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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
作戦と試練 西暦3147年10月後半
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お昼ご飯を食べながら、大事な事を知った

 支部長の執務室から去り、試験運用隊保有の区画にまで戻った。隊舎に行かずに松永大佐と一緒に演習場へ向かう。時間的に佐々木中佐と井上中佐がいそうだ。

 演習場に入ると、以前よりも遥かに滑らかに動いて模擬戦をしているアゲラタムとジユを発見した。佐々木中佐は座席型の操縦席では、全くと言って良い程に操縦出来なかったから、ジユに乗っているのは井上中佐だろう。

「星崎。あの二人の操縦の出来具合をどう見る?」

「そうですね。初心者からは脱出して、もう少しで中級に到達します。上達速度が思っていた以上に速いので、模擬戦を重ねればまだ伸びます」

 松永大佐に意見を求められたので、忖度無しで素直に回答する。向こうのやり方で操縦訓練をしていないのに、短時間でここまで出来るようにしたのか。逆に凄い。

「向こうの宇宙での訓練はどんなものなんだ?」

「向こうでは剣術と銃火器の実地訓練を受けます。流石に剣術は木剣で行いますが」

「剣術の訓練を行うのか」

「はい。やっぱり基礎を学んでからの方が、剣を振り回す時の動きに無駄が減ります」

 向こうの宇宙での訓練内容の一部を松永大佐に教える。


 アゲラタムのパイロット向けの正確な訓練内容は、剣術、バイクと四輪駆動車の運転技術、基礎体力向上目的の走り込み、専用装備を使った降下訓練が中心になる。

 降下訓練は一見すると不要そうに見えるが、空中戦の最中に行う緊急脱出を想定した訓練である。専用装備を使っての訓練で、最初は十メートルの高さから始めて、最終的には数百メートル以上の高さからの降下訓練を行う。この降下訓練は慣れないと、尻込みをする奴が多い。だから、毎回後ろから蹴り落とさないと訓練が進まない。加えて、全方位からゴム弾を撃って妨害も行うので、降下に慣れても妨害に関して一部は尻込みする。これは上手に避けられなくて『男の急所』に当たった人間も何人か出ているからなんだけど、実戦では『あり得ないと言う事は存在しない』から、ありとあらゆる事を想定した訓練の一つとして残っている。

 ちなみに向こうの訓練(首都銀河防衛支部のみ)では、最初に心を圧し折りに掛かる。心が折れるような状況下でも、投げ出さない為の訓練らしい。これに関しては、所属が所属だからしょうがない。

 技術が進んだ文明の割に、根性理論主義なところが在った。


「剣術か。アゲラタムの操縦方法を考えると、確かに必要そうだな」

 松永大佐は感心しているが、根性理論主義の訓練を見たらどう思うのか。ちょっと気になった。

 そこへ、模擬戦を行っていた二機が足音を立てて近づいて来た。定位置に着くなり、二機のハッチが開いて、コックピットから佐々木中佐と井上中佐が姿を見せた。

「松永大佐! 星崎!」

 コックピットから降りて来た中佐コンビが駆け寄って来た。

 そこで、模擬戦の予定の存在を思い出し、小さく声が出た。

「先に話す事が在るから模擬戦はあと回しだ」

 何時ものように、松永大佐はすぐに察して動いた。中佐コンビと合流するなり、少し話し込む。内容は先程行ったセタリアとの通信内容だった。

 大人三人の内容を聞いて、先行してアゲラタムの操縦訓練を行っていた事を思い出す。松永大佐は正式に許可が下りた事を中佐コンビに教えていた。中佐コンビは訓練が無駄にならなかった事を知り胸を撫で下ろした。

