報告を終えて、セタリアと通信する
そうこうしている内に来客二名が帰る時間になり、一条大将が二人を連れて行った。去って行く二人の姿を見送った。なお、イギリス副支部長用の土産の茶葉はジップロック袋に入れた状態で渡された。普段の大林少佐から想像もつかない程に、凄くぞんざいに渡していた。それでも、喜んでいたんだから筋金入りの紅茶好きだな。
さて、来客が去ったので、改めて支部長に続きの報告をする。その筈だったが、支部長からの希望で一条大将が戻って来てから、改めて最初から報告する事になった。
「それにしても、星崎。あの茶缶は開封しても大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ」
支部長の質問に問題無いと回答する。金額を言わなければ大丈夫だろう。一番高い茶缶(日本円に換算すると四百万越え)を開けた訳じゃないしね。茶缶よりも大事な予定を教える必要が有る。
「支部長。茶缶よりも大事な予定をお伝えします」
「予定?」
「はい。今朝になって判明した事ですが、セタリアの生活圏内との時差が三十分以内だったのです」
情報の一つを明かすと、三人揃って怪訝な表情を浮かべた。だが、時差の意味に気づいた支部長は神妙な顔になった。遅れて気づいた松永大佐も同じ顔になる。
「時差が三十分以内だったのか」
「星崎。それのどこが大事な予定なの? 時差がたったの三十分以内だった――いえ、大事な予定ね」
大林少佐も疑問を口にした事で、途中で意味に気づいた。
「星崎、向こうには何と言った?」
「向こうには『十二刻までに一度通信を入れるかもしれない』と伝えました。こちらの時間に直すと、十二時までになります」
「昼休憩前に、一度直接会話が出来るのか……。松永大佐、どうしたんだ?」
自身の予定を確認していた支部長だったが、途中で松永大佐の異変に気づいた。大林少佐も不審に思ったのか、目を眇めて青い顔をした松永大佐を見る。
「いえ、大した事ではありません。ただ、星崎が通信している映像を見た時の事を思い出しまして」
「そんな青い顔で言われてもな」
「松永大佐。セタリアの言動が『神崎少佐とほぼ同じだった』と、仰っていただいても結構ですよ?」
「星崎もさらっと嫌な情報を口にしないでくれ」
支部長も青い顔になった。大林少佐も何とも言えない微妙な顔になった。
何とも言えない沈黙が下りたけど、払拭するように電子音と共に一条大将が戻って来た。一条大将は室内の微妙な空気に驚いたが、話題転換のタイミングとしては丁度良かった。
咳払いをしてから、支部長の要望通りに報告を始める。
流石に報告が始まると分かれば、大人四人の表情は引き締まった。報告を終え、合間の質問全てに回答し終えたら、時刻はもうすぐ十一時になるところだった。
「支部長。セタリアとの通信は繋ぎますか?」
「んー、そうだな。長くなるかは不明だが、少し話をした方が良いだろう」
「簡単に話すとか言っているが、星崎が通訳をするんだよな?」
「? やりませんよ」
一条大将の確認を自分は即座に否定した。大人四人が怪訝な顔をしたので、補足説明をする。
「向こうには『自動翻訳機を使うように』と、事前に伝えましたので、直接会話が出来ます」
「技術が進歩すると、そんなものまで作れるのね」
「ルピナス帝国以外で自動翻訳機を保有している国は少ないですけど」
翻訳機の存在を明かすと、支部長はホッとした表情になった。残りの三名は感心している。
「それなら安心か」
支部長が現実逃避をしているが、言うのは止めておこう。松永大佐の体調が悪化するかもしれないし。支部長の机の前に移動して、端末を起動させて通信を繋ぐ。届いた通信機を使わなくても良いのかと聞かれたが、『転送を始めとした機能を、端末と連携した』と教えると納得してくれた。録画状態にして繋がるのを待つ。
『はぁい、時間ギリギリだったわね~』
通信が繋がると、体をくねらせたセタリアが登場した。同時に室内の空気が凍る。セタリアの台詞にハートマークが見えるが、これから大事な話をするので無視。と言うかコイツ。自動翻訳機を付けていないのかルピン語で聞こえた。
『セタリア、翻訳機は使ってる?』
『これから使うわよ。ほら、いきなりそっちの言葉が聞こえたら驚くかと思って』
『言葉よりも、皇帝らしくない動きに驚いてる』
『あら、そうだったの』
セタリアが本気で驚いている。肯定すると、『しょうがないわねぇ~』の言葉と共にウィンクを飛ばした。同時に、吐き気を堪えるような小さな呻き声が二つ響いた。声の主を探すと、支部長と一条大将が口元を押さえていた。松永大佐と大林少佐に至っては、目が死んでいる。
