表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
私はモブキャラその一の訓練生 西暦3147年6月下旬~7月中旬まで
12/191

トラブル(?)発生直後 ~他支部・佐久間視点~

 星崎佳永依(愉快犯)が緊急放送用のボタンを押した直後にまで、時を少し遡る。

 月面基地内全域に、キィィィン、と甲高い音が響いた。この音は緊急放送が流れる前触れとして鳴る音だ。

 緊急事態? 何が起きた?

 前線基地にいる兵達は流石と言うべきか、一瞬で意識を切り替えて、放送が流れるのを待った。

 しかし、ディスプレイが存在する場所にいた兵達は、ディスプレイに表示された放送の発信場所を見て困惑から眉を顰め、同僚達と顔を見合わせた。

「女子更衣室?」「更衣室で緊急事態なんて起きるか?」「普通、起きないだろう」「それなら、この放送は何なの?」「さぁ?」「え? 場所、更衣室なの?」

 騒めきが静まるのを待っていたかのように、その放送は流れた。


『痴漢! 痴漢が出た! 日本支部女子更衣室にイタリア男が突撃して来たーっ!!』


 幼い声で流れた予想外過ぎる内容に、緊急放送を聞いた誰もが意味が理解出来ず、一瞬、動きを止めた。基地に静寂が訪れる。緊急放送として流れた声が幼く、明らかに少女のものと判る声音だった事も多大に影響していた。


「あれ? この声……」

 そんな中、フランス支部所属の正規兵ポール・カロンは放送の声に『聞き覚えが在る』と感じた。

「いや、ここまで子供っぽくは無かったよな」

 似ているなと、独り言ちて兵舎へ続く道を歩く。探していた本人の声だと気づかないまま。


 放送を聞いた執務室にいたイタリア支部長は、息抜きとして飲んでいたエスプレッソを逆流させて盛大に咽た。放送を聞いた彼の秘書官は茫然となって、抱えていた書類の束を床に落とした。また別の場所で、放送を聞いて内容を正確に理解したイタリア支部幹部男性陣は、放送内容を理解すると同時に思考を停止させて暫しの間硬直し、女性陣は『嘘でしょう?』と困惑する。

 イタリア所属の真面目な(とばっちり)男性陣はその場で他支部所属の女性達から冷たい視線を貰い、顔を引き攣らせながらも『何かの間違いではないか。他国と間違えていないか』と必死に祈った。しかし、スピーカーから続いて聞こえて来た言葉が彼らの希望を粉々に砕いた。

『待て! 誤解だ!』

『そうだとも! 俺達は断じて、痴漢ではない!』

『冤罪! 冤罪を訴える!』

 スピーカーから流れたのは公用語の英語ではなくイタリア語。そのイタリア語で弁明の言葉が響いた。希望を打ち砕かれたイタリア支部の男性陣はその場に膝を着いて頭を抱えた。

 イタリア支部所属の男性陣に、追い打ちを掛けるようにディスプレイの表示が切り替わった。

 放送内容が理解出来ず、顔を見合わせ、首を捻っていたもの達は皆、ディスプレイの映像を見入る。

 パイロット兵ならば誰もが一度は利用し、見慣れたロッカーが並んだ部屋。どこをどう見ても更衣室だと判る映像だ。開いているロッカーから女性用のスカートと判る衣類が覗いていた。ついでに奥の壁には、映像で映し出されている場所が『女性用』だと示すマークが印字されていた。

 その女性用の更衣室(男性禁制部屋)にいる筈の無い、三人の男性兵士がいた。

 先頭の男の左胸には、イタリア支部所属を示すイタリア国旗のワッペンと階級章が着いていた。

 ここに至って放送内容を漸く理解したもの達は、映像を二度見し、あるいは目を擦り、己の頬を抓り、これが現実なのかと確認した。

 確認を終え、これが現実だと理解した直後、イタリア支部を中心に各所でパニックが起きたのは言うまでも無い。


 ※※※※※※


「日生。私の記憶違いでなければ、この声は星崎のものでは無いか?」

「はい。私もそう思いました」

 ここは日本支部長用の執務室。

 ガーベラの模擬戦映像を見ていた佐久間と日生は、緊急放送の内容を聞き顔を見合わせた。

 何故、男性禁制の場所から男の声が響くのか。そして、痴漢とは一体どう言う事なのか。

 少し遅れて流れた映像を見て、状況を正しく理解した佐久間は抜かり無く録画を始めた。その様子を日生は呆れた目で見る。

『憲兵は直ちに日本支部女子更衣室に向かえ。痴漢を拘束しろ。繰り返す――』

 憲兵司令部の対応は、何時も以上に迅速だった。それもその筈。憲兵部のトップはイタリア国から選ばれていた。

『痴漢を、拘束しろっ!!』

『待て! 誤解だ!』

 放送がオフになっていないのか、そんなやり取りまでもが流れて来た。醜聞としか思えない放送がこのまま続くのかと思ったが、これを最後に放送は終わった。

「……何が起きている?」

 佐久間は何が起きているのか知る為に、星崎の模擬戦の相手をしていた佐々木に連絡を入れて一通りの話を聞き、眉間を揉みながら再度訊ねた。

「……佐々木中佐。済まないが、理解が追い付かんので、もう一度言ってくれ」

『分かりました。模擬戦終了後に、イタリア所属モンティ大尉を含む五名にガーベラのパイロットとの面会を要求されました。支部長の許可無く会わせる事は出来ないと断りました。しかし、どこから漏れたのか女性パイロットと情報が出回っていたようでして、モンティ大尉他二名の女子更衣室へ突入を許してしまい……』

