トラブル(?)発生から一段落して~佐久間視点~
再び日本支部長の執務室に場所は戻る。
佐久間は星崎に『兵舎で待機』を言い渡し、退出させた。
「さて、フランス支部が今後どう出るか。悩むな」
「そうですね」
幹部の相槌に全員が頭痛を堪えるような顔をする。
ここで気に掛けるのが『イタリア支部』ではなく『フランス支部』なのは、退出させる前の星崎に質問した事で得た情報が原因だ。
星崎が退出する前に、佐久間はとある疑問を彼女にぶつけた。
「ガーベラを操縦中に他支部のものと通信をした事は有るか?」
訓練生である彼女は他支部の兵士と交流が無い。支部を超えた交流は訓練学校を卒業してからが通例だが、彼女は例外的な出来事を体験している。
一度だけ、他支部と同じ戦場に出撃させた。それは、ガーベラを初めて実戦に出した約二日前の戦闘。
「通信ですか?」
心底不思議そうな顔をして星崎は首を少しだけ傾けた。記憶を探り、『そう言えば』と小さく呟く。その呟きを聞き、佐久間はやはりと思った。
「……両肩の赤い白い機体のパイロットと少しだけ通信をしました」
両肩が赤い機体。これだけでは判らなそうな情報だが、ヨーロッパ方面の支部では機体のカラーリングが国旗を連想させるものとなっている。日生に指示を飛ばし、他国の量産機の写真を星崎に見せて選ばせる。すると、意外な事に彼女が選んだのは、イタリア支部ではなくフランス支部の量産機だった。
「何故通信をした?」
「え? ええと、減速のタイミングを間違えてぶつかってしまいまして……その、ぶつかった結果、攻撃が回避出来たからと通信で礼を言われました。その通信の際に、ぶつかった事への謝罪をしました」
目を泳がせながらの回答だった。操縦ミスとは言え他支部の友軍機を救助している上に、戦闘終了後に発生するよくある揉め事をその場で解消している。
更に通信をして来たのはフランス支部の方からで、星崎からでは無い。相手からの通信を無視するのは流石に失礼に当たる。
何とも注意しづらい事実だった。
「今回の騒動の裏にフランス支部が関わっていそうですね」「そうなるな」「噂を流せば、どこかの支部の誰かが馬鹿をやるかも知れないと期待した、とでも言うのか?」「その可能性が高い。と言うか狙っただろう、これ」「支部ぐるみで、狙ってやったとでも言うのか?」「フランス支部が情報を意図的に流し、確認の為にイタリア支部が切り捨てても問題の無い兵を使った。これなら有り得そうですね」「仮の話。そうだとしても、女子更衣室にまで入りますか? 男の身の上で」「それは……同じ男として流石に無い」「痴漢の誹りは免れんな」「最低でも不審者扱いでしょう」「でも、フランス支部が意図的に流した線は有り得そうだな」「憲兵部長官がイタリアから派遣されているんだ。野心家な長官が許可する訳無い」「一般兵の独断だと?」「あの長官が気にする事と言えば、イタリア支部の評価よりも、自身の進退ぐらいだろう」
幹部達の会話を聞きながら、佐久間は独り思考に耽る。
考える内容は、ガーベラと星崎の今後の扱いについて。
遅くても九月までに決めるとしていたが、他支部の反応を見るに『多少時期を早めるか、遅くするか』決めた方が良いだろう。
「それにしても、他支部は何故、ガーベラのパイロットが誰なのかを知りたがるのだ?」
「言われて見るとそうだな」
佐々木中佐の疑問に幹部一同が『確かに』と相槌を打った。
パイロットが誰なのか、探って何の得が有るのか。
「それは、日本支部が開示した情報が少ないからだろう」
議論が起きるよりも前に、佐久間が解答を口にした。
「開示情報が少ないのなら、パイロットから直接聞けば良い、そんなところだろう」
「それだけの為に?」
「多分な。まぁ、今回の一件で容易に知る事は出来んと、他支部も理解しただろうが、油断は禁物だな。一度、星崎を訓練学校に戻した方が良いかも知れん」
