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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
作戦と試練 西暦3147年10月後半

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133/202

月面基地に到着

 何日振りだ? 一週間は経っていないと思うんだが、バタバタしていたせいで久し振りに感じる。

 月面基地に到着して最初に行う事は、佐藤大佐に依頼の品を届ける事だ。時差を考えると、月面基地の時刻は深夜の時間帯なので、まだ仕事をしている可能性は高い。今の内に行けば、確実に会えるだろう。それにしても、時差とは面倒で、不思議だ。だって、深夜の時間帯に出発したのに、まだ深夜なのだ。日本時間だと朝です。

 さてそんな事より、佐藤大佐のリクエストは『日持ちするお菓子』とだったので、ビスコッティを大量に作った。あとパウンドケーキも焼いた。一晩置くとしっとりとするからね。十数本焼いてカットしたけど、流石に一人で食べはしないだろう。差し入れ品として皆さんで食べて下さいと置けば食べる筈。

 さて今回持って行く場所は、前回ライトとイングラムと共に向かった執務部屋だ。持って行ったその後に二人と会う。簡単に分かりやすく言うと二人は『日勤担当』で、今の時間帯は自由時間らしいので会えるそうだ。

 デカいバスケット三つと鞄を手に月面基地に降りたが、松永大佐と一条大将に、一足早くに月面基地に到着していたロシア支部のゲルト大佐(日本支部の制服着用済み)の三人と一緒に、執務室へ向かう事になった。戦艦から降りて一条大将とゲルト大佐の二人と合流する。

「大荷物だな」

「佐藤大佐からの依頼で作りました。皆さんで食べて下さいって、言えば大丈夫です」

「……別の意味で問題が出て来そうだな。待て。一つ持つ」

 松永大佐はそう言うなり、バスケットの一つを自分の手から取り上げた。『自分が持って行く』と言ったけど、却下された。

「依頼しておきながら取りに来ない佐藤大佐と、どうせ食べるその他に一言言いたい」

 おまけにそう付け加えられた。これは何を言っても無理と判断して引き下がる。

 すると今度は、自分と松永大佐のやり取りを見ていたゲルト大佐が、松永大佐が持つバスケットに顔を近づけた。

『甘い匂いがするが、バスケットの中身は何かな?』

『ビスコッティとパウンドケーキです。日持ちするお菓子が多めに欲しいと、希望を受けました』

 ゲルト大佐から英語で話し掛けられたので英語で回答した。公用語が英語だからか、ゲルト大佐は自分が英語で話した事を全く気にしなかった。

 やっぱり、英語に違和感が無いと外見年齢を気にしないのか。それとも、階級が原因か?

『ビスコッティは解るが、パウンドケーキは日持ちするのかね?』

『パウンドケーキは余り日持ちはしませんが、一晩寝かせてから召し上がる方もいらっしゃいます』

『ふーむ。そうなのか……』

 首を傾げていたゲルト大佐は自分の簡単な解説を聞くと、首を起こしてバスケットを興味深そうに見つめた。目的地に到着したら、ゲルト大佐にもパウンドケーキを一切れ渡すか。

 一条大将は何も言わなかったが、視線はバスケットに釘付けだった。あとで、一切れ渡そう。



 こんなやり取りを終えて、月面基地の日本支部区画内を四人で歩いて移動する。けれどもその前に、自分は気配遮断の技能を使って気配を薄くする。

 気配を薄くした理由は、単純に同行者が目立つからだ。

 日本支部に一人しかいない大将階級保持者の一条大将。

 人目を引く美貌の松永大佐。

 日本支部の制服を着た、明らかに日本人ではない男性。

 この三人に、こじんまりとした自分が混ざったら、どう考えても目立つ。

 区画内を歩く事、僅か数分。遠くからひそひそ話が聞こえる。思っていた以上に目立っていた。時差が原因で、現在時刻は深夜だけど、出歩いている人間が完全にいない訳では無いのだ。

 黄色い声で行われるひそひそ話は女性で、内容も松永大佐に関わるものばかりだった。このひそひそ話に時折男性が混じる。でもその内容は一条大将見て驚き、ゲルト大佐を見て困惑するものばかり。

