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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
作戦と試練 西暦3147年10月後半
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再会はトラブルと共に

 初めて出会った時と同じく、無人だった。急いで来たけど、二人は来ていなかった。先に飲み物を購入して待とう。

 けれど、三十分が経っても、揃って一向にやって来ない。メールを送信したが返信は無い。地図アプリを開いて、現在位置とアメリカ支部とイギリス支部の区画の場所を確認する。ここから余り離れていないが、必ず月面基地内でも広い休憩所の傍を通る。

 前回あの二人と出会った時、二度も絡まれた。ライトは同じ支部の女性。イングラムはドイツ支部の男性二人。まさか、また絡まれているのだろうか?

「確認に行くか」

 少し覗く程度なら問題は無いだろう。そう判断して立ち上がると、小さく足音が聞こえて来た。再び腰を下ろす。

「佐藤大佐?」

 遂にやって来たのかと思えば、現れたのは佐藤大佐だった。視線が合うと、佐藤大佐は怪訝そうな顔をした。

「星崎? お前、何故ここにいる?」

「ここで会う予定だったんです。まだ来ないので、ちょっと様子見に行くところです」

「様子見? どこに行く気だ?」

「休憩所です」

 スマホに行先を表示してから佐藤大佐に見せる。行先を知った佐藤大佐は『あー、そこか』と子細顔で呟いた。

「そこは支部間での喧嘩が起きやすい場所だ。二日前にも、オランダ支部とドイツ支部の奴が殴り合いの喧嘩をした」

「憲兵部の人は監視していないのですか?」

「滅多な事では派遣されん。監視カメラも設置されているからな。……待て、俺も行く」

 会話が終わったと思い、頭を下げてから移動しようかと思ったら佐藤大佐に呼び止められた。

「覗き見るだけですよ?」

「違う。四日前に、ウチの支部の奴が他支部から難癖付けられて、そこで喧嘩騒動が起きたんだ。俺はそこの見回りで来たんだ」

「……サボりじゃなかったんですか?」

「違う。話し合って決めた事だ」

 一瞬、佐藤大佐のサボタージュを疑った。松永大佐と飯島大佐から聞かされたんだが、佐藤大佐は書類仕事が嫌で昇進を拒んだ事が在るらしい。その数は数十回に上るらしい。報告書とかどうやってこなしていたのか、非常に気になる。

「佐藤が単独行動をしているところを見かけたら、是非とも連絡を入れてくれ」

 情報を教えてくれた時の飯島大佐は、去り際にそう言い残した。

 今回、その『もしかして』を疑ったけど違った。

「さいですか」

 月面基地では色んな事が起きるんだね。他支部といざこざを起こしている場合じゃないと思う。

 百年もこんな状況が続ているのに、何故一致団結が出来ないのか?

 そんな事を思いながら、佐藤大佐と一緒に移動する。

 歩いて数分後。目的地に着いたけど、野次馬が見えた。背の低い自分では見えない。この野次馬(肉壁)が邪魔だ。隣の佐藤大佐を見上げるが、二メートルの長身をもってしても野次馬(肉壁)の先は見えないらしい。

『サトゥ! サトゥではないか!』

 どうするかと、佐藤大佐を顔を見合わせた時、野太く低い声で奇妙なイントネーションでの呼び名が響いた。知らない声なので、自分は誰だろうと首を傾げた。けれど佐藤大佐はこの声の主を知っているのか、鼻に皺が寄った。

 音源を見ると、佐藤大佐並みの巨躯を誇る人物がいた。黒人系で禿頭の、強面な男性がいた。左胸にオランダの国旗と共に付いている階級章を見ると、大佐だった。

『ちっ、スベン。何度言えば解る? サトゥではない! さ・と・う・だ!』

 佐藤大佐は舌打ちをしてから、訂正した。訂正を受けた禿頭の大佐は怒りもせずに相好を崩した。元が強面なので、相好を崩したのに妙な迫力が有る。

『久し振りに会ったんだぞ。硬い事を言うな』

『硬い訳無いだろう!? 俺の名前を間違えておいて、何を言っているんだ!』

『……日本語は難しいな』

「ワザとか、この野郎」

 惚けた禿頭の大佐を見て、佐藤大佐は日本語で悪態を吐いた。と言うか、英語出来たんですか。佐藤大佐は『英語が苦手』と無意識に思い込んでいたので意外だった。驚いていたら、佐藤大佐の知り合いっぽい禿頭の大佐は笑っている途中で自分に気づいた。佐藤大佐が即座に動いて自分を背中に隠す。