 十三時頃に支部長の許へ再び行かねばならないが、お昼休みまでの残り時間は予定通りになった。それは、中佐コンビとの模擬戦を示していたが、松永大佐とも行う事になった。

 お昼休みまでの残り時間を考えて、一回十分で模擬戦を三回連続で行った。



 十二時過ぎ。遅れて食堂にやって来た飯島大佐を含めた五人で、昼食を食べている。昼食を取りながら行う会話内容は、午前中に行った模擬戦についてだ。

「そんじゃ、こいつらの動きには問題無いんだな」

「はい。初心者枠からは脱出出来ています。 あとは経験を積むだけです」

 飯島大佐に模擬戦を行った事で下した判定結果を教える。すると、模擬戦相手の三人の顔が少し曇った。

「初心者枠脱出か。向こうの訓練基準が解らないんだが、厳しく言っているのか?」

「いえ、非常に易しい基準にしています。ルピナス帝国で一番厳しいところは、『心を折ってからが本番』と言う感じでやっていますし」

 直後、ひゅお~と、冷たい風が吹いた気がした。更にフォークと箸がテーブルに落ちた。それも複数の音が響いた。音源は真顔になった大人組だ。

「星崎。向こうの訓練はキツイのか?」

「訓練内容は所属ごとに変わりますので、十把一絡げに言う事は出来ません。ですが、ありとあらゆる事を想定した、ほぼ全部が根性理論主義の訓練を行います。一瞬でも尻込みしたら、蹴り飛ばす感じですね」

 松永大佐に回答する自分も、降下訓練を行う時に何人も後ろから突き落としている。お陰で男の悲鳴に聞き慣れてしまった。

「今思い返すと、恐怖の悲鳴が上がらない訓練は少ないですね。一番訓練内容がキツイ首都防衛支部のところは、配属されてから最初の一ヶ月間で訓練内容に馴染めないものは、他所に異動しています」

 ここでのポイントは、訓練に『付いて行けない』ではなく、訓練に『馴染めない』だ。訓練に付いて行く事が出来ても、訓練環境に馴染めずに異動するものは多い。

「……何でそんな根性理論主義なんだ?」

「気づいたらこうでしたね」

「誰も訓練内容を易しくしようとは思わなかったのか?」

「一人もいなかったです。人口が多いので競争率が上がった結果だと思います。ただ、訓練内容が易しくなった情報がどこかで漏れた直後に、犯罪組織の襲撃を受けたケースが在るので、訓練内容を易しく出来ないって言うのが実情ですね」

