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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
私はモブキャラその一の訓練生 西暦3147年6月下旬~7月中旬まで
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模擬戦終了後にトラブル(?)発生

 模擬戦を終えて、改めてガーベラに搭載されていたマニュアルを熟読し(スマホに落とせないか試したが無理だった)終えて、ヘルメットを脇に抱えて休憩室に入ったら……疲れていない筈の審判役の幹部の一人が渇いた笑い声を上げている。思わずギョッとして、笑い声の主をガン見してしまった。

「おう、星崎。マニュアルは読み飽きたのか?」

「いえ、喉が渇いたので何か飲み物を飲もうと思っていたのですが……井上中佐はどうしました?」

「気にするな。こいつは繊細なんでな。たまにこうなる」

「そうですか」

 絶対に違うだろと、思ったけど突っ込みは言えない。だって上官なんだもん。佐々木中佐の言葉に相槌を打つように頷いて、設置されている自販機でジュースを買う事にしよう。パイロットスーツのウエストポーチからスマホを取り出し、自販機の前に立つ。買える飲み物の種類は十種と少ないが、代わりに金額は非常に安い。

 脳と体が糖分を欲しているが、甘いジュースを飲む気にはなれなかった。

 自販機でLサイズのスポーツドリンクを選び、電子マネーで支払いを済ませる。スポーツドリンクが注がれた紙コップを自販機の取り出し口から取り、中佐達から離れたベンチに腰を下ろし、脇に抱えていたヘルメットを膝に置く。紙コップを傾けて一口飲むと胃に染みた。

 軽く息を吐いて瞑目し、先の模擬戦を振り返る。可能な限り手は抜いたと言うか、細心の注意を払って佐々木中佐よりも強く見せないようにした。中佐に昇進しただけあって、操縦の技量は非常に高く、どこまで手を抜けば良いのか分からなかった。

 けれど、自分の場合は『実戦経験だけ』が豊富過ぎた。そのツケかは不明だが、集中し過ぎると『うっかり』急所を狙ってしまう。悪い癖だと思うが、ロボット絡みの過去でサバイバル過ぎる人生を思い出すと……善し悪しの判断が難しい。

 自分は、人を殺す事は完全に慣れてしまっている。悪いとも思わない。愉しいとも思わない。過去の殺人は必要な行為だった。後悔は、無い。

 でも、殺したいとも思えない。

 けれども、殺さなければ、殺されるのは大事だと思った人達。守る為には、殺すしかなかった。会話は通じず、戦闘以外の道は無かった。

 矛盾している。結論は出ない。必要だったと言う事にして、思考を放棄した。今でも後悔はしていない。

 薄く目を開き、再度、紙コップを傾ける。別方向に流れた思考を飲み込むように、スポーツドリンクを飲む。そのまま飲み干し、紙コップを潰して近くのごみ箱に捨て、立ったまま内心で嘆息する。

 ……駄目だ。昔の事を思い出すと思考が変な方向に流れる。今は今後の事を考えないと。

 今後。ガーベラの操縦データ収集を兼ねた模擬戦に引っ張り出されるぐらいだから、今後も何度かは乗る羽目になりそうだな。体がどこまで持つのか、嫌気が差しそう。ついでに実戦にも出る事になりそうだな。全くもって嫌な展開だ。理想とする展開は『今すぐ訓練学校に戻る』事。けれども、支部長の手で一度訓練学校に戻る便をキャンセルされているので、この展開になる可能性は低いだろう。

 となると、何時まで訓練生でいられるのか。ちょっと心配になって来た。

 ベンチに置いたヘルメットを手に取り、再び模擬戦をやるのか否かだけ確認しようと中佐達の方を見たらば、何故か目が合った。

「どうした星崎。悩みが有るのなら聞くぞ?」

 悩み? 体育会系の口から出たとは思えない単語だ。隣の井上中佐も『何言ってんだこいつ?』と言わんばかりの顔をしている。沈黙は良くなさそうだし、せっかくだからと、当初の疑問をぶつけて見る。

「ええと、では……模擬戦は一度だけですか?」

「いや、あと二度行う」

「ガーベラに関わるデータは、はっきり言って少ない。これを機会に取れるだけ取る事になっている」

「……そうですか」

 そう言えば、今までに乗りこなせたパイロットがいなかったんだっけ。

 井上中佐の無情な追加情報に、すっかり忘れていた事を思い出した。つーか、あと二回も模擬戦を行うのか。

「次の模擬戦は、十分後にやるとしよう」

「分かりました」

 休憩時間の終わりが、佐々木中佐より宣告された。

 ダラダラと過ごすよりかは良いかも知れない。不満も持たずに返事を返した。



 そして、模擬戦を何故か『四度』も追加で行った。途中で『こう言う風に動いたデータが欲しい』と注文が入り、急遽、模擬戦の回数が増えた。途中から高城教官も量産機のキンレンカに搭乗して混ざって来たので大変でした。加速に多少慣れて来たけど、二対一はキツい。何で教官は自分の味方じゃないんだろう?