『はっはっはっ、ん? そこの中尉は誰なんだい?』

『誰でも良いだろう。そんな事よりも、お前は何でここに来たんだ?』

『見回りだ。二日間に、ここで何が起きたかぐらいは知っているだろう?』

『それは知っている。四日前の事を受けて、俺も見回りに来た。こいつはおまけだ』

『ほぅ、おまけ、か』

 禿頭の大佐が佐藤大佐の背中に隠された自分を見て、コテンと、首を傾げた。多分、外見年齢が正規兵の最少年齢に到達していない事について、疑問を抱いたのだろう。その疑問は正しいので、何とも言えない。

『こいつは正規兵だぞ』

『そうなのか? 随分と幼く見えるぞ』

『確かにこいつは、年齢の割に幼く見えるな』

 鋭い、などと言う感想は浮かばない。だって自分の本当の年齢は十五歳なので、繰り返すが、この感想はある意味当然と言える。寧ろ、誤魔化せるのか怪しい。日本人は年齢の割に幼く見えると言う、先入観を持っていても難しい。それを考えると、今探している二人からは何も言われなかったな。いや、何か思ったかもしれないけど、二人の階級は少尉と准尉で、自分より下だったから何も言わなかった可能性が高い。

『佐藤大佐。大変親しそうに見えますが、御友人ですか?』

 放置気味だったのに、急に注目されたので英語で佐藤大佐に尋ねた。すると、佐藤大佐は額に青筋を浮かべて、心底嫌そうな顔をした。対して、禿頭の大佐は嬉しそうな顔になった。

「誰が誰の友人だ。気色悪い事を言うな! こいつはオランダ支部のスベン・ハルマンだ。名乗らんでいい」

『サトゥの友人扱いしてくれるとは嬉しいな。嬢ちゃん、俺はオランダ支部のスベン・ハルマンだ』

 日本語と英語で響いた言葉の温度は、真逆だった。佐藤大佐は嫌悪の感情を隠さず、ハルマンと名乗った大佐は嬉しさを隠さない。

 この二人は一体どこで知り合ったのだろうか?

 そんな疑問を抱いた直後、野次馬の向こう側の騒ぎが大きくなった。壁となっている野次馬も騒ぐので、向こう側で何が起きているのか耳を澄ませても聞こえない。状況を知るには、野次馬(肉壁)を掻き分けるしかないかと考えていたら、腰のあたりを掴まれて持ち上げられた。誰が自分を持ち上げているのか確認すると、佐藤大佐だった。

「佐藤大佐?」

「俺よりも、何か見えるか?」

 佐藤大佐を見たが、報告を催促されてしまった。仕方が無く、野次馬の向こう側に視線を向ける。

「あれ? ライトとイングラムに、ドイツ支部のツヴァイ何とかコンビに、アメリカ支部のブラック何とかもいる」

『嬢ちゃん。何が見えたんだい?』

「探している奴が見つかったのか?」

 騒動の中心に尋ね人二名がいた事に驚き、ポロっと言葉を零す。ただし、日本語だった為、佐藤大佐にしか通じなかった。その事に気づき、英語で報告し直す。

『イギリス支部の少尉とアメリカ支部の准尉が、ドイツ支部の男性二名とアメリカ支部の女性一名と揉めているようです。男性が一名仲裁に入っています』

『おいおい。どう言う状況だ?』

 ハルマン大佐が困惑の声を上げた。確かにこの状況は解らない。一先ず、佐藤大佐に下ろして貰い、ハルマン大佐を先頭に野次馬を掻き分けて騒動の中心へ向かう。

『お前ら、何をやっている』

『げっ!? オランダ支部の』

 ハルマン大佐が声を上げると、女性の声で呻き声が上がった。佐藤大佐の後ろから覗き見る。

 自分から見て、左側に揃って片頬に手を添えたライトとイングラム、中央にスペイン支部の金髪の准尉、右側にドイツ支部のツヴァイ何とかコンビとアメリカ支部のブラック何とかがいた。ぱっと見では良く分からない構図だが、スペイン支部の准尉が左にいる二人を庇うように立っていた。そして、右側にいる三人の焦っている反応から、右が加害者、左が被害者の構図に取れた。

