠距離攻撃をメインにしているホークスアイが存在し、コンビを組む回数も多い。その為、基本的に近接格闘武装以外は装備しない。
目の前のクォーツも、銃器系の装備を持っていない。銃器に割り振るエネルギーが存在しない為、燃料全てを移動に使用出来る。
この作戦が始まってから自分もだけど、一度も左肩の陽粒子砲を使用していない。けれど、バーニアを吹かしっぱなしの為、燃料をそれなりに消費している。
……逸ってはいけないんだけど、そろそろ勝ちを取りに行かないと不味いな。
作戦が始まってから、既に一時間半以上が経過し、もうすぐ二時間になる。
駄目押しの一手は使いたくなかったアレか。六月の時にも使った、『一秒から数秒先の仮定確定した未来を見る』スキル魔法の一つ『先見』の使用を考える。直感だが、魔法で知覚を強化しただけでは、勝ち筋は見えない。でも、使用して六月の時のように倒れる訳には行かないから出し惜しみしていたけど、そうは言っていられないな。オニキスを受け取って、転移門を破壊するミッションが残っているのだ。
しかし、最後の最後で足を引っ張るのは性能差になるのか。クォーツの強化が劇的でない事が唯一の救いだな。
とにもかくにも、先見を使うのならば早々に終わらせないと。
一刻も早く終わらせて、この作戦を終わらせる。強引だが、作戦が終わるに越した事は無い。
鍔迫り合う僅かな時間に、一度深呼吸をして、先見を発動させる。ほぼ同じタイミングで、魔法で知覚を強化する。
視界で動く全てが、スローモーションで見える世界。一秒が十秒に感じる。
同時に発動させた先見でクォーツの動きを視て回避しながら攻撃を繰り出す。
ガーベラ弐式の右手に持った剣の切っ先が、クォーツの剣を掻い潜って右肩の装甲の先を掠めた。そのままクォーツの右横を通り過ぎて素早く反転し、再度切り掛かる。今度は左の盾に阻まれたけど、掌を上にするように剣を寝かせてから突き出して盾の上部の縁を滑らせて左肩の付け根を狙う。剣の切っ先が少しだけクォーツの左肩の装甲に食い込んだ。だが、クォーツが身を捻るように動いたので、切っ先が肩から外れてしまい切断するには至らなかった。
攻撃する腕をどちらか片方に絞るのが良いんだろうけど、一度やったら動きが読まれたからもうやらん。左右に抉るような攻撃を重ねて、隙が有ればどちらでも獲れるようにしてしまった方が確実だ。
アゲラタムを基礎にしているから当然なんだけど、クォーツもアゲラタムと同じ自動修復機能を積んでいる。自己修復と言っても、八月に戦ったマルス・ドメスティカのように『周辺のものを自動で採取して、失った部位を直す』程の機能は持っていない。故に、装甲を抉り取るような攻撃が有効打となる。
焦らずに、クォーツの動きを先見で視て回避しつつ、根気強くカウンター攻撃を重ねて行く。
先見を長時間使うような事態に遭遇した事は、六月の一件以外だと、覚えている範囲では無い。先見は可能な限り使わないようにしていた。魔力消費量と脳への負担を考慮してだが、一番の理由は使い慣れる事で起きる『勘の鈍り』を防ぐ為だ。
常に攻略本を読まないと戦えないのか。そんな気がしたのと、習熟度を上げる為に使っても『視れる未来の時間が延びた』だけで、魔力消費量と脳への負担は変わらなかった。いや、これまでと同じ負担で時間が延びているから、ある程度は解消されているんだけど、実感が無い。
先見で視た通りに放たれたクォーツの斬撃を逆手に持った左の剣で受け、ガーベラの上半身を前に倒した。右腕を限界まで伸ばして、左に少し傾けた右の剣でクォーツの盾の縁を削りながら捻じ込むような突きを放つ。剣の切っ先は左肩の付け根に深く突き刺さったが、クォーツが左半身を僅かに後ろへ動かした。その為、剣の切っ先が僅かに浮いてしまい、そのまま切断する事は叶わなかった。
けれども、ある意味チャンスだ。
ガーベラ弐式の左手は剣を逆手に持ったままだ。順手だったらやり難かった、かもしれない。
