戻って色々と暴露(?)する
結局、大林少佐には会わず、飯島大佐と中佐コンビとはここでお別れかと思いきや、一緒に試験運用隊の隊長室にまで移動する事になった。昼食時の事を思い出すと、午前中の通信の詳細とかは教えていなかった。食事中の会話は模擬戦の内容オンリーだったよ。
到着した隊長室で改めて、午前中に行ったセタリアとの通信内容を『録画した映像を見ながら』教えた。
映像の中でくねくねと動き、神崎少佐とほぼ同じ言動を取るセタリアを見た三人の目は死んだ。国家元首と教えていたから、キリっとした恰好良いイメージを持っていたのかもしれない。それとも、ティスが常識的な対応をしていた事が原因か?
「星崎は、この皇帝様を見て何とも思わないのか?」
「口を酸っぱくして注意してこのザマなので、何も思わなくなりました。公私は分けていますし、露出狂すれすれだった衣装も少しはマシになった程度です」
「……矯正出来なかったのか」
飯島大佐が頭を抱えた。セタリアの教育担当者と同じ反応をしている。彼らは数日経つと、悟りを開いたような顔をして仕事をしていた。
「先代の皇帝は頭を叩いて注意したんですけど、頭を叩かれると『殴り合いの喧嘩』と勘違いして喜ぶ戦闘狂です」
「付ける薬も存在しないのか。重症だな」
重症ですよと、飯島大佐に返答しようかと思ったが、悟りを開いたような顔をしていたので止めた。
「なぁ、星崎。銀河帝国ならまだ解るんだが、銀河『群』帝国って何?」
「佐々木中佐、『複数の銀河から成る帝国』って意味です。ルピナス帝国と呼んでいますが、十数個の銀河から成立する国です」
「へぇ、十数個の銀河で出来ている国か。……ん? って事は結構デカい国なのか?」
「一応、向こうの宇宙の五大大国の一角なので大きいですよ」
佐々木中佐の質問に答えたら、絶望が混じった言葉が出て来た。
「そんなにデカい国なのに、変な奴しか存在しないのか」
「向こうの宇宙の中堅以上の国家だと、珍しくも無いですね。国家の中枢に近い人間になると、奇人と狂人と変態と変人とドSとドMと鬼畜外道とサイコパスとかばっかりですし。有名な人の中には『外道賢者』とか『鬼畜将軍』とかいましたよ」
井上中佐の疑問に回答してから、向こうの宇宙の有名人の渾名を教えると、大人四人の顔が少し引き攣る。
「鬼畜将軍はまだ納得出来るが、外道賢者って何だ?」
「外道な発想をする賢者級と称えられた知将ですね。好みの食材を渡すと、相談に乗ってくれました」
「それって、食い意地が張っているって事か?」
「いえ、趣味が料理なんです。故郷の料理が日本食に近くて、度重なる戦争で故郷が滅びて、食材が手に入らなくなったと嘆いていたんです。刺身用の魚と醤油とお米を渡したら、鬼畜将軍と一緒に色々と便宜を図ってくれました」
飯島大佐の疑問に回答しつつ、外道賢者と鬼畜将軍と呼ばれた、愉快な(意訳)故人二名を思い出す。
あの二人は惑星セダムに移る前に寿命で鬼籍に入ってしまったけど、本当に愉快な(意訳)性格をしていた。『敵自身の手で退路を断つように誘導してから辱めて心を折れ。情けは要らん』、『忠誠心を利用して憤らせて、情報を漏らさせろ。良心は不要だ』などと、素で言っていた。
違う。思い出す事を間違えた。
ネギ塩だれで焼いた牛肉を載せた丼を一緒に食べたり、手巻き寿司を作る時には招待したり、出汁巻き卵の出汁の量について議論したり、時にはチェスモドキでゲームをしたりと、属する国は違えど、何だかんだで仲は良かった。
所属国家が違うので二人とは『たまに蹴り合った』が、その程度はご愛敬だろう。策を弄する二人を、過剰火力で強硬突破するのは楽しかった。
どんなに策を用いても、予想を上回る火力を叩き付けられたら失敗する。
自分が言うのもアレだが、その典型例だろう。
懐かしい二人について回想していたら、難しい顔をして考え込んでいた松永大佐が口を開いた。
「ここまで話を進めておいて言うのもアレだが、星崎、ルピナス帝国は信用しても大丈夫なのか?」
「性格(と性癖)はともかく、人品だけは問題無いです」
「……星崎。正確に言いなさい」
「いや、こうとしか言いようが無いです」
真面ではやって行けない環境なのだ。一芸に特化した性格に癖のある奴がやたらと多いとも言うが、下手な事は言えない。
「それとも、『国家への忠誠心溢れる、大変愉快(意訳)でハイスペックな方々ばかり』と申し上げた方が良かったですか?」
「「愉快(意訳)?」」「新規造語みたいだな」「そうですね」
松永大佐に確認を取ったら、中佐コンビは宇宙猫みたいな顔になり、大佐コンビは神妙な顔になった。