 佐藤大佐とハルマン大佐も自分と同じように感じ取ったのか、右側にいる三人を見る目は険しい。

『お前らはこんな時間に、何をしている?』

 ハルマン大佐は『こんな時間』と言ったが、現在の時刻は深夜の時間帯だ。……確かに、こんな時間だな。ハルマン大佐に詰問された右側にいる三人はおろおろとし始めた。その隙に左側の二人を回収しよう。だが、佐藤大佐の後ろから出たら、ドイツ支部の片方に目聡く見つかった。

『あっ!? 日本支部の毒舌女!』

「毒舌?」

 説明しろと、佐藤大佐から鋭い眼光が飛ぶ。威圧の有る鋭い眼光だが、殺気すら籠っていない眼光なので、何とも思わない。いや、『思えなくなった』と言うべきか?

 ハルマン大佐にも判るように英語で答える。

『ドイツ支部の二人に渾名の感想を言いました。格好悪い。ネーミングセンスが無い。頭の出来の悪さが露呈している。格好悪いと言われて蹲る、濡れたティッシュ並みのメンタルの奴が次期精鋭を自称していいのか。この辺を言いました』

『少しは手加減してやれ』

『言い放った場所が食堂だったのでトイレットペーパーから、ティッシュに変更しましたよ?』

『嬢ちゃん。それは手加減とは言わんぞ』

 ツクヨミに戻った翌日が濃密過ぎたせいで、かなりうろ覚えだったが、はっきりと答えた。そしたら、ハルマン大佐から『手加減しろ』と言われてしまった。『何で?』と思ったが、ハルマン大佐からも呆れ気味に『手加減では無い』と言われてしまった。

 水に溶けるトイレットペーパーとティッシュでは、強度が違うんだけどね。

 まぁ、そう言っても口答えするなと怒られそうだと思い、有名人を自称していた三人の事を知っているか尋ねる。

『あ、そこの三人は有名らしいんですけど、佐藤大佐とハルマン大佐はドイツ支部の『ツヴァイ何とか』と、アメリカ支部の『ブラック何とか』の渾名をご存じですか?』

『知らん』『聞いた事が無いな』

 大佐二名の即答を受けて、右側にいるドイツ支部の二人は揃って胸に手を当てて呻き、アメリカ支部の女性は口の端を痙攣させた。けれど、大佐階級の人間相手にあれこれ言う度胸が無いのかそのまま黙った。内弁慶か、目下にしか威張れないのか。根性が無い。

 狙った訳では無いんだろうけど、その隙にドイツ支部の二人の様子を見た佐藤大佐はコメントする。

『これでは、濡れたティッシュ並みのメンタルと言われても仕方が無いな』

『おいおい。虐めるなよ』

『虐めではない。純然たる事実を言っただけだ』

『サトゥ。メンタルが脆いのは事実みたいだが、もう少しオブラートに包んでから言え。見ろ。蹲っているではないか』

 ハルマン大佐の言葉を聞き、視線を動かす。床の上で胸を押さえて蹲る二人の男がいた。何時かの食堂でも、こんな感じで蹲っていたな。

『メンタルが脆いから蹲っているんだろ。そんな事よりも、ドイツ支部の精鋭はクライン少佐だった筈だ』

『他にもいるが、合っているな。次の作戦には出ないらしいが』

『そうか』

 床に蹲る二名を見ていたら、佐藤大佐から訂正が入りハルマン大佐が肯定した。と言うか、ちゃんと名の知れた人が居たのか。そこまで思い、こいつらは『自称』だったと、どうでも良い事を思い出した。