「それで、この放送か」

『はい。申し訳ありません。残りの二名に出入り口を塞がれてしまい』

「構わん。非は向こうに有る」

 放送の音源が女子更衣室である以上、誤解も冤罪も無い。ついでにリアルタイムで映像もばら撒かれている。言い逃れは出来ないだろう。支部を超えた、不特定多数が目撃者なのだから。

 佐久間は即座にイタリア支部への抗議を日生に指示した。

『支部長。憲兵より、目撃者として同行を求められました。一度失礼します』

「判った。あとで報告に来てくれ」

『了解しました』

 佐々木との通信を切った佐久間は、一度深く息を吐いてから再び眉間を揉む。大慌てで抗議の準備をする日生の代わりに、自ら高城教官に星崎佳永依を連れて来るようにと連絡を入れた。

 

 

 他支部でパニックが起きている最中。

 日本支部上層部は被害を受けた側だからか、パニックすら起きずに状況の把握と抗議がスムーズに行われた。

 それは単に被害者から『舞台裏の詳細』を聞かされたから……かもしれない。

「成程。廊下から言い合う声が聞こえて来たから、下着格好のままでいたと」

「はい……。素直に出て行ったら絡まれそうな雰囲気でしたので」

「そして待ち構えていたら本当にやって来た、か。はぁ~、運の無い連中、いや、自業自得か」

 星崎佳永依を日本支部長の執務室に呼び出し、事情聴取で明らかとなった先のパニックの舞台裏に、高城教官及び幹部男性陣(一部を除く)は戦慄の表情を浮かべている。対して、女性陣の半分は『そこまでやるか』と呆れ返り、もう半分は『やって当然』と言った顔をしている。

 無理も無いと、佐久間は内心で独り言ちた。

 思春期真っただ中の少女が行うには、少々悪質過ぎるトラップだ。実行する胆力は見事と賞賛しても良いが、男性陣からすると恐怖しかないだろう。

「緊急放送はやり過ぎな気もしなくは無いが」

 そこで一度、佐久間は言葉を切り制服姿の星崎を見る。目が泳いでいた。恐らく、ここまでの大事になるとは思ってもいなかったのだろう。

「当面と言う但し書きが付くが、イタリア支部からの要求を突っぱねる良い材料になった。暫くは大人しくなる筈だ。それに、他支部からも『ガーベラのパイロットを簡単に知る事は出来ない』と、警戒させる事は出来ている。咄嗟の判断で行ったにしては、日本支部としてのメリットが大きいな」

 メリットとデメリットを天秤に掛けると、やはりメリットが勝った。

「それに、更衣室に設置されている基地内放送用のボタンは緊急用しかなかった。問題が有るとすればそこかも知れんが」

「支部長。それはそれで、どうなのでしょうか」

「だがな。星崎が緊急放送で助けを呼ばねば、イタリア支部は白を切る可能性が有った。それを未然に防ぐにも緊急放送が正しいな。何しろ、アレが止められていたからな」

 男性幹部の一人からの突っ込みに佐久間は回答しつつ、嫌な現実を口にした。

 事情聴取中に明らかとなった事実の悪質さに、幹部は皆、嫌悪感から顔を歪めた。一方、何が止められていたのか知らされていなかった星崎は小首を傾げた。

 基地内全ての更衣室の出入口前には防犯目的で監視カメラが設置されている。いざ映像を回収しようとしたら、その監視カメラが停止していた。誰が止めたのか調べたら、イタリア支部所属のモンティ大尉だった。監視カメラを停止させて、今回事に及んでいる。実に悪質だ。星崎の機転が無ければ、日本支部は泣き寝入りをする羽目になっただろう。見事な機転と思ったが、その真相は悪質な悪戯だった。佐久間は注意すべきか、本気で悩んだ。

 監視カメラの映像の代わりに音声とリアルタイム映像が基地内全域に流れた。それは更衣室内にいたモンティ大尉の声と姿(こちらは一部)を基地にいる全員が見聞きしたと言う事でもある。緊急放送なのでディスプレイにも音源場所が表示される。ここにいる幹部達の中には、実際にその映像を見たものもいる。その一人である佐久間に至っては、映像を録画して残している。

 冤罪を訴えるのは良いが、男性禁制の女性更衣室内で訴えても効果は無い。現行犯が現場で無実を訴えているのだ。

「同じ男として思うところしかないのは、非常に、心から、理解出来る。だがな、イタリア支部が冤罪を主張する材料を全て潰している。よって、今回は正当防衛扱いとする」

 佐久間が下した判断に、男性陣は何とも言えないを顔になった。女性陣は仕事をしている一人を除き、当然と言わんばかりに頷いている。トラップを仕掛けた星崎はホッとした表情で胸を撫で下ろしている。

「……支部長。イタリア支部長より、リアルタイム通信が入りました」

 独り仕事をしていた日生が通信機片手にそんな報告をした。何故か困惑の表情を浮かべている。

「イタリアの支部長? 本人か?」

「はい」

「ふむ。出て見るか」

 日生から通信機を受け取った佐久間は、イタリア支部長との通信に出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