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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
私はモブキャラその一の訓練生 西暦3147年6月下旬~7月中旬まで
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トラブル(?)発生直後~イタリア支部視点~

 イタリア支部のパニックは他支部よりも酷かった。

 無理も無い。イタリア支部のトップ陣営達も何が起きているのか、全くと言って良い程に把握出来ていなかった。

 そこに追い打ちを掛けたのが、日本支部からの厳重抗議と、他支部からの基地全域に流れた緊急放送についての問い合わせ。加えて、憲兵部からも抗議を受けた。一番痛いのは憲兵部なのは言うまでもない。

 混乱の鎮静化に時間を掛けつつ、状況把握に勤しんで状況を理解し、馬鹿をやらかした五人の、理解し難い犯行動機を知り、彼らは頭を抱えた。

 イタリア支部長の執務室に怒号が響く。

「貴様らは、何を仕出かしたか理解しているのかっ! 計画犯同然なのだぞっ、愚かものっ!」

 口から唾を飛ばして、問題を引き起こした五名を罵倒するのは、憲兵部長官その人だった。イタリア支部長は他支部への対応に追われている為、執務机に向かって黙々と仕事を熟していた。

「も、申し訳、ござ」

「謝罪で済む訳なかろう! 醜聞が基地内全域に垂れ流しとなったのだ! 箝口令を出したが、どこからマスメディアに漏れるか分からん! 士気が高揚している時に水を差すような真似をしおってっ。このままでは、儂の地位までもが危うい」

 大量の脂汗を流し、縮こまって謝罪の言葉を口にしたモンティ大尉だが、台詞を途中で長官の怒声により遮られた。

 歯ぎしりをして、イタリア支部の今後ではなく、己の進退の心配をする長官。そんな長官に蔑みの目を向ける幹部達。

 険悪な雰囲気が漂い始めた時、それを払拭するようにイタリア支部長が手を叩いて己に注目を集めた。

「長官。そろそろ落ち着かれてはどうですか?」

「だが!」

 言い募る長官を宥めてから、イタリア支部長は己の意見を述べた。

「少々腑に落ちない点が有ります。騒ぐのはそれを解決してからでも遅くは有りません」

「どう言う事だ?」

 耳にした言葉で、怒りによる興奮が冷めたのか、政治家の顔になった長官は目を眇めてイタリア支部長に問い掛ける。

「我々は嵌められた可能性が有ります」

「嵌められた? 日本支部にか?」

「いいえ。別の支部です」

 即座に支部長からの指示と推測するところを見るに、一訓練生(愉快犯)の悪質な悪戯だとは流石に思い付かなかったらしい。

 ……普通の訓練生(女性)は悪戯で痴漢犯(犯罪者)に仕立て上げたりしないと言う、共通の常識が有った。

「さて、モンティ大尉」

 コホンと、咳払いをしてからイタリア支部長は主犯のモンティ大尉に視線を向けた。名を呼ばれたモンティ大尉は、肩をビクつかせた。

「君は何時どこで、『ガーベラのパイロットは女性』と言う情報を入手したのかな?」

「……二十時間前に出向いた食堂で、談笑を又聞きしました。談笑していたのは、アメリカ支部の兵士とフランス支部の兵士です。二度目の防衛戦時に、たまたま通信でパイロットの声を聞いたと」