 二人の大佐と、知らぬと一刀両断された三人を無視して、二人の被害者に近寄る。二人揃って殴られたのか、共に片頬に手を添えていた。

『二人とも、大丈夫?』

『あ、ああ、大丈夫だ』

『私も大丈夫だが、あそこにいる大佐は……』

 ライトとイングラムに声を掛けた。でも二人揃って佐藤大佐とハルマン大佐が気になるのか、二人の大佐と自分を何度も交互に見ている。

『見回りだって。四日前と二日前にここで殴り合いの喧嘩が起きたって聞いたよ』

『あの喧嘩騒動の場所って、ここだったのか』

 二人の大佐が見回りでここに来た理由を知り、ライトは納得した。この反応を見るに、騒動の事は知っていても、現場の場所を知らなかったみたいだ。

 自分の背後で、加害者っぽい三人がハルマン大佐から叱責を受けて、しどろもどろになりながら言い訳をしている。佐藤大佐も時々口を開いているから、自分が割って入る必要は無い。

『そっちのスペイン支部の准尉は、誰なの?』

 背後の惨状(?)を無視して、知らない金髪碧眼の男性准尉を見る。珍しい事に白人ではなく、自分と同じ黄色人種系だった。金髪が地毛でなければ日系と間違えそうだが、顔立ちが微妙に違う。男性准尉は、自分と視線が合うと慌て始めた。反応を見たイングラムが割って入って来た。

『彼は私の知人で、私と同じくガーベラのパイロット派遣候補者だった』

『そうだったの』

『どうも中尉。ミゲル・ムリージョです』

 イングラムから簡単な説明を受けて驚く。ガーベラのパイロット派遣候補者だった事よりも、家名の『ムリージョ』に驚いてしまったのは内緒だ。

 しかし、『ムリージョ』か。変わった家名だと思ってしまうが、『ニート(綴りはNEETでしかも略称)』の綴り違いで『ニート(綴りはNeate)』なんて家名が英語圏に存在するのだ。『ムリージョ』はスペインだとありふれた、普通の家名なのかもしれない。何かを思っても突っ込むべきではない。

 自分も名乗り返そうとした時、呆れた事に叱責を受けていた三人がギャンギャンと文句を言い始めた。窮鼠猫を噛むでは無く、ただの逆切れだ。

 文句の内容は『違う支部の大佐から怒られる筋は無い』から始まり、何故か『自分の性格は上官譲りだ』と、自分の上官を貶めるような悪口に変わった。流石に無視する訳には行かない。ここで文句を言わなかったら自分も同じような事を思っていると疑われかねない。

 三人に一言言ってから、騒ぎ始めた三人と向き合い口を開いた。

『そこの三人。私の上官への悪口は控えてくれない? 顔も知らない、会った事の無い人の悪口は言うものでは無いよ』

 悪口を止める要請と、常識的な注意の言葉を言うと、三人は『うるせぇっ』と反抗した。どっちが大人か判らない状況だな。自分の実年齢を知る佐藤大佐に至っては、呆れ果てて自前の通信機(スマホ)を取り出して操作し、どこかに連絡を入れ始めた。自分の上官を知らないハルマン大佐も心底呆れた目で三人を見ている。

 野次馬からも『馬鹿じゃねーの』を始めとした野次が飛び、野次馬に対してもキレた三人は更に悪口を言い出した。野次馬は興味を亡くしたように数を減らして行った。

 そこへ、当の御本人が野次馬の後ろからやって来た。

『何を喚いている?』

 現れたのは松永大佐だった。やや俯いており、前髪が作る陰で松永大佐の目元は見えないが、その背後にいる佐々木中佐と井上中佐が震えている事から、内心では怒り狂っている可能性が高い。

 松永大佐の登場に、佐藤大佐とハルマン大佐は『やべぇ』と言った顔で凍り付いた。自分の背後にいる三人からも小さく悲鳴が聞こえた。残っていた野次馬も蜘蛛の子を散らすように、どこかへ走って逃げた。

