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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
作戦と試練 西暦3147年10月後半
114/192

真面目に報告していたのに

 ツクヨミ内を歩いて支部長の執務室に向かう。現在の時刻は八時前。予定よりも三十分早い。到着した支部長の執務室に松永大佐と一緒に入る。室内には、支部長の秘書官と思しき男女が数名いたけど、大林少佐はいなかった。その秘書官達は松永大佐を見るなり、何かを察して早々に退出した。

 残された支部長は時計で時刻を確認して、何故か狼狽え始めた。だが、松永大佐が早めに来た事情を説明すると、支部長は落ち着きを取り戻した。

 そして、セタリアが通信して来た理由を『前回通信に出られなかったのと、アゲラタムの使用許可の回答で通信して来た』と説明する。使用許可は下りた事を教えると、松永大佐と支部長が、何故か安堵の息を漏らした。

「フライングして操縦訓練をしていたが、許可が下りて良かったですね」

「確かにそうだが、星崎、何故許可が下りたんだ? いやその前に、何時許可を求めたんだ?」

 胸を撫で下ろす松永大佐と訝しむ支部長。

 と言うか、見切りでアゲラタムの操縦訓練をやっていたのか。それで、今日何時もの中佐コンビが来るのか。成程と、一人で納得してから支部長の疑問に回答する。

「今月七日、セタリアから手紙が来た日に、手紙を持って来た使いにアゲラタムの使用の確認を、念の為、お願いしていました。松永大佐、食堂で執事の恰好をしていた人物を覚えていますか?」

「確かに覚えているが、そんな事を頼んでいたのか?」

「はい。何か遭った時に、私がアゲラタムに乗るかもしれないと思っていましたので。あの老人、ディセントラに使用しても良いか確認しましたが、一度、演習場に置いて在る機体の製造年月日の確認をして貰いましたが、セタリアに判断を仰ぐ必要が有ると返されてしまいました」

「一度食堂から去って、戻って来たあの時か。何故戻って来たのかと思えば、そう言う事だったのか」

 松永大佐が納得顔になるが、支部長の疑問が完全に解消された訳では無い。説明を続ける。

「そして、昨日の通信で代わりに出てくれた人物に、八月の黄緑色の機体と、先日のオレンジ色の機体をこちらで撃破した事をセタリアに伝えるよう、伝言を頼みました。どうやら、こちらに残存機体が存在するとは知らなかったみたいです。今朝の通信で確認したところ、この二種を撃墜した事による『譲歩』が主な理由ですね」

「ふむ。把握していなかった機体の破壊を達成した事による、『条件緩和』と言う訳か」

 支部長は大きく頷いて、自分が言った譲歩の意味を正しく理解した。

「はい。簡単に言うとそうなります。加えて『こちらで拾ったものは好きにして良い』と言葉を貰いました」

「それって、昨日撃墜した機体も含まれるのか?」

「含まれると思いますが、オレンジ色が姿を消していた隠蔽技術だけは、向こうの宇宙において『戦争で使用を禁止している技術』の一つに数えられています。こちらで隠蔽技術を調べるのは控えるべきですね」

「控えるも何も、オレンジ色の敵機は装甲以外に、無事な部分が殆ど残っていないぞ」

 何を言うんだと、言わんばかりの態度の支部長には悪いが、悪い知らせを口にする。

「今朝の通信で判明した事ですが、先日撃墜したオレンジ色の方は、向こうで回収し損ねた三十三機の内の十一機だったそうです」

 昨日撃墜したターゲスの残骸も気になるが、これから破壊するターゲスについても気にしなくてはならない。判明している残機数を口にすると、支部長がギョッとした。松永大佐も驚いている。