非常に悪いが、他にどう表現すれば良いのか分からない。
何しろ、国際会議で全裸男(国家元首)が四人も出揃うわ、複数ヶ国間会議で突発的な一騎打ち――その内容は馬鹿げていると言いたくなるものばかりで、とあるラノベの『早土下座対決』並みにシュールなものだったりする。三回転半土下座を披露する財務大臣(支部長に似ていたが、サングラスは掛けていなかった)が出現した時には、流石に驚いた――が発生するなどの珍事が絶えない。
……流石に、互いに妨害し合いながら空中で、相手よりも先にフィギュアスケーター級の演技をする対決を、珍事と一纏めにして良いのかは判らない。
珍事が起きる度に思うんだよね。何でここに居合わせているんだろうって。
「星崎。目が死んでいるけど大丈夫か?」
井上中佐が自分の顔の前で手を振った。目の焦点が合っていなかったのかな? 知らんけど、思い出していた事を口にする。
「済みません。向こうの国際会議中に起きた珍事を思い出しただけです」
「「「「珍事?」」」」
「全裸男が何人も出揃ったり、注意したら女装して再登場したり、突発的にシュールな対決が始まったり、赤頭巾が乱入して来たりと、椅子に座って平和的な話し合いが行われない会議中の出来事です」
「……」「赤頭巾?」「珍事じゃなくて、事件の間違いじゃねぇか?」「それで、国際会議と呼べるのか?」
井上中佐は顔を盛大に引き攣らせて絶句する。佐々木中佐は『赤頭巾』を気にした。飯島大佐と松永大佐は常識的な疑問を口にする。
一拍挟んでから、言葉を無くす大人四人に質問する。
「愉快(意訳)の意味は解りましたか?」
「オブラートに包んだ表現でそれなのか。重症だな」
「飯島大佐。重症では無く、末期と表現すべきでしょう」
「なぁ、赤頭巾って何だ?」
大人三人は困惑した。感想を零したのは大佐コンビだけだった。井上中佐は絶句したまま小刻みに震えているのに、佐々木中佐は暢気にも気になった事を聞いて来た。
「赤頭巾と言うのは、地球で言うところの『テロ活動』の一種で、この名称で呼ばれているだけです。国際会議の出席者を狙い、自分の血と返り血で顔を隠す頭巾が血で赤く染まるまでナイフか銃器で暴れるか、目的が果たせそうになくなると自爆して周囲を血で真っ赤に染め上げる、単独自爆テロ活動者の事を指します」
「指しますじゃないと思うんだが」
「そのままを述べただけです」
名称とは裏腹に超過激な行動内容を語ると、佐々木中佐は引いた。地球から見るとドン引く内容なのは間違いないな。地球には『赤ずきん』と言う童話が存在するから尚更引くだろう。
「星崎。名称はともかく、国際会議場へ簡単に侵入出来るものなのか?」
「あっ」「「確かに」」
松永大佐の指摘に佐々木中佐は小さく声を上げ、飯島大佐と井上中佐は同意の声を上げる。
「長くなるので、短く言います。向こうの宇宙の住人は全員、地球で言うところの『超能力』に近い、異能と呼ぶ特殊な力を保有しています」
「「異能?」」
中佐コンビは揃って首を傾げたが、まだ説明の途中だというのに大佐コンビは理解した。
「つまり、単独犯を可能とする特殊な力を保持しているって事か」
「テロ活動を可能とする特殊能力か。本当にこちらとは違うのだな」
大佐コンビの言葉を聞き、中佐コンビは納得の声を上げた。
「簡単に言うとその通りです。警備は厳重ですが、予想を上回る使い方をされたレアケースも存在します」
肯定すると松永大佐の顔が少し険しくなった。険しい顔になった理由は何となく解る。
「ロシア支部ですか?」
「その通りだ。ロシア支部では昔、一時期上層部と本国の関係が悪化した事が原因で、『暗殺合戦』が行われていたと聞いている。現時点でも群を抜く厳重な警備とセキュリティーを、どう掻い潜って暗殺が行われたのかと疑問に思っていたんだ。未知の力が使用されたのでは、対処のしようがないな」
それはそうだろうと頷く。
警備とセキュリティーの技術面で劣っているのに、そこへ未知の力を使用されたら防ぎようが無い。
自分と松永大佐の会話を聞いた残り三人の顔が少し険しくなった。他支部で起きた事件とは言え、作戦に影響を及ぼした暗殺が行われたのだ。しかも、暗殺が実行された理由が身勝手過ぎる。
「飯島大佐。これから見る予定の、セタリアに送って貰った情報の中に、ロシア支部絡みの情報が見つかったらどうしますか?」
空気が暗くなって来たので話題を強引に変えた。そもそも、この話題の為にここに戻ったのだ。その事を思い出した飯島大佐は少し考えてから回答した。
「そうだな。支部長に報告して判断を仰ぐ、しかないな」