 モンティ大尉の回答に、幹部達は『ほぅ』と小さく声を漏らした。

「たまたま通信で声を聞いた、か」

「言い出しはどちらか判るか?」

「申し訳ございません。そこまでは……」

「流石に分からんか」

 仕方が無いと、イタリア支部長から嘆息が零れた。

「アメリカとフランスのどちらかが、意図的に情報を漏らした可能性が有る。大尉のように愚かな行動を取るものが出て来ると期待してな」

「確かに。貴重な情報を不特定多数の人間がいる場で話すのは不自然だ。意図的に漏らした可能性が有る」

 イタリア支部長と長官の会話を聞き幹部達も『意図的』の意味に気づく。

 又聞きをした誰かが、今回のような馬鹿をやるかも知れないと『期待して』食堂で会話をしていたと。その馬鹿をやったのがイタリア支部だったと言うだけ。

「アメリカとフランスにも問い合わせをしたいところですが、『こちらも又聞きしたから判らない』と白を切られそうですな」

「あり得なくは無いな」

 イタリア支部長と長官は顔を見合わせると、暫くの間は日本支部に強く出られないと言う暗い未来を思い、同時に嘆息を零し、話題を変えた。

「それで、今回の始末はどうするつもりだ」

「日本支部、いえ、被害者に任せようかと」

「抗議に対応したと言う姿勢を見せる気か」

「簡単に言えばそうなります。かの機体のパイロットが本当に女性で、今回の被害者だとするのならば、顔を見ても損は無いかと」

「それもそうだな。ついでに痴漢呼びは名誉棄損では無いかと抗議しろ。反応で性格を少しは知っておきたい」

「分かりました」 

 ギョッとする幹部を無視して、イタリア支部長は日本支部へ連絡をいれる。

 そして、抗議への対応として『被害者にどのような処罰をして欲しいのか参考までに聞きたい』と面会を要求し、『痴漢呼びと緊急放送は不適切では無いか』と告げる。すると、『その被害者から事情聴取を行っている途中でこの場にいる』と返答を貰い、イタリア支部長はすぐに回答を求めた。

 通信機を操作して、室内にいる全員に日本支部でのやり取りが聞こえるようにする。

『イタリア支部長から、痴漢一同の処罰についての希望を、被害者から参考までに聞きたいと連絡を受けた。星崎。希望は有るか?』

 被害者の名は星崎と言うのかと感心しつつ、会話に耳を澄ませる。幼さが残る声で、流暢な英語が聞こえて来た。

『希望、ですか』

『あくまでも参考だから、何を言っても良いぞ』

『それでは……』

 室内にいる誰もが耳をそば立てた。星崎と言う人物はどんな人間なのだろうと、想像を膨らませる。

 少しの間を持って、回答が齎された。 

『そうですね。では、顔も見たくないので、日本支部所有の施設や基地などへの立ち入り禁止なども可能でしょうか?』


「「「「「「「は?」」」」」」」


 恐ろしく現実的な回答に、数名の幹部は『何故即座にそんな回答が出て来るの?』と顎を落とす勢いで唖然とした。残りの幹部と犯人五名は『え? そこまで嫌いなの?』と言葉通りに意味を受け取り、顔を引き攣らせている。

 イタリア支部長と長官は、普段己の感情を出さないように鍛えているにも拘らず『え? 何だって?』と言わんばかりに怪訝そうな顔をした。

『お前が希望するのならば可能だろう。今回の被害者はお前一人だから良いが、複数人いたら全員が納得する処罰を考えねばらならないところだったしな。今後被害者が出ないとも限らん。軌道衛星基地に異動して貰えるように掛け合って見るのも良いな。……お前達はどう思う?』 

 この会話の流れで言うお前達は『日本支部幹部達』の事だろう。それを理解しているイタリア支部の面々は口を閉ざしたままだ。

『星崎の案をそのまま採用しても問題ないと思います』『参考と言わずにそのまま採用して貰いましょう』『今回は日本支部で被害が出ましたが、今後どこの支部で被害が出るか判りません。いっその事、犯人五名をイタリア支部所有の基地から出られないように交渉しても良いかも知れません』『支部を越えての被害だから今回は大事になっているだけです。仮の話、イタリア支部で被害が出ても、身内間ですからその場の報復で終わるでしょう』『……一思いに去勢してしまえばいいのに』『物騒過ぎますよ。異論は有りませんが』

