その頃、大人達は~佐藤・和田・佐久間視点~
佐藤はカタパルトへ運ばれて行くガーベラを見送らずに、艦内の通信室へ走った。
何故走ったか? 答えは簡単だ。
佐藤は通信室に飛び込み、ブリッジと通信を繋ぐ。
「艦長!」
『おう、やっと連絡が来たか。苦情は全部そっちに回すんで、対処を頼みます』
「げ」
気だるげな艦長の声がスピーカーから響いたかと思ったら、次の瞬間、モニターに戦場に出ていた日本支部幹部の面々の顔が映し出された。佐藤は操作していないが、映像通信機能がブリッジ経由で起動したらしい。そして、艦長の言葉通りに苦情の嵐が佐藤に襲い掛かった。
佐藤は全員にガーベラを出撃させたまでの経緯を説明して苦情に対応した。
「――と言う訳で、ガーベラは出撃した」
佐藤からの説明を聞いた面々は、眉間を揉むか、ため息を吐くの、どちらかの反応を見せた。代表して男性将官の一人が口を開いた。
『状況は解った。現場判断の範囲内だが、支部長と松永にしつこく言われるぞ』
「始末書と反省文の提出でどうにかならんか?」
『なる訳無いだろ!? こんな時に子供じみた事を言い出すなよ!?』
「星崎にそう聞かれたんだが?」
佐藤は真顔で、星崎の言葉をそのまま使って返した。返された男性将官は、再び深くため息を吐いた。
『いいか、佐藤。お前は一回自分の歳を考えろ。まだ十五のガキの星崎だから許されるが、五十のお前じゃ許されん。絶対、松永がキレる。月面基地に乗り込んで来たらどうするんだよ? 俺は助けないぞ』
「何故だ……」
佐藤は絶望から、通信機の操作台に手を付いて嘆いた。佐藤の言動に対して呆れた面々は軽く息を吐いた。
『そんな事よりも、支部長に連絡はしたの?』
「まだやっとらんし、そんな事扱いするな」
今まで黙っていた別の女性将官が佐藤大佐に質問する。佐藤は抗議ついでに回答したが、抗議の部分は綺麗に無視された。
『では、報告書は佐藤大佐に一任しましょう。支部長には私が連絡を入れるわ』
『そうするか。佐藤は再出撃時間になるまで報告書を書いていろよ』
「待て! 俺に押し付けるな!」
役割分担があっさりと決まるなり、無情にも通信は一斉に切れた。やりたくない仕事を押し付けられた佐藤は、肩を落として項垂れた。
※※※※※※
「さて、支部長に連絡を入れますか」
ブリッジにほど近い通信室で、日本支部女将官にて、幹部の一人を務める和田那津は、支部長へ連絡を入れた。映像通信での通信申し入れたが、和田が思っていた以上に素早く支部長の許へ繋がった。既に支部長の許にまで、月面基地の危機が伝わっているのかもしれない。
『和田中将。月面基地の事か?』
「はい。佐藤大佐より詳細を聞きましたので報告します」
和田は佐藤大佐から得た情報を支部長に報告して行く。佐藤大佐が報告書を提出する担当になった事も併せて報告した。
『そうか。現場判断の範囲内だから、それは良いだろう。報告は佐藤大佐だけでは心配だから星崎本人にも口頭でさせて、いや、その前に月面基地に精密検査の準備もせねばならないか』
「精密検査? 幾ら何でも、気が早過ぎます」
支部長が急に戦後処理について意識を向け、和田は理解出来ずに眉根を寄せた。
『和田中将。気は早くないぞ。星崎はやると言ったら、ありとあらゆる手段を使ってやり遂げる。八月の定例会議の時のようにな』
「あの時ですか?」
八月の定例会議と聞いて、和田は渋い顔を作った。書類仕事で忙殺された嫌な思い出が存在し、何より元幹部の一人が自業自得とは言え戦死している。
『ああ。片足が欠損した機体で、星崎は敵機を停止にまで追い込んだ。その時に、やる事を言ってからやったんだ』
続いた支部長の言葉には確信が満ちていた。
『やると言ったらやり遂げるのが星崎だ。なら、面倒な後始末ぐらいはやってやらんと駄目だろう? 常識と良識を持つ大人としてな』
どんな結末になろうとも、書類仕事に忙殺される未来が待っている事に気づいて、和田は支部長と通信している事を忘れて深くため息を吐いた。同時に和田は、常識と良識について支部長に言われたくない、と心の中で突っ込みを入れた。
※※※※※※
和田中将と通信を切った佐久間は、室内にいる日本支部幹部の面々を――特に、とびっきりいい笑顔を浮かべている松永大佐を見た。松永大佐の本性を知らない女性が見たら喜ぶ笑顔だ。その背後で噴火している火山の幻が見えなければ、女性ならば見惚れると言える笑顔だった。室内にいる佐久間以外の面々は、立腹している松永大佐から目を逸らしている。
