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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
作戦と試練 西暦3147年10月後半

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近過ぎず、遠過ぎない距離で ~松永視点~

 佐々木中佐と井上中佐の二人と協力して敵機を撃墜したにも拘らず、アゲラタムのコックピット内で松永は神妙な面持ちでいた。

 松永がこうなっている理由は、介入すら出来ない高速戦闘を行うガーベラ弐式とクォーツ(星崎がそう呼称していた)の戦いぶりを見たからではない。

『……ちぃっ』

 イヤーカフス型の通信機から、それなりに付き合いのある松永ですら聞いた事の無い低い声音で、『星崎の舌打ち』が小さく漏れ聞こえた。苛立っている事が一発で判る程に低い声音だった。だが、苛立っている筈の星崎が操縦するガーベラ弐式の動きは自棄を起こして雑になるどころか、鋭さと正確さを増して行く。増した鋭さと正確さは半歩程度の機体の反応の遅れを完全にカバーしていた。

 全ての攻撃が一撃必殺の鋭さを持っている。機体性能の差が無ければ、あのクォーツを既に撃墜していたと確信を抱ける程の鋭さだ。

 星崎は終始『冷静に攻撃している』ようにも思える。だが、時折通信機から舌打ちしてからの『死ねぇっ!!』と、ドスの効いた低い雄叫びが聞こえる。通信機越しでも分かる殺意の高さに松永は、星崎が本来の目的を忘れて『発狂』していないかちょっと心配になった。それにしても、一体どこからこんな男のような低い声が出せるのか。

『星崎はキレると冷静になる奴だったのか』

『いや、井上。どう見ても発狂しているだろ』

 珍しい事に、佐々木中佐が井上中佐に突っ込みを入れている。二機の戦闘が始まった頃、星崎の変貌っぷりに慄き小さく悲鳴を漏らしていた二人だったが、時間が少し経てば慣れてしまい、普段通りの反応を見せている。人間が持つ『慣れ』の恐ろしさを感じるやり取りだった。

 松永達三人は戦闘を行いつつ、ガーベラ弐式の邪魔にならない程度に距離を取ると言う、普段の戦闘では滅多にやらない難しい事を行っていた。戦闘と同時に適切な距離を維持するのは事は難しい。三人は何度も目を離した一瞬の内に、二機の姿を見失った。見失う度に、三機で慌てて探して移動した。



 一つの戦闘が終了した。三機で安全確認をしてから佐々木中佐と交代で、松永は操縦桿から手を離し、前に傾けていた上半身を起こして両手を組んで軽く伸びをした。思っていた以上に凝り固まっていたのか、小気味のいい音が体のあちこちから鳴った。その音は高性能な通信機に拾われてしまったらしく、恐る恐ると言った感じで井上中佐より心配する声が聞こえた。

『松永大佐、佐々木、大丈夫ですか?』

「大丈夫だ。しかし、気を遣わせて済まないな」

『井上、俺も大丈夫だぞ』

 佐々木中佐と一緒に『大丈夫』と井上中佐に回答する。

 こんなやり取りをしている原因は、作戦前にデスクワークを行ったからではなく、単純にアゲラタムの操縦席に在った。

 試験運用隊が保有する小規模演習場にてアゲラタムの操縦訓練を行っていた頃。慣れない操縦方法に悪戦苦闘していたが、最大の敵は操縦時の『姿勢』だった。

 アゲラタムの操縦席は二種類存在する。椅子に座る『シート型』と、大型バイクに乗る時のような『ライド型』だ。星崎は『座席型』と『騎乗型(馬に乗る感覚だからこの名称らしい)』と呼称していた。

 井上中佐が乗るアゲラタムのコックピットの操縦席は『シート型』だが、松永と佐々木中佐の二人は『ライド型』の操縦席を持つアゲラタムに乗っている。

 さて、この『ライド型』の操縦席でアゲラタムを操縦する時、姿勢を上半身を中途半端に前へ倒す状態を維持しなくてはならない。

 松永は腰痛持ちではないが、流石に長時間も『中途半端な姿勢を維持する』のはキツイ。これには佐々木中佐も同意見だった。無重力下とは言え、何時もと違う姿勢を維持しながら戦闘を行うのは流石に厳しい。

 そこで、松永と佐々木中佐は戦闘の合間に交代で、十数秒程度の短い時間だが、上半身を起こし中途半端な姿勢を止める時間を設ける事にした。ただ一人『シート型』の操縦席を使っている井上中佐も、八月に『ライド型』で操縦した時に似た感想を抱いていたらしく、導入に賛同してくれた。いや、同情されたと言うべきか。

 この時ばかりは、シート型の操縦席と『相性が悪かった』己を恨むしかない。


 そもそもの話。

 何故、アゲラタムの操縦席は『二種類』も存在するのか? そして何故、最初に開発された座席が『ライド型』なのか?