 戻った格納庫で佐々木中佐から模擬戦終了宣言後解散となった。乗っていたガーベラをぼんやりと眺めていたら、格納庫の端っこで修理が行われているアリウムを見つけた。何故こんなところで訓練機の修理をしているんだと、足元に近づいて眺めていたら背後からやって来た佐々木中佐が『場所の都合』と説明してくれた。

 成程、空きスペースが無いからここでやっているのか。

 そう納得し掛けたけど、ここは月面基地。ここでの常駐の兵は防衛担当のみ。一時的に立ち寄る訓練生の訓練機などは軌道衛星基地に搬送して修理する。間違っても、こんなところで修理はしない。その証拠に、現在修理している訓練機は一機のみ。他に訓練機の修理は行なわれていない。

 しかもこの訓練機のコックピット部分には、十字の傷跡が残っていた。何となく嫌な予感。

「星崎。この機体はお前が乗っていた機体だ」

「……やっぱりですか」

 露天操縦を思い出す。そして、露天になった経緯も思い出す。良い思い出無いな。でも、あの修羅場を一緒に乗り越えた機体なんだよね。

 またこいつに乗る機会が有るのかなと思い、足部の装甲に触れて――感じる筈の無い魔力の残滓を感じ取り、背中に汗を掻いた。

 おい待て。何故、魔力の残滓を感じ取るんだ? 集中して、魔力の残滓を探ると『何の魔法が使われたのか』が判明した。

「どうした星崎?」

「いえ、何でも有りません」

 慌てて誤魔化し、汗を流しに着替えへ行くと言って佐々木中佐と別れた。解散を言い渡されているので、汗を流して着替えたら兵舎に戻る予定だし、そう言い渡されている。

 考えていた事がバレないように、そそくさと更衣室に向かった。



 「ふぃ~」

 都合、五回に及ぶ模擬戦を終えて、今更になって気づいたヤバい事実を知って嫌な汗を掻いた。現在更衣室内に併設されているシャワールームで汗を流している。疲れたと言うよりも『やっと解放された』と言う感覚の方が強い。うっかり急所を狙わないように神経を尖らせていた為、独りになれば気の抜けた声が出る。

 それにしても、無意識に魔法を使っていたとは。うっかりどころの話じゃない。漫画とかで言う『主人公補正』を自力で行っていたとは。

「不覚だ……」

 しかも使っていた魔法が、戦闘終了後に『使えば良かったなぁ』と思い浮かべた魔法そのもの。

 機体の負荷を無視した挙動が原因で、訓練機は『見た目は中破、中身は大破』と言った状態。どんな操縦を行ったと質問攻めを食らっていない当たり、リミッター解除の文言で誤魔化しが効いているようだ。

 まぁ、安心は出来ないけど。  

 シャワーを止めて、全身をバスタオルで拭き、髪の水気をタオルで拭き取る。兵舎だったら魔法でささっと乾かせたが、ここは更衣室に併設されているシャワールームだ。人目を気にしての選択だ。ちなみに、ドライヤーは無い。現在、自分以外に誰もいないが、何時誰がやって来るか判らないので魔法は使わない。無人なのを良い事に、下着にバスタオルを肩に掛けた格好で更衣室内を闊歩し、半開きのロッカー前へ移動、服を着る。

 生乾き状態の髪を少々鬱陶しく感じ、クリップで纏めるか、兵舎に戻ったら魔法で髪を乾かすかと、考えながらパイロットスーツとヘルメットを手に更衣室を出ようとして、ドア越しに防衛軍公用語の英語で言い合う男の声が聞こえて来た。

『だから、出来ないと何度言えば解る!?』

『そんな事は無いだろう!』

『そうだ。さっきまで模擬戦をしていたのを俺達も見たんだ!』

『そんな理由で会わせろと言うのか!?』

 模擬戦を見た? 会わせろ? どう言う事だ?