 それにしても、松永大佐はキャーキャー言われる事に慣れているのか、一条大将とゲルト大佐と英語で話し込み黄色い声を完全に無視している。そう言えば、訓練学校に行った時の女子の黄色い声も無視していたっけ。一々反応していたら疲れるって理由も有りそうだ。

 自分は大人三人の会話に混ざらず、無言で付いて行く。松永大佐に秋波を送る女性に目を付けられたら、今後の人生が大変な事になる。ひっそりとしていたいのに。

 既に目立たないモブキャラ人生から遠のいているけど、今回の作戦が成功すれば、『多少』の軌道修正は出来る筈。作戦が成功したら支部長に相談してみるか。作戦成功の報酬として『人前に出たくない』って、お願いするのも良いかもね。

 ずっと聞き流していたが、大人三人の会話内容は変わり、作戦参加者についてになっていた。そう言えば、月面基地駐在兵は今回の作戦に参加しないのかな? 

 暫くの間、区画内を歩き続けて、やっと到着した。

 今になって思い出したが、事前に連絡を入れたのだろうか? いやでも、今日ここに来る事になっていたから知っていそうだな。

 一条大将を先頭に部屋に入る。自分からは見えないけど、工藤中将がギャースギャースと騒がない。連絡済みだったのか静かだ。

 ドアが閉まった事を確認してから気配遮断を解き、空いているテーブルに鞄と二つのバスケット並べて置く。

 松永大佐から三つ目のバスケットを受け取ろうと振り返ったら、な・ぜ・か、佐藤大佐と工藤中将が床の上で正座していた。その前には、バスケットを持ったまま器用に仁王立ちしている松永大佐がいた。

 状況が分からないけど、バスケットの一つを開け、切り分けて乾燥防止としてラップで包んだプレーンのパウンドケーキを二切れ取り出した。取り出した二切れをそれぞれ一条大将とゲルト大佐に渡す。悲鳴のような幻聴が聞こえたが無視した。パウンドケーキを受け取った二人はその場で食べた。

「美味いな」

『一晩寝かせただけで、ここまでしっとりとするのか』

 一条大将は僅か五口でパウンドケーキを平らげ、バスケットからもう一切れ取り出して食べ始めた。

 一方、一口食べたゲルト大佐は英語では無く、ロシア語で驚きの声を上げていた。無限の言語の技能を保有する自分の耳には届いているけど、顔には出さない。ゲルト大佐は味を覚えるように少しずつ食べ始めた。もう一切れ渡そうかな?

「一条大将! 何切れ食べる気ですか!?」

「会議前の大事な糖分補給だ。邪魔しないでくれ」

「糖分補給は、会議が終わってからにして下さい!!」

 一条大将が四切れ目を手にしてところでストップが掛かった。声の方を見れば、男性将官が声を上げていた。しかし、一条大将は尤もらしい事を言って無視した。けれども、男性将官はそれで引き下がらなかった。素早く四切れ目を食べた一条大将を羽交い絞めにして引き剥がしに掛かる。だが、一条大将は抵抗した。

「一条大将。私が支部長に差し入れたハムカツサンドを強奪して食べましたよね? 食べ足りないのですか?」

 見かねて一条大将に質問をぶつけると、一条大将を羽交い絞めにしていた男性将官がギョッとして動きを止めた。

「それか。あいつは大林少佐が残した俺のモンブランを食べた。ハムカツサンドを強奪したのはその報復だ」

「……食べ物の恨みは深いですね」

 一条大将は何でも無いかの事かのように言った。

 ハムカツサンド強奪の真相を知ったけど、支部長の自業自得っぽいな。事の始まりは大林少佐の希望を却下した事だけど……これ以上考えるのは止めよう。

 と言うかね。作戦を前にして軍事組織の上層部がこの有様で良いのかよ?