 作戦開始前――ツクヨミを出発する数日間に、気になった松永は食事中に一度だけ、知っていそうな星崎に質問した。

「アゲラタムは、先史文明時代に使用されていた人型戦闘機『カルーナ』を参考に作られた機体です」

 この言葉を皮切りに、星崎から少々長めの説明を受けた。

 向こうの宇宙では『カルーナ』と呼ばれる機体が、アゲラタム以外の人型戦闘機を作る際のモデルになった。

 だが、カルーナの操縦方法は『機体と一体化』して行う。機体と一体化、それは『機械と融合』を意味する。機械との融合を『解除する』技術が確立されていたから可能となった操縦方法だ。地球の技術ではまず不可能としか言いようが無い。

 現在の向こうの宇宙では、この機械との融合は確立されているのに、『融合を解除する』技術だけが失われている。

 融合に関わる技術は『一度は失われた』ものの、今では完璧に再現されて一つの技術として復活している。義腕義足などが医療の一部として求められた結果、国家が主体となって、融合に関わる研究が推し進められた結果だった。

 一方、融合を解除する技術は『必要とされる状況が少ない』事から研究は進まず、未だに再現出来ていない。

 こんな状況でカルーナのコックピット内を完璧に再現しても『意味は無い』――その筈だった。

 発掘された現物を調査の結果、カルーナには緊急時用に『もう一つの操縦方法』が用いられていた。これが現在アゲラタムにも使用されている操縦方法である。

 このカルーナにとっては『緊急時の操縦方法』を、アゲラタムは正式な『通常操縦方法』として採用した。

 つまり、松永達がライド型と呼んでいる操縦席は緊急時用の操縦席だったとも言える。だがそれでも、椅子に座るような操縦席にすれば良かったのではないかと、疑問が残ってしまう。

 この疑問に解答は存在した。

 アゲラタムと同じ方法で起動させたカルーナと融合したあと、パイロットに『カルーナと融合した事を強く意識させる』為に、立ち上がる動作の一部を取り入れた。

 人間は立ち上がる際に、体を少し前に倒さなければ立ち上がれない。この特徴を利用して、額を指などで押され続けると立てないなどの現象が起きる。

 体が持つ自然な動作を起動時に取り入れる事で、機械と融合しても己の体は存在すると意識が残せる。

 逆に『立てなかった』場合、カルーナとの融合が上手く行っていない事が判明する。

 カルーナの操縦席がライド型なのは、前屈みの状態から身を起こす動作を取り入れる事で、機体との融合具合を見る為だった。

 けれども、アゲラタムは機体と『融合せずに』操縦を行うのに、操縦席はカルーナと同じだ。わざわざ操縦席まで、モデルにしたカルーナと同じにする必要は無い。

 この疑問にも解答は存在した。

 操縦席がそのままだった理由。それは単純な技術力不足だった。

 アゲラタムが『開発された当時』の技術では、操縦席を別の形に作り変える事が出来なかった。そこで、様々な操縦席を作り、実験を行い結果を集めて、同時並行で他の技術の開発と失われた技術の再現を行い、長い年月を掛けて、漸くシート型の操縦席の開発を成功させた。

 だが、成功させたは良かったものの。何が不足しているのか、今度は操縦席との『相性』なる問題が発生した。

 これにより開発者達は再び頭を抱えた。操縦席の相性の問題はどうやっても解決せず、結局そのままとなった。一部では未だに研究が続いているが、これと言った成果は出ていない。

 相性の問題を解決する為には、機体との『融合を解除する』研究を行わねばならない。そう判断されたが、『公式記録』で研究と実験は行われなかった。

 公式記録に残っていない理由は単純なものだった。融合を解除する実験が『行いたくとも出来ない』のだ。

 人間以外の動物で行うにしろ、機械と融合させた時点で何が起きるか分からない。いやそもそも、人間以外を機械と融合させた実例が存在しない。

 こうなっては義体となった人間で実験を行うしかないが、協力者は存在しない。

 機械と融合する実験を行う時は『健常な生活を送る為の体を求めた』人間が多く存在した事から、大勢の協力者希望者がいた。

 融合実験に協力し、求めた生活を得た人間が『元の不便な生活に戻る』実験に協力してくれる筈も無く。

 融合解除の研究は『ほぼ』頓挫した。

 ここで『ほぼ』が付く理由は、未だに研究を行っている物好きな人間の所属が小規模犯罪組織で、グレーゾーンすれすれの範囲で細々と行っているからだ。これを聞いた松永は、犯罪組織で行われている研究をカウントする必要は無いと思った。