 スピーカーから聞こえて来る会話は日本支部で行われているやり取り。イタリア支部の幹部達(特に男性陣)は、神妙な顔をして聞き入っている。

 日本支部のやり取りが過激なものへと移り変わる前に、手を叩く音がやり取りを中断させた。続いて日本支部長の独特な低い声がスピーカーを経由して響く。

『イタリア支部に言い忘れていたが、緊急放送は不適切と言う抗議は受け付けん。何せ監視カメラが機能を停止していたからな。今回に限っては緊急放送が正しいと判断する』

『? 監視カメラが止まっていたのですか?』

 幼い声が疑問を口にし、日本支部長が即座に肯定した。

『そうだ。計画犯としか言いようが無い』 

 聞きたくも無かった爆弾発言に、痛いまでの沈黙が降りた。痴漢の現行犯と幇助犯に視線が集中する。特に女性陣からの視線には殺気に満ちている。

『それにしても、……個人的な疑問だが、イタリア支部からの抗議通り、痴漢以外に適切な呼び方は無かったのか?』

『そこは女子更衣室だと言われても入って来た方々でしたので、痴漢が適切だと思いましたが違いましたか? フランス紳士と言った言葉が有ったようにイタリア紳士と呼称した方が良かったでしょうか?』

『その呼び方をしたらフランス支部に対して、別の意味で失礼に当たるかもしれんな』

 追加の爆弾に女性陣の殺気が強まった。一部の男性陣は『本当に抗議をしたの?』と支部長を見る。

『はて? うわっと驚いたような声が聞こえましたが。痴漢が不適切と言う事は、……もしかして、ジェンダーレスの方々でしたか?』

 突如として浮上した、新たな疑惑に五人の顔色が悪くなる。五人を擁護していた男性陣の視線が疑惑に満ちる。その視線は『お前達、同性愛主義者なの?』と語っていた。

「あ~、念の為に聞くが……」

「ち、違います! 俺は男よりも女の方が良いです!」

 モンティの弁明に、残りの四人も同意見の声を上げる。自ら止めを刺した事に気づいていない五人を見たイタリア支部長は嘆息を零した。

「それだと、痴漢が適切な扱いになるな」

「「「「「あ」」」」」

 五人同時に間の抜けた声が出た。その間もスピーカーから会話が流れる。

『ジェンダーレスかどうかは不明だが、それも違うとしたら何だと思う?』

『他ですか。……熟女好き、ペドフィリア、ロリータコンプレックス、その他マニアニックな性癖をお持ちの方でしょうか? 以前購買で、イタリア支部の方で変わった雑誌を購入していた男性を見かけましたし』

『変わった雑誌?』

『肌色率の高い女性が表紙の雑誌です。複数人で回し読みをしているところを何度か見かけました』

『ふーむ。少しは規制を掛けた方が良いのか、これ?』

 垂れ流しとなっている、日本支部の会話に室内に沈黙が降りる。会話に出た雑誌を実際に読んでいた男性幹部は居心地悪そうに身動ぎする。

 被害者の性格を少しでも把握する為に会話を聞いているが、想像の斜め上を突き抜ける発言に幹部達は『何故こんな突拍子もない発言をするのか』と顔を見合わせている。余りにも理解出来ず、一部の幹部達は『サブカルチャー大国だからなの?』と混乱している。

 緊急放送直後とは別の意味でパニックが起き掛けているイタリア支部に、止めを刺すような日本支部長からの問い掛けが響く。

『さて、イタリア支部長。こちらの会話は皆で聞いていると思うが、どのように判断するのかお聞かせ願おう』

 室内にいる全員の視線を受けて、イタリア支部長は滝のような脂汗を掻く。助けを求めて長官を見るが、視線を逸らされる。イタリア支部長の目が死んだ。

『そちらの意見をそのまま採用する』

『了解した』

 その声を最後に、日本支部との通信は切れた。

「では、お前達の処罰は向こうの要求通りに『日本支部保有の施設や基地などへの立ち入り禁止』にする。それと、顔も見たくないとも言われていたな。お前達五人は四時間以内に軌道衛星基地に向かえ。以上だ」

 頭痛を堪えるような顔で、イタリア支部長は五人に向かって沙汰を告げる。沙汰を告げられた五人は何も言えずに項垂れた。


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