神崎少佐で漢女系の言動に慣れているのかと思ったが、そうでも無かったらしい。
『んっ、んっ、ん~? ねぇ、聞こえてる?』
視線を動かしていた間にセタリアが自動翻訳機を身に着けて再度口を開いた。今度こそ、セタリアの言葉は日本語で聞こえる。でも、一応釘を刺す。
「聞こえるけど、話が進まなくなるから、余所行きと同じ態度でやるように」
『えぇ~』
「えー、じゃない! 話が進まない上に、慣れていないんだから、真面目にやれ!」
『んもぅ、しょうがないわねぇ』
セタリアは不満を垂れ流している。だが自分が言った通り、セタリアの言動には『慣れ』がないと、話が進まなくなる可能性が高い。そうなると周りが困る。セタリアの仕事量は多い。周囲からすると、セタリアが馬鹿をやっている時間を惜しむ。本人は『息抜き』と称して引き伸ばしかねないが。
セタリアは一度咳払いをしてから微笑んだ。一瞬で外交モードに入った模様。僅かに横に移動する。
『まずは、自己紹介からしましょうか。クゥの後ろにいる人は誰かしら?』
「ここの支部の代表、佐久間支部長だよ」
『あらぁ、そうだったの』
セタリアの微笑みが嫣然としたものに変わった。セタリアの見た目は普通に美女なので、性格を知らない人間がこの笑みを見ると、大抵の人間(特に男)は騙される。今回は『セタリアの性格を知る』順番が違ったので、流石に支部長が引っ掛かる事は無かった。顔は青いままだが。
「見せる順番って大事ね」
思わずしみじみと呟いてしまった。セタリアは同意したが、聞き流した。
『本当にそうね。――さて、私がルピナス銀河群帝国の皇帝、セタリアよ』
「……地球国連防衛軍日本支部長の佐久間だ」
支部長の自己紹介をする際に、僅かに間が在った。セタリアの性格が把握出来ていないのかな? セタリアは気にしていないのか、笑みが崩れない。
『サクマ、ね。うん。それじゃぁ、手紙の内容は受けるのかしら?』
「申し出は受ける。申し出が無くとも、元よりアレは破壊対象だった。予定を遂行する事で、多少の恩恵がおまけで得られるのならば、受ける以外の選択肢は無い」
『ふぅん。確認だけど、防衛軍とやらの総意かしら?』
セタリアの目が眇められた。少し威圧している。支部長は青い顔のまま、気圧される事無く回答する。
「いや、我が日本支部の総意だ。防衛軍も一枚岩では無い。縁を繋いでくれた彼女に何か遭っては困るが、恩恵を独り占めするつもりも無い。他支部には可能な限り、我が支部を経由して、分けるつもりでいる」
『一枚岩じゃないんでしょう? 出来るの?』
「幾つかの根回しは既に完了している。手紙のお陰で、幾つかの協力も得られた。あとは、実行するだけだ」
『へぇ、組織評価点数が三・一で、本国の方は点を付ける価値が無かったけど、真面な方はこっちにいたのね』
セタリアはさらっと、とんでもない事を言った。内容に思わず慄く。
……おい。本国に十段階評価で点数を付ける価値無しって、本当かよ!? どんだけ政治家の質が落ちているのっ!?
「確かに我が支部は、二度も本国が原因で凋落をしている。故に、その評価は妥当だな」
良いのか支部長、そんな事を言って。そう思ったけど、ルピナス帝国の諜報部だったら、調査は可能だろう。他人の記憶が読める異能持ちを何人か抱えていた筈だし。
『認識は合っているのね。だったら大丈夫かしら』
二度頷いたセタリアは、嫣然とした笑みを柔らかものに変えた。支部長の確認が終わったのか。この反応は合格か。
『では、改めて言うわ。こちらが指定した旧式短距離転移門を破壊しなさい。破壊が確認出来たら、我が国からの援助を条約範囲内で約束しましょう』
「条約。確か他の宇宙への接触を禁止するものだったか」
『ええ、そうよ。期限は設けないけど、頭が代わるようなら見直すわね』
「分かった。私の代で成せるように善処する」
期限を設けないと言いつつも、トップが変わったら再評価をした上で接触を見直すのか。実質の期限を設けたな。
まぁ、こう言うのは一回で終わらせるのが良いから、自分も出し惜しみしないでやるけどね。
『それじゃぁ、細かい打ち合わせはディフェンバキア王国とやってね』
「おいっ」
ギョッとして、思わず突っ込んだ。『それじゃぁ』、じゃねぇでしょうが!? 突っ込まれた側のセタリアは悪びれない。寧ろ『当然』と言わんばかりに口を開いた。
『だって、火力が足りないでしょう? オニキスの埃落としを頼んだから、受け取ってね♪』
「オニキスって、使って良いの!?」
思ってもいなかった朗報を聞いた。けれども、オニキスを余所の宇宙で動かすのは……問題しかないが良いのだろうか?
