作戦開始前の最終確認
時間は流れて、十月二十六日八時。予定よりも四時間程早く到着した。途中で襲撃を受ける事を想定していたらしいが、起きなかった為、予定よりも早くに到着した。
自分の心配は杞憂で終わった。良かったけど――いや、もう作戦の事だけを考えよう。
予定よりも早くに到着しても、作戦の開始時間は変わらない。
襲撃に対応する時以上に入念な点検やミーティングが行われた。
それは自分が乗る戦艦も変わらない。積載されている機体はガーベラ弐式、ナスタチウム(松永大佐用)一機、アゲラタム(ガーベラと同じ色に塗装されている)三機の計五機だ。その内、人間の手による点検を必要とする機体はガーベラ弐式だけだ。
では、何の為にナスタチウムを持って来たのかと言うと、想定されていた移動中の襲撃時に松永大佐が乗る為の機体だ。結局使わなかったが。
そして、時刻は十五時になった。
作戦開始まで残り三時間を過ぎたところで、佐々木中佐が井上中佐を連れて自分と松永大佐が乗る戦艦にやって来た。
驚きは無い。松永大佐と中佐コンビの三人で、アゲラタムに搭乗してターゲスを撃破する事が決まっている。作戦開始日が近づいている時に、パイロットの配置が換わった事による混乱は『多少』起きたものの、作戦の一部が変更された訳では無いので『どうにかした(井上中佐談)』そうだ。これを聞いて『やっぱり問題が起きたのか』と思った。どうにか『なった』ではなく、どうにか『した』である当たり、支部長が動いていそうだ。
最近になって発覚した事で忘れがちだけど、ガーベラ弐式と同じ赤色に塗装し直してもアゲラタムは『敵機』だった機体だ。支部長が決めた事とは言え、元敵機に悪い感情を持つものは多い。事前にアゲラタムの使用を公表すれば、幾ら支部長が『使えるものは使いましょう。例え敵機であっても』と公言していても、支部長だけでなく日本支部全体に批判が集まりかねない。
こんな事情も在り、アゲラタムは使用する直前まで可能な限り隠す事になった。移送する戦艦選びは、諜報部が一隻保有しているから余り悩まなかったらしい。元々ガーベラ弐式を積載する戦艦として参加する予定だったから、怪しむ人もいないらしい。戦艦の乗員は全員諜報部所属だから口も堅い。
自分と松永大佐と中佐コンビの四人でミーティングルームへ移動し、今後の予定の最終確認を行う。
自分もそうだが、大人三人にも『撃墜ノルマ』が課されている。ツクヨミにいた頃の模擬戦も大分熱心に行っていたけど、作戦前に行う最後のミーティングだからか、最終確認なのに白熱している。
三十分ぐらいが経過したところで待ったを掛けるように、大人三人に『水を取って来ますか?』と声を掛けた。その声で我に返ったのか、三人同時に時刻を確認してギョッとした。どうやら忘れていた模様。
一度、休憩を挟む事になった。
大人三人は紙コップにお湯を注いで作ったインスタントコーヒー、自分は端末に入れていたレモンティー(加糖)のペットボトルを取り出して、それぞれ飲む。
「最終確認は終わりそうですか?」
「……確認自体は終わっている。フォーメーションの議論が残っているだけだ」
「松永大佐の言う通り、確認は終わっている。ただ、な」
佐々木中佐は『ただ』と言ってから視線を泳がせた。松永大佐は佐々木中佐の言葉を受け継がずに少し冷めたコーヒーに口を付けた。代わりに、井上中佐が言葉を繋いだ。
「ただ、これまで『五機』で行っていたフォーメーションを『三機』で行わなくてはならないだろ? 星崎から向こうのフォーメーションを幾つか教えて貰ったけど、やっぱり慣れなくてな」
井上中佐の言葉を聞いて、そう言えばと思い出す。
訓練学校でと言うよりも、防衛軍で採用されているフォーメーションの殆どは『敵機を確実に撃墜する』事を考えたものだ。敵機を確実に撃墜する為に、戦力差を五対一(防衛軍設立当初)と想定してフォーメーションは考えられている。
時代が下って、幾つもの新たな技術が誕生し、幾つものこれまでの技術が淘汰された結果、今から四十年程前より、各支部ごとにフォーメーションに違いが出るようになった。日本支部では『基本に忠実な』フォーメーションが良いとされており、フォーメーションに関する議論が余り行われていない。
「星崎から教えて貰ったフォーメーションは参考になった。ただし、俺達は三人で動く事を想定する機会がこれまで無かった。丁度良い機会だから、松永大佐と井上に相談して色々と試したんだ」
「作戦も重要だが、今後の事も考えねばならない。日本支部は昔から、本国からのちょっかいが原因の『ゴタゴタ』が多かった。そのゴタゴタのせいでフォーメーションに関する議論を行う機会が無かった。今回、佐久間支部長から許可を取り、時間の許す限り議論を行いつつフォーメーションの確認を行っていた」
「そうだったんですか」
「そうだ。作戦開始までの残り時間を考えると、そろそろ切り上げねばならないな」
そう言ってから松永大佐は中佐コンビを見た。中佐コンビも『そろそろか』みたいな顔をしている。
改めて最終確認を行ってから、イヤーカフス型の通信機が配られた。四人で更衣室へ向かいパイロットスーツに着替える。
「それにしても、嫌な事を聞いたなぁ」
自分以外に誰もいない女子更衣室で着替えながら思う。
大人から聞かされる情報を聞くと『碌な政治家がいねぇ』と思ってしまう。衆愚政治が長く続いた結果か?