ちなみに先程の、和田中将との通信はここにいる全員も聞いている。それは『その場に居合わせたから説明を省くついでに聞かせた』とも言う。
「さて。高速船を使っても送り込める人員と機体は限られている。アゲラタムを出す訳には行かないから、改修したナスタチウムになるが、今から向かっても間に合わない。向こうの面々に頑張って貰うしかない」
「長ったらしい前口上を述べておきながら、我々を呼び出した意味が無いと仰るのですか?」
「そんな事は無いヨ。今からネ、高速船で月面基地に派遣するメンバーを決めるンダヨ。だから、呼び出したんだ、ヨ?」
松永大佐より笑顔の威圧を受けて、佐久間は背中に冷や汗を掻く。少々言葉が震えたが呼び出した用件は言い切った。
だが、佐久間の言葉を受けて呼び出された面々は、揃って形容しがたい微妙な表情を浮かべた。
「支部長は、星崎がどうにかすると思っているのですか?」
「どうにかする気でいるから、星崎は名乗り出たんだろう? なら、我々は結果を待つべきだ」
「確かに星崎は、無茶をする代わりにやってのけそうですね」
「だろう?」
佐久間が意見を述べれば、星崎と最も接触時間が長い松永大佐も肯定した。残りの面々も『確かにやりそうだ』と納得する。
「終わってから誰が事後処理の手伝いで行くかで揉めない為にも、そして事後処理を可能な限り早急に終わらせる為にも、今から準備をして出発するのが良い」
「それが本音ですか」
「だってその通りでしょ?」
「否定はしません。事後処理の手伝いに行きたい人間が、ここにはいませんので」
やや棘の在る物言いで松永大佐が肯定し、他の面々も同意する。
だが、派遣する人数を決めるところから話し合おうとしたところで、意外な事に飯島大佐が待ったを掛けて佐久間に質問をする。
「支部長。ガーベラが月面基地に到着するまでの、残り時間は何分ですか?」
「残り二十分強だ。飯島大佐、残り時間を聞いてどうする気だ?」
他の面々も『どうした?』と言わんばかりの顔をして飯島大佐を見る。
「いや、ガーベラと通信出来ないかと思っただけです。敵機に関する情報をどこまで知っているのか。確認だけはした方が良いでしょう?」
「言い分は解るが、ガーベラは現在、飛翔ブースターを付けて移動中だ。執務室から通信出来る訳ないだろう?」
高速移動中のガーベラのコックピットで、普段以上の荷重に耐えている星崎に通信に出る余裕が有るとは思えない。
飛翔ブースター無しでも、パイロット殺しの異名を持つガーベラの移動速度は常軌を逸している。十年の時を越えて色々と発覚し、搭載機器(特に重力制御機)を新式にしたからと言って、通信に出る程の余裕が生まれるとは思えなかった。
佐久間は己の考えの答えを求めて、星崎の上官松永大佐に視線を移した。松永大佐も同じ事を考えていたのか、視線が合った。松永大佐は考えながら己の意見を口にする。
「飛翔ブースターを装備する事で発生する加重を考えると、幾ら星崎でも流石に通信は……試してみないと解りませんね」
「そこは無理って言うところじゃないの?」
佐久間の言葉を、松永大佐を除く、室内にいた全員が『流石に無理でしょ? 違うの?』と言わんばかりの顔をした。
「星崎でも無理だと思ったのですが、何故か何時も通りに通信に対応する姿がイメージ出来ました。それに、ここからガーベラに直接通信する事は出来なくても、個人所有の通信機ならギリギリ可能では?」
松永大佐の意見を聞き、『そっち!?』と佐久間は内心で突っ込みを入れた。
機体に搭載されている通信機を使用しての状況を想定していただけに、松永大佐の思い浮かべたイメージ図は斜め上だった。
「そっちの方が、通信に出る難易度が高いんじゃないか?」
今月に入り、佐藤大佐と入れ替わりでツクヨミに戻って来た高橋大佐の言葉は佐久間も思った事だった。それに、個人使用の通信機の通話可能圏内を考えると、ギリギリ電波が届くか否かの微妙に遠い距離だ。仮に星崎が通信に出られたとしても、通信機が無事か怪しい。
「う~ん。距離的にちょっと微妙だな。試す価値は有るけど」
「では、試してみましょう」
試す価値有りと佐久間が言えば、松永大佐はすぐに行動に移した。松永大佐は制服のポケットから通信機を取り出し、操作を行う。
「五コール掛けても出ないようなら切るんだぞ」
「解っています」