 飯島大佐からの質問の回答として、あまり言いたくない裏事情を口にすると、大人組の顔が真顔から引き攣ったものになる。

 それもそうか。訓練内容を易しくした直後に犯罪組織から襲撃を受ける。想像しうる範囲で最悪だろう。

 大人組の食事が止まり、大変微妙な空気になったので、強引に話題を午後の予定に変える。

「飯島大佐。午後の模擬戦を見学するのですか?」

「え!? あ、ああ、いや、違う。模擬戦には俺も参加するんだよ」

 飯島大佐に質問したら、何故か肩をビクつかせた。吃驚させてしまったんだろうが、意外な予定を知る事が出来たので質問を重ねる。

「飯島大佐が模擬戦に出る? それって、ガーベラ弐式の模擬戦相手を務めるって事ですか?」

「いや待て! ガーベラ弐式!? ガーベラに改修案が出ているとか聞いてないぞ!?」

 飯島大佐だけでなく、中佐コンビまでもがギョッとした。そして、一斉に松永大佐を見た。どうやら、知らなかったようだ。

 一方、視線を集めた松永大佐は気まずそうに瞑目してから、食事を再開した。

「飯を食わねぇで説明しろ!」

「私も月面基地に行く直前に知りました」

 知らん顔でそう言い切った。再びフォークを使って昼食を食べようとするが、飯島大佐が松永大佐の腕を掴んで阻止する。

「知りましたじゃねぇ。何でガーベラを改修するんだよ」

「星崎が想像以上に乗りこなしているからです。それでも、ここ一ヶ月で作ったそうですが」

「たった一ヶ月で、ただでさえ他に乗れる奴がいない機体をヤバくするのか。支部長も良く許可を出したな」

「それに関しては同意しますが、状況が状況ですから仕方が無いのかもしれませんね」

「あー、もうすぐ作戦の決行日だからか」

「そう言う事です」

 納得した飯島大佐は松永大佐の腕を解放した。松永大佐は食事を再開する。中佐コンビは色々と言いたそうな顔をしたが、諦めたのか食事を再開した。

 そんな事よりもね、聞き捨てならない事を聞いたんだが。

「あのー、作戦とは何の事ですか?」

「「「「……あっ!?」」」」

 大人四人が『しまった!?』と言わんばかりに声を上げた。その反応を見て、何かを言う気にはなれなかった。

 八月に『十月に予定が在る』と言う話は中佐コンビから聞いていた。だがその予定が、『作戦だった』事だけは知らなかった。

 作戦の詳細について尋ねたが、回答は無かった。

「これから支部長の許に行くんだ。その時に纏めて説明する」

 それどころか、あと回しが決まった。説明はしてくれるみたいだから、今ここで聞かなくても良いか。

 そう考え直して、少し冷めてしまった食事を食べる。自分が食事に集中すると、大人四人も食事に集中した。

 昼食を終えると、そろそろ支部長の許へ向かった方が良い時間になった。

 松永大佐と二人で向かおうとしたが、飯島大佐は支部長に一言言いたい事が出来たから付いて行くと言い出した。中佐コンビも模擬戦について報告する為に一緒に行くと言い出したので、結局五人で向かう事になった。



 予定の十三時よりも少し前に執務室に到着した。室内にはソファーの上で仰向けに伸びている支部長と、執務机の前でせっせと書類を捌いている一条大将がいた。

「あれ? 松永大佐? ……げっ、もうこんな時間なのか」

 席から立った一条大将がソファーで伸びている支部長を起こしに掛かった。けれど、一条大将がどんなに揺さ振っても、支部長が起きる気配すらない。どれだけ熟睡しているのか。疲労の度合いが解る。

 でも、悲しい事に時間は有限なのだ。待ちくたびれた松永大佐が動いた。気づいた一条大将の顔が引き攣る。

「ま、松永大佐。それは最終手段だから、もう少し待ってくれ」

「申し訳ありませんが、こちらも午後の予定が詰まっています」

 自分には『最終手段』の意味が分からない。何故松永大佐は片足を振り上げるのか。

「松永大佐! 飯島大佐も見ていないで止めてくれ!」

「俺は支部長に文句を言いに来たので止めません」

「佐々木中佐、井上中佐!」

「「無理です」」

「味方がいない!?」

 一条大将が悲鳴を上げると同時に、松永大佐は踵落としの要領で足を振り下ろした。それも、支部長の腹に。

「おふぉっ!?」

 踵落としを受けた支部長が奇声と共に飛び起きた。そのままソファーの上で腹を抱えて小刻みに震えながら蹲る。

 ……うわぁ。支部長の顔が一気に真っ青になっている。中佐コンビの顔も真っ青だ。

 事態を深刻と捉えたのか、飯島大佐が松永大佐に確認を取る。

「松永。鳩尾は外したよな?」

「はい。外しました」

「まぁ、鳩尾を避けても腹に一撃受ければ、こうなるか」

 起きる気配が無かった支部長だが、今度は復活する気配が無い。軍医を呼ぶのか? 近づいて支部長に声を掛ける。

「支部長。大丈夫ですか?」

「あ、ああ。……あれ? 星崎、か?」

「はい。もう十三時です」

「え゛っ!? もう!?」

 ソファーの上で蹲っていた支部長がギョッとしてから飛び起きた。そして、時計を見るなり絶望顔で頭を抱えた。

 隣に来た松永大佐を見上げて尋ねる。

「どうしましょうか?」

「取り敢えず、佐々木中佐と井上中佐の報告を聞かせる。それで目が覚めるだろう」

「目なら、おめーの踵落としで完全に覚めているぞ」

 飯島大佐の突っ込みに、中佐コンビと一条大将が無言で頷いた。


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