「点数評価に関わる情報が見つかったらどうしますか?」
「次の定例会議で全員に公表する。そんでもって、対策を話し合う」
「他支部の情報が見つかったらどうしますか?」
「支部長に丸投げする。それ以外に選択肢は無い」
「敵機に関する情報もですか?」
「日本支部と関係の無い情報は全部支部長に丸投げで良いだろう。それ以外に選択肢は無い」
飯島大佐は力強く言い切った。松永大佐は呆れていた。中佐コンビは何を言えば良いのか分からないと言った顔で困っていた。
沈黙が下りるも、空気を払拭するように電子音が鳴り響き、ドアが開いた。
「失礼、こちらに――どうしたの?」
やって来たのは大林少佐だった。室内の微妙な空気を感じて目を丸くしている。状況を説明するとすぐに納得してくれた。
「そうだったの。他支部に関するものは私にも回して貰おうかしら」
「支部長の許可無くそんな事を決めても良いのか?」
「あら、見るだけなら問題は無いでしょう」
「それは確かにそうかもしれないが、松永はどう思う?」
「大林少佐は諜報部所属です。事後報告でも問題は無いでしょう」
中佐コンビの意見を聞かずに決まった。そもそも、まだ貰った情報の中身を見ていないんだが……ま、いっか。
端末を起動させて操作していると、大林少佐に声を掛けられた。
「あ、そうそう。星崎、支部長から茶缶は受け取った?」
「受け取りましたが、どうかしましたか?」
「ほら、星崎が頂いた茶缶なのに返し損ねたでしょう。イギリス副支部長の舌を騙すぐらいに高そうなお茶だから、返した方が良いかなって」
「私の手元に在ったのでは、『もう一度飲みたい』と我が儘を言われた時の対処が難しくなりますよ」
お茶に煩くて我儘な奴で、たまに『もう一回飲みたい』と言う奴が出現する。そう言う時には『飲ませる代わりに、無理難題を押し付けるぞ』と脅した。
「それは気にしなくてもいいわ。支部長がお土産として勝手に渡しちゃったあとになって言う事じゃないけど」
「確かに値段は高いですけど、お金を出せば買えるものなので気にしなくても良いですよ」
「……ちなみに、日本円に換算すると幾らぐらいなの?」
大林少佐が緊張した面持ちで金額を尋ねて来た。他の大人四人――特に一度飲んでいる松永大佐も、大林少佐程ではないが緊張している。
「価格は変動しますが、平均価格で百八十万円前後の値段です。品評会で賞を取った時に付けられた値段は三百万円を超えましたが」
値段を知った大人五人がギョッとした。そして、実際に飲んだ事の在る松永大佐と大林少佐は慄く。
「皇帝様からの差し入れともなると、高級品になるのね。星崎は、この茶缶を買った経験が有るの?」
「買った事は無いです。スッキリとしたミント系か、少し酸味の有るものばかりを買って飲んでいました」
「……そうだったの」
搾り出すように、大林少佐はそれだけ言った。続いて小さく『騙せて当然ね』と呟いた。
微妙な沈黙が下りた。その隙に端末を操作する。
情報を空中ディスプレイに表示させて、貰った情報にざっと目を通す。
「セタリアから貰った情報は、防衛軍全支部の内部調査資料と点数評価書。全支部の本国の内部調査資料と点数評価書。マルス・ドメスティカとターゲスの調査資料でした。ディフェンバキア王国から機体五機分の確認用資料です」
「全支部の内部調査資料が送られて来ていたのか」
「佐久間支部長が高笑いをして喜びそうですね」
「星崎。あとで日本語に訳したものを提出して」
内容を告げると大佐コンビは揃ってため息を吐いた。中佐コンビは意味が解らないのか、揃って首を傾げている。大林少佐は翻訳物を所望した。
直筆の手紙と違い、こちらはデータなので、翻訳自体は一括で出来る。端末を操作して、指定データの翻訳を始める。
「大林少佐。翻訳データはどこへ送信すれば良いですか?」
「え? それじゃあ――って、翻訳には時間が掛かるでしょう。今じゃなくても良いわよ」
「いえ、直筆の手紙では無く、データなので一括で可能です。時間も一時間程度で終わります」
「速いわね」
大林少佐だけでなく大佐コンビと、さっぱり分からんと言った顔をしていた中佐コンビも驚き感心していた。ただし、翻訳するだけなので注意点が存在する。
「はい。ただし『意訳されません』ので、そこだけ注意して下さい」
「直訳程度なら、許容範囲内よ」
大丈夫よと、微笑む大林少佐には悪いが、その直訳が問題なのだ。感性のズレを感じる直訳になる点だけが心配なのだ。
明日の午前中に、飯島大佐に直訳内容について問題無いかチェックして貰い、昼前に松永大佐のパソコン経由で支部長にデータを送る事になった。