 とにもかくにも、様々な理由が重なった結果。

 相性の問題は在れど、操縦が不可能となった訳では無いと言う点と、星崎曰く『向こうの宇宙では戦闘機に搭乗しての戦闘は、可能な限り短時間で終わらせる』のが良いとされている為、アゲラタムの操縦席は二種類のままで放置された。

 松永は『無駄に混み入り過ぎだ』と感想を抱いた。


 星崎から教えられたアゲラタムに関わる裏事情は、一から十まで聞いても納得出来ないものが多かった。ここに面倒な国内外の政治情勢まで絡む事が多く、星崎に『アゲラタムに関しては、これでも公表情報量が多い方』と言わせた。これを聞いて松永は『これ以上は教えられない裏情報になる』と判断した。

 向こうの宇宙の闇の深さが窺える。同時に、星崎にものを尋ねる時には細心の注意を払わねばならないと、松永は心に誓った。



『それにしても、どうして星崎はあんなにも発狂しているんだ?』

 戦闘の合間の僅かな空白の時間。ガーベラ弐式の高速戦闘を視界の端に収めながら、佐々木中佐はある意味当然とも取れる疑問を口にした。井上中佐も同じ疑問を抱いたのか『確かに』と呟いた。松永も一度は抱いた疑問だったので少し考えた。

 普段大人しい星崎が発狂する理由とは何か?

 答えを求めて、松永はガーベラ弐式が戦闘を行っているクォーツを見た。星崎曰く、クォーツの本来の色は『白色』らしい。白色から銀色に塗装されたあのクォーツこそが、星崎が六月に、演習中にとある人物が嘘を吐いて呼び出されたあの時の実戦で戦った敵機だ。

『それは……多分だが、ガーベラに乗る切っ掛けになったからだろう』

 松永は『多分』と前置きを入れてから、己の推測を口にした。松永的にこれが正しいと感じている。

 あの時の戦闘が無ければ、佐久間支部長は星崎に目を付けなかったかもしれない。その可能性は……選抜クラス行きが決まっていた事を考えると低いが、星崎は知らない。知らないからこそ、星崎は『目を付けられなかったかもしれない』と、可能性を考えてしまう。

 現在、星崎は『己の人生を変えた』相手と戦っている。『あの時こいつが来なければ』と思ってしまっても仕方が無い。不満が有れど、前世の激務(一部を聞いた限りだが)から解放されて、訓練学校でのんびりゴロゴロと自堕落な学生生活を送っていたのに、それを二年と少しで『強制終了』させた相手だ。そんな相手と決闘するとなれば、溜まった鬱憤が爆発してしまうのは、ある意味仕方が無い事なのかもしれない。

『だが星崎は、あの時点で選抜クラス行きが決まっていた。どの道、佐久間支部長の目に留まっていただろう』

 そう。星崎にとっては悲しい事に、既に選抜クラス行きが決まっていた。選抜クラスでは正規兵と一緒に訓練を行う機会も在るのだが、十年振りである事と、星崎の実力を考えると、佐久間支部長の許へ相談が行くかもしれない。

『確か、選抜クラスに行く生徒は十年振りだったっけ』

『そうだったな』

 通信機で二人は確認し合っていた。

 戦闘の合間に行う会話では無いが、三機で背中を合わせて周辺を警戒しながら行っている。敵機が接近すれば三機で対応し、ガーベラ弐式との距離を保つ。

 ガーベラ弐式とクォーツの戦闘は拮抗している。だが戦闘を開始してから、まだ二十分も経過していない。にも拘らず、あの二機は戦闘空域を高速で移動しながら戦っている。それでも二機とも破壊対象物からは、遠過ぎず近過ぎない距離を保っている。器用としか言いようがなかった。

 松永はガーベラ弐式の戦闘を見る。弐式と呼ばれる追加装備を得て、ガーベラの最大移動速度は約二倍にまで上がった。つくづくパイロットの事を考えていない装備だと感じ、開発者達が何を考えているのか思うと寒気を感じる。パイロットも同じ人間だと理解していて欲しいところだ。

『『あ』』

 視界の隅、ガーベラ弐式が両開きのドアをこじ開けるように、器用にもクォーツの左腕に蹴りを叩き込んだ。直後、松永は正面に敵機が迫って来るのを見た。ターゲスでは無いが、十機もの敵が来た。

「――ちっ、接敵! 十機だ!」

 松永は接敵を二人に告げて正面に集中した。


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