 状況が全く理解出来ないが、このままだと更衣室に突撃してきそうだ。

「ふむ」

 ストレスが溜まっているのか。悪戯心が湧いて来た。

 ロッカー前に急いで戻る。開けたロッカーに手荷物を放り込み、ブーツに靴下、インナーウエアと制服まで、慌てて脱いで下着姿になる。そして、頭からフェイスタオルを被って顔を隠し、悪戯準備万端。どっからどう見ても、シャワー終了後です。髪もまだ乾き切っていないしね。

 さあ、来い。そう身構えて……数十秒後。

『待て! そこは女子更衣室だぞ!』

 高城教官の制止の声と、空気が抜ける音と共にドアが開く音が同時に響き、更に複数の足音が聞こえて来た。

 いそいそとスパッツを履きながら到着を待つ。インナーウエアのTシャツに手を伸ばして掴んだ直後、足音が止まった。

 遂にやって来た。つい、ニヤリと笑ってしまう。都合の良い玩具(活きの良い獲物)がやって来たぜ。

『うわっ!?』

 驚愕に満ちた男の声を聴いてから首を傾げて、シャツを抱くように持ってから、ゆっくりと顔を音源の左横に向ける。横を見てもタオルで視界の殆どが遮られている。タオルを少し持ち上げるように動かして、床からゆっくりと視線を上に移動させる。

 最初に見えたのは、ブーツを履いた複数の足。

 次に、先頭の人物のだらしなく着崩した日本支部のものでは無い軍服。その軍服の左胸にイタリアの国旗と大尉の階級を表す階級章が着いていた。

 最後に顔を見ようかと思ったが、もっさりとした不衛生そうな無精髭が見えたので見る気が失せた。後ろの男二人も制服をだらしなく着ている。

 イタリア支部の規律とかどうなってんのかしら。記憶違いでなければ、憲兵司令部の長官はイタリア人だった筈。

 たっぷりと三十秒数え、我に返ったように肩を大げさに跳ねさせてから更衣室内を走って移動し、緊急放送ボタンを押す。息を目一杯吸い、一拍、間を開ける。


『痴漢! 痴漢が出た! 日本支部女子更衣室にイタリア男が突撃して来たーっ!!』


 力一杯に、英語で叫んだ。

 この放送ボタンは基地内全域に流れる。司令室から各支部長の執務室に、兵舎や格納庫、休憩室や食堂、そして、離着陸場に至る隅々まで聞き逃すものがいないように流れる。ついでにマイクの横に設置されているカメラも起動させて、背後にいる面々の映像を流す。自分が写らないように気を遣う事も忘れない。

 これで基地内各所が騒めき始める事間違い無し。

『待て! 誤解だ!』

『そうだとも! 俺達は断じて、痴漢ではない!』

『冤罪! 冤罪を訴える!』

 誤解も何もねぇよ。

 英語以外で弁明する声が聞こえて来るが、その声もマイクが拾っている。ついでにカメラも回っている。確りと放送で基地内に流れた。

 更衣室内のマイクが音声を拾っているので、これで『女子更衣室に侵入した』と言う事実は消えない。よって冤罪は不可避だろう。文句は自分ではなく、高性能なマイクに言っておくれ。

『憲兵は直ちに日本支部女子更衣室に向かえ。痴漢を拘束しろ。繰り返す――』

 憲兵司令部の迅速な対応が何よりです。叫んでから一分と経過しない内にそんな放送が流れた。痴漢扱い確定か。

 我に返ったイタリア兵達が慌てて更衣室内から出て行く。

『痴漢を、拘束しろっ!!』

『待て! 誤解だ!』

 更衣室の外で待ち構えていた佐々木中佐達が、取り押さえに掛かった。そのやり取りも、確りと放送で流す。

 愉快犯と言う事なかれ。立派な自衛です。女子更衣室に侵入した男が悪い。その点、侵入を許したとは言え、足を踏み入れなかった中佐達三名に拍手を送る。

 更衣室内に自分以外の人間がいなくなった事を確認してから放送をオフにして、再び服を着込み始める。

「はぁ。……全く、何だったのよ」

 廊下で行われていた直前の言い合いと言い、何が起きているのやら。悪戯を仕掛けた自分が言う台詞ではないが。

 改めて服を着込み終えてから廊下に出ると、仁王立ちした高城教官だけがいた。わざとやったのでちょっと気まずい。そして怒っているのが目に判る。目を逸らして教官に訊ねれば、努めて事務的な口調で答えが返って来た。

「えーと、教官。痴漢の方々はどうなりましたか?」

「やって来た憲兵が連行して行った。佐々木中佐と井上中佐は目撃者として同行した」

 痴漢の誹りは不味かったか?

 いやでも、女子更衣室に侵入した時点でアウトだよな。

「支部長が、何が遭ったのか説明に来いと、仰せだ。荷物はロッカーに戻せ」

 そう言うと、教官はにっこりと青筋付きの笑顔を浮かべた。

 これ、わざとやった事がバレているな。

「分かりました」

 背筋に冷や汗が流れるのを感じながら、荷物を戻してから教官と合流。先に歩き始めた教官のあとを追う。

 始末書か説教だけで済めばいいな。


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