『良いわよ~。だって、アルテミシアの動きが怪しいんだもの』
だが次の瞬間、自分の疑問を吹き飛ばすような回答をセタリアが口にした。予想外の事を聞いて、思わず絶句しそうになった。
アルテミシア。やっている事はテロリストと変わらない武装組織だが、その活動内容は『義賊』に近い。紛争に武力介入して収拾不能な状態にした前科持ちだが、犯罪組織を率先して排除したり、慈善活動をしたり、時には政府との交渉にも応じて『隠れ蓑』もやってくれるので、扱いが難しい。
「何であの武装介入勢力が動いているの!?」
『どこを経由したか知らないけど、曲解して伝わっちゃったみたいなの。だから、ウチが動いている事が一発で解るように、オニキスを動かす事にしたの』
「牽制は?」
『したけど、効果が無かったのよ。と言う訳で、あとの打ち合わせはディフェンバキア王国とやってね♪』
まったねーと、セタリアは笑顔で手を振って通信を切った。端末を操作して、録画状態を解除。すぐにディフェンバキア王国との時差を計算を始めたが、室内には痛い沈黙が下りた。
支部長と一条大将は青い顔のまま視線を虚空に彷徨わせ、松永大佐は瞑目して目頭を揉み、大林少佐は全てを忘れるようにお茶の準備を始めていた。
通信時間は五分程度だと思うが、たった五分で受けたダメージは思っていた以上に大きかった模様。
日本支部には、セタリアに比較的近い神崎少佐がいるから大丈夫だと思っていたが、勝手なイメージ像を作っていたのか、余りにもかけ離れていた事にショックを受けているみたいだ。
でも支部長には、『神崎少佐に近い』って教えた。教えたタイミングが直前だったのがいけなかったのか?
沈黙を払拭するように、『合格点は貰えた』事を教えると、男性三人は少しだけ回復した。大林少佐は無反応だった。
気分転換として、大林少佐が淹れたお茶を飲む。配られたお茶はさっきのハーブティーだった。お茶を飲んだ事で支部長が回復した。セタリアから貰ったお菓子の缶を開けて、何個か支部長に差し上げる。お菓子を食べた事で完全復活したが、今度は『血糖値の高い人間に菓子を与えるな』と松永大佐に怒られた。
「松永大佐。私の血糖値が高い事を何故知っているのかね!?」
「今月初めに通信した時に、口元に煎餅の食べかすが付いていました。それにここ数年、半年ごとに受ける健康診断で、血糖値が高かったら塩辛いものを食べ、血圧が高いと甘いものを食べるを繰り返していたでしょう。飯島大佐と一緒に何度も、『食べ過ぎは控えるように』と、申し上げた筈ですが?」
「あっ!?」
復活した支部長の顔が再び青くなる。反応から考えるに、どうやら忘れていたっぽい。松永大佐は目を眇めて、一歩、支部長へ近づいた。椅子に座ったまま逃亡出来ない支部長と松永大佐の間に、一条大将が割って入る。
「あー、松永大佐。私からも言い聞かせるから、今ここで支部長を締め上げるのは待ってくれないか?」
「直訴しても、秘書課を経由して何度言っても、直りませんでした。一条大将に出来るのですか?」
「私から言ってどうにもならなかったら、その時は締め上げても良い。だが、今は他に、最優先でやる事が在るだろう? そっちを優先しよう。な?」
「……良いでしょう。今日から確りとやって下さいね」
「あ、ああ」
松永大佐は少し考えてから引き下がった。支部長はホッとした表情で胸を撫で下ろしているが、自分の耳は微かな舌打ちの音を拾っていた。自分以外にも聞こえていた人物はいたようで、一条大将の顔が引き攣る。
松永大佐は気分転換として、ハーブティーを飲んだ。お菓子の茶缶を差し出すと、松永大佐は何個か食べた。
「ディフェンバキア王国との時差は十六時間になりますが、通信はどうしますか?」
時差計算結果を支部長に伝えて、ディフェンバキア王国との通信をどうするか尋ねる。
「十六時間か。日本の時刻で言うと、今は何時になるんだ?」
「……大体、前日の十九時前後になります」
「前日の十九時と言う事は、実質四時間の差か」
時計を見ながら回答すると、支部長は何やら考え始めた。一条大将は支部長と同じく時計を見ながら質問して来た。
「星崎。その、でぃふぇんなんとかって国との通信は、今行っても大丈夫なのか?」
「そうですね。もう二・三時間待った方が良いかもしれません」
通信相手となる、ディフェンバキア王国の国王ティスの仕事内容を考えて回答する。セタリアに比べると少ないが、ティスの仕事量はそれなりに多い。国家元首の仕事量は国土(版図?)の広さに比例する模様。
「二・三時間か。微妙だな」
「十二時頃に私の方から通信して、支部長と日程を合わせますか?」
「それが良さそうだな。支部長、どうしますか?」
自分の回答を聞いた一条大将は支部長に意見を求めた。
熟考を一時中断した支部長は少し間を空けてから回答した。
「それなら、十三時頃に一度ここに来てくれ」
「分かりました」
自分が了承の返事を返した事で、報告を始めとした色々な事がやっと終わった。