「あれがあと、二十二機も残っているのか!?」

「はい。総生産数は現時点で四十三機。その内十機が回収解体済みで、先日十一機撃墜しています。残り半分と思えば、だいぶ減ったと思いますが」

「元の七倍の数が生産されていたのか」

「それを考えると確かに半分にまで減ったのか」

 松永大佐と支部長は、凶報と吉報の区別が付かないのか。揃って難しい顔をして話し合っている。

 最初の生産数の約七倍の数が増産されて、そこから残り半分になりました。

 こんな報告では、確かに判断が難しいか。自分的には『数が半分にまで減ったから吉報』と認識していた。増産されていない事が前提だけどね。でも、生産国のシェフレラ共和国は既に解体されているし、価値が暴落する直前のシェフレラ石の採掘量を考えると、これ以上の増産は無理だと思う。仮に買い戻す場合は、売値と同じ金額を言い渡される可能性が高い。やっぱり無理か?

「星崎。オレンジ色の敵機については解ったが、通信で他にどんな事を話したんだ?」

「先日貰った手紙の内容に関わる事です。その前に、一つだけ確認を取りたい事が在ります」

「確認?」

 怪訝そうに聞き返してくる支部長に、頷いてから端末を起動させた。ダウンロードが完了したものの中から、目当ての画像を探し出して空中ディスプレイに表示。二人にも見えるように、空中ディスプレイそのものを大きくする。

 すると、支部長が腰を浮かせた。松永大佐も息を呑んだ。やっぱり知っていたのか。

「星崎、その映像は!?」

「今朝セタリアに送って貰った映像です。その分ですと、地球から観測出来ていましたか」

「観測も何も、映像のそれから敵機が出現したところを撮影した映像も残っている。過去にそれを破壊する為の作戦も、失敗に終わったが何度も実行された」

 支部長の説明を聞き、そうだったのかと思う。同時に、十年前の作戦失敗も、『これ』だと何となく理解した。

「支部長。これに関して、非常に残念なお知らせが届きました」

「……どんな知らせだ?」

 ワンクッション入れたら、腰を下ろした支部長の眉間に皺が寄った。問い返しに少し間が空いたから、警戒心を強めたんだな。

「まずは、これの簡単な説明をします。これの正式名称は『旧式短距離転移門』です。用途は名称で解ると思いますが、地球のSF創作小説にも登場する『ワープ装置』に該当します。用途が用途ですので、対となるものが存在します。対となる片方の場所は太陽系内にあると思いますが、地球から遠く離れているのは確実でしょう」

 説明を一度切り、支部長と松永大佐を見る。揃って理解出来ているのかを確認したら再度口を開く。

「短距離転移門の移動可能距離と設置場所についての説明は、今は関係無いので省略しますが、通常は一つの惑星に一つを設置します」

 ここで松永大佐が挙手したので、説明を中断する。

「星崎。その物言いでは、『地球の近くに二つも存在する』と言っているようにも取れるぞ」

「確かにそうとも取れるな。だが、これまでの観測では一つしか見つかっていないぞ」

 二人の反応から、隠されていたもう一つが見つかっていなかった事を知る。

「仰る通り、もう一つが存在しました。こちらは隠蔽されていたので、『地球の技術では見つけられなかった』が正しいと思います」

「何だとっ!?」

 支部長の驚きが強過ぎたのか、椅子を蹴り倒して立ち上がった。松永大佐も驚きの余り、表情を険しくしている。

 直後。椅子が倒れる音に交じって、軽い音が鳴り響いた。

 約二ヶ月振りに聞く、聞き覚えの在る音だったので、音源の支部長に目を向けた。そこには、滝のような脂汗を流す支部長がいた。

「佐久間支部長。真面目な空気を壊さないで下さい」

「さ、流石にこれは、不可抗力だと思う、ぞ……」

 そう言うなり支部長は執務机の上に伸びた。松永大佐が通信機を操作して人を呼ぶ。

「まだ残っているのですが、どうしましょうか?」

「人が来るから一時中断だ。時間的に、そろそろ一条大将が見える頃になるな」

 一時中断の言葉を聞き、端末を落とす。スマホで時刻を確認すると、もうすぐ八時半になるところだった。もう三十分も経過したのか。ちょっと驚いた。

 少し経つと軍医が手伝い人を連れてやって来た。邪魔にならないように自分は部屋の隅に移動する。

 軍医は支部長の姿を見るなり、連れて来た人に組み立て式のポータブルベッド(担架としても使える)の設置を指示した。軍医は松永大佐の手を借り、支部長を床に座らせて、傍に置いたポータブルベッドに支部長を俯せに寝かせる。