 そんな事を思っていたら、『このままだと差し入れのパウンドケーキが一条大将に食べ尽くされる』と、危機を感知した幾人かがやって来た。松永大佐と床に正座したままの工藤中将と佐藤大佐の三名以外の面々がやって来たので三切れずつ渡す。ゲルト大佐にも追加で二切れ渡した。

 パウンドケーキが行き渡った頃に、説教らしきものを終わらせた松永大佐がやって来た。その背後で足が痺れて床の上で転がっている工藤中将と佐藤大佐が見えたけど、パウンドケーキを食べる事に集中している面々は誰一人として気にしなかった。

 松永大佐からバスケットを受け取り、中から佐藤大佐希望の日持ちするお菓子のビスコッティを入れたジップロック袋を二つ取り出した。ジップロック袋に入れると数日間は持つので、このまま渡そう。松永大佐にもパウンドケーキを三切れ渡してから佐藤大佐の許へ向かう。

「佐藤大佐。リクエストのお菓子を持って来ました」

「あ、ああ。悪い、な」

 脚の痺れが漸く治まったのか、起き上がった佐藤大佐に二つの袋を渡す。同じように隣で起き上がった工藤中将がジップロック袋の中身を注視する。

「星崎。お前、佐藤大佐のリクエストで何を作ったんだ?」

「ビスコッティです。保存料無しでもジップロック袋に入れて保存すれば数日は持ちます」

「マジで日持ちする菓子を作ったのか。それ、まだ残ってる?」

「残っていますが、硬いですよ?」

「俺を年寄扱いするな。まだ四十四歳なんだぞ」

「ビスコッティは二度焼きして水分を飛ばすので、煎餅並みに硬いんです。人によっては、コーヒーに浸してから食べます」

「マジか。でも欲しいっ」

 工藤中将にも一袋渡した。テーブルに戻ると、二つのバスケットに詰めたパウンドケーキが無くなっていた。端末に収納した分がまだ残っているから良いんだけどね。鞄の中にも入っているし。

「一条大将。そろそろ時間です」

「む? もうそんな時間か。……余り糖分補給出来なかったな」

 バスケットの中身を確認していたら、パウンドケーキを食べ終えた松永大佐が一条大将に声を掛けた。時間を告げられた一条大将は、非常に残念そうな顔になった。

「そんなに甘いもんが欲しいんなら、コーヒーに砂糖を飽和寸前まで入れて飲めば良いでしょ」

 工藤中将の言葉に、日本語が解らないゲルト大佐と言われた側の一条大将を除いた全員で頷いた。

「そんなものを飲んだら病気になる。仕方が無い。会議に向かうか」

「一条大将、補給はしたでしょう。星崎は時間を守って行動しろ」

 そう言って松永大佐は自分の返事を聞かずに、一条大将とゲルト大佐と一緒に部屋から出た。甘いものを食べ過ぎても、糖尿病を始めとした病気になると思うんだけど、誰も突っ込まなかった。

 三人がドアの向こう側に消えると、今度はビスコッティをどう分配するか話し合う。自分はまだ手元に残っているからと断った。スマホで時間を確認し、鞄を掛け直す。

「星崎。貴女、ここにお菓子を運びに来たんじゃなかったの?」

「違います。前回月面基地に来た時に知り合った二人と、もう一度会う予定なんです」

「……こんな時間に、会って大丈夫なの?」

「松永大佐と事前に打ち合わせをしたので大丈夫です」

 草薙中佐からの質問に答えると、椅子から落ちる音が響いた。誰かと思えば工藤中将だった。

「それは大丈夫って言わねぇよ! つぅか、何で会うんだよ!?」

「前回知り合った二人の内、イギリス支部所属のイングラムから直接お礼が言いたいと言われまして」

「ましてじゃないのよ!!」

「二人っきりで会うのもアレだから三人で会おうと言う流れになりました」

「中途半端な気遣いだな!?」

 工藤中将の叫びに室内にいた全員が頷いて同意を示した。けれども、時間が迫っているので自分は退出した。気配遮断を使ってコソコソと移動する。二人との合流先は、初めて会った場所だ。時間が無いので早歩きで移動する。何せ、目的地は日本支部の区画外なので、ここからだとちょっと遠い。

 パタパタと小走りで移動する事、十数分後。やっと目的地に到着した。


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