 口々に悪口を言っていた三人は、現れた三人目の大佐を見て驚いた。その時、ドイツ支部の二人は『ルシファー』とそれぞれ小さく呟いた。

 ……松永大佐は他支部からも、魔王か何かのように怖れられているらしい。

 それにしても、サタンでは無く『ルシファー』と言われる――記憶が正しければ、堕天する前のルシファーはどの天使よりも美しかったと何かに明記されていた筈――辺り、キレた散らかした時の怖さと、容姿の良さは他支部も認めるところなんだろうね。色々な意味で抑止力となるのなら、どうして大佐階級のままでいるんだろう。謎だ。

 いやここは、松永大佐の階級についての謎よりも、一条大将とゲルト大佐の三人で出席した会議はどうしたんだ? 細かい打ち合わせで捕まっていそうな一条大将はともかく、ゲルト大佐の姿が無い。

「松永大佐。会議は終了したのですか?」

「会議は続いている。私は元々、中座予定だった。中座する前に、ここで騒ぎが起きていると聞き様子を見に来た」

 ここで漸く、やや顔を俯かせていた松永大佐が顔を上げた。

 松永大佐が顔を上げて、自分と視線が合う数秒前。松永大佐はアルカイックスマイルを浮かべていた。けれど、瞳の瞳孔が開き切っていたので、人によっては恐怖を感じる顔に変わっていた。この顔だと強面のヤクザかマフィアも裸足で逃げ出すぞ。自分は慣れているから『そこまで怒るの?』と思いちょっと呆れた。

 でもね、自分と視線が合う直前に、松永大佐はアルカイックスマイルを浮かべたまま『一瞬』で瞳孔を集束させた。逆に怖いわ。

 反応に困っていると、背後から肩を叩かれた。振り返ると、困惑しているライトが自分の肩に手を乗せていた。説明として教えるか。

『新しく来た大佐だけど……』

『日本支部の松永大佐だよ。私の直属の上官』

『え゛ぇっ!?』

 ライトが体を仰け反らせて仰天した。その仰天の叫びは、背後からも聞こえて来た。

 まぁ、ついさっきまで悪口を言っていた相手が登場したら驚くか。背後へ振り返り、顔を真っ青にしている三人を見てから、松永大佐を見て思い出す。

 そう言えば、松永大佐は『何を騒いでいる』ではなく、『何を喚いている』と言って登場した。台詞を考えると、三人が調子に乗って言いたい放題い言っていた悪口を聞いていそうだ。いや、聞いたから激怒しているんだろう。

 松永大佐に向き直ろうとしたら、背後からまた肩を掴まれた。

 今度は誰だと、振り返るよりも先に小脇に抱えられてしまった。そのままどこかへ全力疾走で運ばれる。誰が自分を小脇に抱えて全力疾走しているのか、首を動かして確認すると井上中佐だった。

「井上中佐?」

 自分の言葉通り、井上中佐が妙に必死な顔をして走っている。自分を左脇に抱え、右肩に誰かを担いで全力疾走しているのに、息が上がっていない。井上中佐の脇腹を突いても反応が無い。

 でも、井上中佐の全力疾走は長くは続かず、ライトとイングラムの二人と合流する予定の場所まで運ばれた。井上中佐の小脇から床に下ろされた。床に足が着くと、少しホッとする。井上中佐は自分を下ろすと、右肩に担いでいたライトを下ろした。

 少し離れたところでは、佐々木中佐が両肩に担いでいたイングラムとムリージョ准尉を床に下ろしていた。佐々木中佐は成人男性を二人も担いで走ったのか。凄いな。

 色々と聞きたいが、まず最初に『移動した理由』を尋ねた。

「松永大佐にのみ、部下として来て『三ヶ月経過していない』隊員に対して、怒りを顔に出して怒ってはいけないって、決まりが支部長からの要請で存在するんだ」

 以上が井上中佐からの回答だ。

 謎しかない決まりだ。

「……松永大佐の下への隊員の異動は、基本的に行わないんだ」

「お疲れ様です」

 松永大佐は何をやらかしたのか? 

 遠い目をした井上中佐の顔は非常に疲れ切っていた。

 自分は素直に労う事にした。あとで自分用に持って来たお菓子を渡そう。


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