左の剣の角度を変えて受けている剣を流した。右半身になっていた状態で力を入れていたからか、クォーツの体勢を前に崩す事に成功した。剣を持ったまま左手で近づいたクォーツの頭部に打撃を叩き込む。人間で言うと、顔に縦拳を叩き込むような感じか。イイ感じの左ストレートがクォーツの頭部に入った。クォーツの上半身が今度は後ろへ仰け反った。反動で右の剣がクォーツの肩からすっぽ抜けた。
内心で作戦終了後に整備兵の面々に悪いと謝り、続いてガーベラ弐式の右足でクォーツの盾持つ左腕を蹴り飛ばした。回避はされなかった。頭部を殴った衝撃がパイロットにまで伝わったのか、クォーツの反応が明らかに鈍い。
……多分、これが最後のチャンスだな。
延びた時間感覚の中でそんな確信を持った。ガーベラ弐式の燃料の残量を考えると、これが最後になる。
右の剣を手前に傾けて、バーニアを一瞬だけ全開にして飛翔する。クォーツの反応は未だに鈍い。これなら行けると確信する。
移動の速度を使い、すれ違い様に切り捨てるように、クォーツの左腕を断ち切った。
即座に反転し、クォーツと向き直る。クォーツに動きは無い。宇宙空間を漂うクォーツの左腕を見て、一瞬だけ、回収を考えた。けれども、実行に移す前に端末が起動し、眼前に空中ディスプレイが出現した。空中ディスプレイに映っているのはティスだった。発動していた魔法を全て解除する。
『ハイ、そこまで。試練達成おめでとう』
「おめでとうって、見てたの?」
『うん。映像を見たいって人が何人かいて、録画を頼まれていたんだ。それに、また予定に無い事をされたら、何を要求されるか分からないし』
「……だったら最初から監視してよ」
緊張が解けてしまったのか、ティスの回答を聞くなり脱力してしまった。愚痴も零れた。
空中ディスプレイの向こう側では、クォーツが切り落とした左腕を回収していた。再戦の気配は無い。ティスがこうして停めに入ったと言う事は、予め『腕を落とされたらそこで終了』と言い聞かせていたのかもしれない。それなら、予定に無い行動を取るなって釘を刺して欲しかったよ。
『オニキスのところへ案内させる』
「あ、待って。近くにいる筈の松永大佐達にも知らせないと」
『必要なの?』
「味方からの誤射を防ぐ為に一緒にいたから必要なの!」
装甲の色は変えたが、アゲラタムに搭乗しているので敵機と勘違いされかねない。何より公表していない。味方からの勘違いによる誤射の可能性は十分に有る。
公表すれば回避出来そうに思えるが、『問い合わせで、日本支部(作戦に参加しない上層部の面々)が、業務の増加が原因で混乱する可能性が有る』事から、作戦終了後の公表となった。
「作戦が始まる事で、ただでさえ多い日々の業務量が増えるのに、要らん追加業務はやりたくない。この隙に色々と業務を終わらせたい」
この発言したのは支部長だ。同席していた飯島大佐も神妙な顔をしていたので、同じ事を思っていた可能性は高い。
戦闘が始まっても可能な限り近くにいると、松永大佐は言っていた。その言葉通りならば、戦場を駆け回っていても近くにいる筈だ。そう判断して空中ディスプレイはそのままに、両手の剣を腰と肩に戻してから周辺を探すと、確かにいた。
いたんだけど、様子がおかしい。三機で固まったまま動かない。通信機で呼び掛けても応答は無い。胸騒ぎがする。慌ててガーベラ弐式を操縦して近づくと、三機の内の一機の左腕が半壊している様子を確認した。残りの二機にも軽度の損傷が見えた。予想外の光景を見てギョッとする。勝利の余韻(そもそも無い)も吹き飛ぶ衝撃的な光景に、思わず『大丈夫ですか!』と大声を上げてしまった。
『……星崎? 終わったのか?』
「終わりましたし、ちゃんと勝ちましたよ。それよりも、だ、誰の機体がっ!?」
通信機から疲れ切った松永大佐の声が聞こえて来た。けれども、誰の機体が損傷したのかは判らない。肩に数字を入れて貰えば良かったな。
『済まない星崎。俺のせいだ』
『いや、井上。フォローに入れなかった俺が悪い』
この心底済まなそうな声は、井上中佐だ。続いて響いた声は佐々木中佐か。
中佐コンビは互いに『俺が悪い』と言い張っているが、状況が全く分からない。何より、何時もならば既に止めに入る松永大佐が何も言わない。
「ええと、とりあえず説明して下さい」
正しい状況を理解する為に、説明を要求した。