 軍医は『ぎっくり腰』と診断し、手荷物からあれこれと出した。執務机が邪魔で見えないが、痛み止め類だろう。しかし、暇だな。松永大佐は支部長と一緒に診察結果を聞いているから傍にいない。

 スマホを弄って暇を潰そうかと思ったら、新たに誰かやって来た。誰かと思えば、一条大将だった。

 一条大将は室内の状況に驚き、隅にいる自分を見て近づいて来た。

 何が起きたのか説明する。『報告中に支部長がぎっくり腰になった』とだけ言った。嘘は言っていない。報告の途中で、支部長が驚いて立ち上がった瞬間に、ぎっくり腰になったからね。自分の説明を聞いた一条大将は何とも言えない顔になった。

『おい、サクマはどうした?』

『腰を痛めたらしい。手当はすぐに終わるでしょう』

 知らない第三者の『英語』を耳にして、一条大将以外に誰かがいる事に気づいた。

『腰を痛めた? サクマはまだ五十歳だった筈だが?』

『その通りですが、座り仕事ばかりやっていた結果でしょう』

 知らない声は二人分。誰かと思えば、アメリカ支部とイギリス支部の大将階級の黒人と白人の二人の男性がいた。

 アメリカ支部の大将は、マフィアみたいな厳つい見た目の、長身の黒人系の男性だ。ベリーショートの黒髪なので、ちょっと軍人っぽい。

 イギリス支部の大将は、撫でつけられた灰銀の髪と茶色の瞳の白人系の渋いおじさんだ。ちょっと古いが、シルクハットとステッキが似合いそう。

「一条大将、そちらは……。あ」

 疑問を口にしてから失敗を悟る。中尉が大将に話し掛けるのは、色々と不味い。何時もの癖でうっかり話し掛けてしまった。

「気にしなくて良い。松永大佐と一緒に報告中だったんだろう」

「はい、そうです」

 その通りなので首肯する。すると、一条大将は怒りもせずに自分の頭を撫でた。掴んで左右に揺らすような感じだったけど。一条大将が手を離すと同時に、松永大佐がこちらに来た。支部長はもう良いのか?

「一条大将、そちらのお二人との面会は、佐久間支部長の予定に無かった筈です」

「こっちの二人は、急に支部長と会って話しがしたいと、言い出したから連れて来たんだ」

「左様でしたか。こちらの報告はまだ終わっていません。代わりに聞きますか?」

「いやいや、遠慮する。聞いたら支部長が『ああ』になる程の報告だったんだろう」

「否定はしません」

「否定して欲しかったなぁ」

 軽く息を吐いた一条大将は肩を竦めた。対して、松永大佐は何も言わない。

「一条大将、どうしてその二人を連れて来たんだ? アメリカ支部に行ったのに、どうしてヴァンスがいる」

 そこで漸く復活した支部長が口を開いた。明らかに、二人を連れて来た一条大将を非難している。非難を受けた一条大将は目を逸らして弁明した。

「アメリカ支部に向かったら、この二人が会談をしていたんですよ。戻る時に『何が何でも一緒に行く』と言い出しました」

「そーかぁ……。あー、うん、いっか。松永大佐。済まないが、報告はこの二人のあとで聞くが、先に聞いておいてくれ」

 色々と悟った支部長は、諦めが付いたのか、応接用のソファーに移動した。イギリス支部の大将も支部長に会わせて移動を始めた。けれど、アメリカ支部の大将は動かない。何故か自分と視線が合う。