「ガーベラの扱いはどのようにする気ですか?」
別の幹部からの問いに、佐久間は間を置かずに回答する。
「定期的に整備をしていたとは言え、長年倉庫で眠っていた機体を、今回無理矢理引っ張り出した。戦闘終了後に模擬戦も行った。そろそろ軌道衛星基地での、精密な整備かオーバーホールが必要な頃だと思わないか」
「点検を理由に別の場所に移すと?」
「そうだ。再び軌道衛星基地に戻し、次の作戦までに、星崎の正式な扱いを決める」
佐久間の言葉に幹部達に緊張が走った。
訓練生の正式な扱いを決める。それは、星崎佳永依の今後の人生を決めると言う事だ。
「飛び級卒業は確定として……そうだな、卒業を何時にするか。次に所属部隊をどこにするかだな」
ぱっと思い付いた事を佐久間が口にすれば、疑問と問題点が指摘された。
「試験運用隊以外の所属にするつもりですか?」
「支部長、流石にそれは問題しかないのでは……」
発言したのは、順に井上中佐と高城教官だ。
特に高城教官は星崎が所属していたチームの教官を二年以上も務めていただけあって、彼女の性格を熟知している。それに、彼女の報告は全て彼が行っている。
高城教官の発言の重さに全員が唸った。
そのまま妙案が出ないまま沈黙が降りた。
だが、数分と経たない内に通信を知らせる電子音が室内に響く。日生が慣れた手付きで対応に当たり、怪訝な表情を浮かべて通信を切った。
嫌な予感を覚えた佐久間が日生に尋ねる。
「どうした?」
「それが、イタリア支部から、面会の要請が来ました」
「面会?」
この状況で面会。謀りの匂いしかしない。
「はい。被害者に面会したい、と」
日生から告げられた内容に、佐久間は人目を憚らずにため息を零した。
「全く、何を考えているのやら。顔だけでも見る気か」
誰の顔を見るのか。それは被害者との面会したいと言う要請から判る。
「拒んでも良いが、今後何を言われるか分からんが、素直に会わせる必要も無い。直接出向けば良いな」
佐久間はある程度の考えを纏めて、彼女のやらかしを期待し、部下達に命じる。
「日生。イタリア支部の希望日程と場所の指定は有ったか?」
「有りません。こちらの都合に合わせると申しておりました」
「そうか。なら、十二時間後に共用会議室で面会に応じると連絡を入れろ。それと、佐々木中佐、井上中佐、高城教官の三名に同行を命じる」
「承りました」「「「分かりました」」」
四人の応答を聞き、佐久間は満足げに頷いた。
そこへ、差し込むように幹部の一人が挙手してから発言をした。
「支部長。差し出がましいとは思うのですが、星崎と打ち合わせをしなくとも良いのですか?」
「不要だな。個人的には星崎のやらかしを期待したい。それに、大人への不信感が薄まっていないのなら、星崎は『許す』とは言わないだろうからな」
佐久間の回答に、その場にいた全員が『打ち合わせ不要』の理由に納得した。
それは、先程のイタリア支部と通信した時のやり取りからも判る。
星崎佳永依と言う少女は、思春期真っただ中の少女だと言うのに、大人びた思考をしている。愉快犯のようだが、成人男性を痴漢にでっち上げる方法と、冤罪主張を潰す証拠の確保の仕方は『一体どこで覚えた』と問いただしたい程で、男性陣の一部は慄いた。
「星崎は面会の一時間前に呼び出せば良い。何をどう調べられても、星崎が訓練生なのは事実だ。イタリア支部の評判は下がるだろう。フランス支部がどう動くかは不明だが、意図的に情報を流した事で、未成年に被害が出た事に罪悪感を与えられれば、尚更良いな」
「支部長、黒過ぎますよ」
別幹部からの突っ込みを受けても、佐久間は痛痒にも感じない。寧ろ、誉め言葉だと言わんばかりに口元を笑みで歪める。
「十二時間後、どうなるのか楽しみだな」
迫り来る波乱を予感したのか、解散後に幹部の内の数人が胃薬を飲んだとだけ付け加えて置く。