専制政治のルピナス帝国で――と言うよりも向こうの宇宙で政治に関わるものは、大体が貴族だったけど、個人の利益を優先してまで国を傾けるような奴は余りいなかった。そう言う奴に限って、下位貴族が多かったな。爵位と家の歴史の長さが『身分の責任の重さに直結する』高位貴族は馬鹿をやらない奴が多かった。
向こうの宇宙では、『馬鹿をやる奴=身分が低い、もしくは、身丈に合わない野望を持つ無能』って、構図が出来上がっていた。
平民の立場で政治に関わるものもいたけど、日に日に窶れて行き、議会が終わると同時に倒れるものまでいた。
政治関係は関わって来た時間がそのまま経験になっているようにも見えるけど、たまに大物とやり合って一気に成長する奴もいる。やっぱり経験の質か。そうなると、地球全体の政治家のレベルが低いと言う事になる。
仮にそうならば、ルピナス帝国を始めとした向こうの宇宙の国家元首の面々に、『政治家』として見られないぞ。くだらない『愚物』呼ばわりされかねない。相手にされる人間が一人でもいれば良いんだが、望みは薄いな。
向こうは王制の国が多いのに腐敗政治に陥っていない。腐敗と汚職は他国に付け入らせる『致命的な隙となる』と言う考えが広く浸透している結果だ。他人の足を引っ張り、蹴り落とす事しか考えていない奴は、何かの『おまけ』で簡単に切り捨てられてしまうからその数は少ない。
いや、向こうにもこっちと同じく『選挙』で選ばれた人による政治形式は存在するよ。ただし、普段から政治の事について考える人が少ない――いや、縁遠い人が多いからか、政治家に丸投げなところが有る。己の生活に関係が有るような内容には興味を持つが、影響が出ないと興味を持たない傾向にあった。
政治は理解し難いから、専門家に頼むのが良い。そんな風にぶっちゃける人もいた。そんな人が多いからか、王制の国家が多かった。
「作戦が成功したら、政治の勢力図と関わりそうだな。巻き込まれなきゃ良いな」
髪留めのリボンを手に取ったところで、作戦成功後の勢力図について考えてしまった。
自分は政治を余り理解出来ていない。勉強する機会は無かったが、巻き込まれそうな時には事前に色々と打ち合わせや相談をして対策を取った。
後頭部辺りに長い髪でお団子を作りリボンで纏める。訓練学校にいた頃には生地の薄い手拭いみたいなタオルで似たような事をやっていた。授業中にタオルが欲しくなった時に髪を解いて汗を拭ったりしていた。ショートヘアーの女子生徒が殆どだったので、『タオルを密輸入するなんてズルい』と言われたな。
髪を纏めたら、ヘルメットを持って格納庫へ向かった。
自分のやる事は決まっている。
一対一で勝つ事だ。これに関して、最終確認で大人三人に改めて話して同意は得ている。唯一の心配は、大人三人に何か遭っても助けに行けない事だ。
「我々は星崎が心配する程、弱くないぞ」
「松永大佐の言う通りだ。俺は佐々木のおまけで中佐になったようなもんだけど、それなりに経験は積んでいる」
「井上。お前は俺のおまけじゃない。コンビの相方だ。ま、井上のフォローが無かったらヤバかった事は多かったけど、今回は三人でやるんだ。大丈夫だ。どうにかなる」
最後の佐々木中佐の言葉を聞いて『どこからそんな自信が出て来るんだ?』と、突っ込みを入れたくなったが、どうにか思い留まった。
よくよく考えると、この三人は十年前の作戦にも参加して生き残り、この十年間も襲撃の出撃に参加しても生還している人達なのだ。これ以上の心配は逆に失礼になる。
最後にイヤーカフスの通信機の確認を行い、互いに声を掛け合ってからコックピットへ乗り込む。
自分も声に対応してからヘルメットを被り、コックピットに乗り込んだ。
あの銀色の敵機――色違いのクォーツと予想外の戦闘を行ってから、約四ヶ月半近い月日が経過した。
些細な事で人生変わり過ぎだよ。違う電車に乗ってしまったようだなとも思ってしまう。
でも、訓練学校においての学生生活の残り時間は、高等部と合わせて三年と数ヶ月だ。たまに思う。これが一年遅かったら――いやいや、もしもの仮定話や人生ループものだと『最初の一度目が最も良い結果だった』と言う話も聞く。そう考えると現状が最も良い状況かもしれない。
しかし、人生計画が狂いに狂った挙句、もう二度と会う事は無いと思っていた面々と再会を果たした。どんな確率だよ。
『準備完了。ガーベラ弐式出撃して下さい』
通信機経由で響いたアナウンスに対応し、ガーベラ弐式を操縦して出撃した。
左右のモニターを見ると、数多の戦艦のカタパルトより戦闘機が続々と出撃している。三ヶ国とロシア支部の一部に、各支部の志願者から成る編成だが、こうして大量の機体を見ると壮観だな。
十月二十六日十八時。
十年越しのリベンジとなる作戦が、遂に始まった。