「分かりました。次は倒れないで下さいね」

「鋭意、努力はする」

「そこは断言して下さい。行くぞ」

 支部長は松永大佐に釘を刺されて、げっそりとした顔になった。自分は松永大佐に呼ばれたので、返事をしてから一緒に退出しようとした。だが何故か、アメリカ支部の大将に呼び止められた。

 何だろうと返事をしてから振り返ると、何故か腋の下に手を差し込まれて、そのまま持ち上げられた。アレだ。幼子や赤ん坊にやる『高い高い』だ。この年になって、体験する日が来るとは思わなかったぞ。でも、この奇行は何を意味するんだ? アメリカ支部の大将の黒い瞳と視線が合う。

『ジェフリー。貴様は何をしている』

「星崎も嫌なら、嫌がって大丈夫だぞ」

 支部長よ。嫌がっても、大丈夫なのか? オジサンの心はガラスのハートよりも脆いと聞くんだが。顔を上げて松永大佐と一条大将を見る。

「星崎。娘が欲しかったオッサンの奇行だから、忖度も憫察(びんさつ)も必要ないぞ」

「ええと、降りられないのですが」

 一条大将からの情報を得て、この状況に納得する。


 ルピナス帝国でも、たまに似たような状況になる事が在った。熊か、グリズリーか、ゴリラみたいな顔をしたオジサンで、たまに『娘が~』と言い出す人が何人かいた。大体は、『可愛らしい見た目と性格の愛娘に好かれたいのに、顔が怖いと嫌われる』か、『可愛らしい娘が欲しいのに、何故か男ばかり産まれる』だったな。

 前者の場合、勲章と言い張って消さない『顔の傷痕』を消せば、半分の確率でどうにかなる。後者は運任せだからどうしようもない。

 自分は厳ついオッサンとか、顔に傷痕を残しているオジサンとかは、自慢では無いが見慣れている。先日、通信で会話をしたサイの父親も立派なゴリラだったし。サイの母親は美人コンテストで優勝が狙える絶世の美女だったが、ワイルド系の男性を好む人だった。そのせいで『美女と野獣』な夫婦だった。でも母親似は末息子のみなんだよね。遺伝子は残酷だった。


 そんな事よりも、この状況をどうにかしよう。

 失礼だが、降りる為に腕を掴もうとしたら、後ろから襟首辺りを掴まれて、そのまま持ち上げられた。今度は床に下ろされたが、解放されない。襟首を掴んでいるのは誰だ? 顔を上げて確認すると松永大佐だった。松永大佐は自分を背中に隠した。何で?

『レコード副支部長。私の部下に何用でしょうか?』

『ほぅ、彼女は君の部下なのかね?』

『はい。最近は私の副官の仕事も割り振っています』

『……そうだったのか』

 松永大佐の背中で見えないが、英語で会話が続く。つーか、副支部長だったのか。

 支部長を見るが、止めに入る気配は無い。イギリス支部の大将は額に手を当てている。

「失礼します。支部長、お茶を――何ですか。この状況は?」

 そこへタイミング良く、お茶を載せたカートと一緒に、大林少佐がやって来た。入室するなり、室内の状況を見て驚く。大林少佐も驚くよね。

 他所の副支部長と松永大佐が言い合っているような光景を見たら、ここにまで発展する流れを見ても驚くだろう。大林少佐に限らず。自分もどうしてこうなったのか分からん。でも松永大佐は、大林少佐がやって来た瞬間に自分の襟首から手を離し、小脇に抱え直してドアの前にまで移動した。

「支部長。我々はこれで失礼します」

 最後に一声掛けてから、松永大佐は支部長の返事を聞かずに退室した。自分を小脇に抱えたまま。

 執務室から出ると、一条大将も出て来た。数分待つと、お茶を出し終えたのか、大林少佐もカートを押して出て来た。

 大人が三人顔を見合わせると、無言のまま申し合わせたようにどこかへ歩き出す。なお、自分は松永大佐に抱えられたままだ。廊下に誰もいないから良いけど、誰かいたら後日、噂になりそうだ。

 

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