松永大佐は佐久間を見ずに通信機のスピーカーに耳を近づけた。室内に沈黙が下りる。……そして、何故か四コール目で通信が繋がった。松永大佐はスピーカーから耳を離して、通信機をスピーカーモードにして音量を最大にした。
『はい。星崎です』
「「「「「ナンデツナガルノ!?」」」」」
スピーカーから響いた、普段と変わらない星崎の声に、佐久間を含む数名が突っ込みの声を上げた。松永大佐以外で声を上げなかった面々は唖然としている。
「星崎、佐久間支部長経由でそちらの現状は知っている。敵機に関する情報は得ているか?」
佐久間にとって予想外の混乱が降って湧いた最中でも、松永大佐は冷静に何時も通りに対応していた。こちらから電話を掛けたも同然なので、松永大佐が混乱せずに何時も通りの対応をしてくれたのはありがたかった。
『オレンジ色の機体としか聞いていません。他に特徴があるのでしょうか?』
星崎は敵機の色だけしか知らなかったらしい。それでどうやって敵機を見つけるつもりだったのか、佐久間は気になったけど空気を読んで口にしなかった。
「ツクヨミに届いた映像を見た限りでは、全身がオレンジゴールド、赤みの強いゴールドカラーに近い色の機体だ。それ以外の事になると、機体の全長がナスタチウム並で、背中に大型のライフルを背負っている」
『えっ? オレンジゴールド!? しかも、ナスタチウム並に大きくて、大型ライフルを背負った……。まさか、ターゲス?』
松永大佐から齎された情報を聞き、スピーカーから星崎が珍しく驚いた声が漏れた。もしやと思い、佐久間は松永大佐を見た。松永大佐は佐久間と視線が再び合うと、大きく頷きを返した。佐久間の言いたい事を察してくれたらしい。
「星崎。知っている機体か?」
『はい。該当する機体を存じています。ですがあの機体は、開発段階で死亡事故が多発し、人道と倫理的な問題が有る事から、生産禁止になった機体です』
星崎は松永大佐の問いに答えたが、佐久間の想像を超えるヤバい単語が飛び出した。
「生産禁止になる程の人道と倫理的な問題?」
更なる混乱を齎す単語に、佐久間は無意識に口を挟んだ。松永大佐から冷えた視線を頂戴し、そこで初めて佐久間は口を挟んだ事に気づいた。
『この機体は、八月中旬に破壊した敵機マルス――あぁと、黄緑色の敵機と近い仕様となっています』
誰もが、佐久間の疑問は届かないと思った。しかし、星崎の耳はその疑問を拾い、短い説明が入った。
「黄緑色の敵機は人間をエネルギー源として取り込む機体だったな? 何がそれに近いんだ?」
星崎に届いているのならばもういいか、と開き直った佐久間は星崎に質問を重ねた。
『元々この機体は、機体と合一化、ええと、簡単に言うと搭乗する機体と一体化する事で、操縦の難易度を下げ、四肢が欠損した熟練のパイロットでも操縦可能とする新型機として、とある国で政府主導の元に開発された機体なんです。ただ、機体との一体化の解除技術だけが再現出来ず、開発途中で死者が十数人出ました。そこで中止になれば良かったのですが、一体化する箇所を限定した事により、重大な問題を抱えたまま開発目的に近い機体が出来上がりました』
佐久間に解るように単語を選びながら、星崎は回答した。
しかし、星崎の驚きようから『違法技術が使用されている』ものだと、佐久間は考えていた。だが『政府主導』で開発された新型機と知って、何より『開発目的に近い仕上がり』だと聞いて、他の面々は警戒心を少し緩めた。
けれども佐久間は、星崎の口調から死者が出た以外の問題が有るように思えて問いを重ねた。
「仮に問題を抱えていても、目的に近い機体が出来上がったのならば、それは成功と言うのではないのか?」
『いいえ、失敗作です。ターゲスは健常者の四肢の一部、手足の肘と膝から先を切り落として、先に機体に取り込ませる方法に切り替えた事で完成した機体なんです。これにより、当初の目的である四肢欠損者でも操縦可能な機体とは違うコンセプトになった事で、失敗作と判断されました』
警戒心を緩めた直後に、絶句するような内容を聞かされて、室内にいた全員の顔色が悪くなる。
「それは失敗作だな。逆のコンセプトの機体を成功と言う訳にはいかん。まして、政府主導の元で人道倫理に抵触するものを開発したと公表する訳にもいかない」
悍ましい、と佐久間は内心で呟いた。向こうの宇宙の倫理はどうなっているのか、知りたくなった。
『四肢を完全に再生する技術が確立されているからこそ出来る方法です。切り落としても再生させれば問題無いと、変な方向に割り切った判断で行われました』
開発に至った経緯を聞いて、『進んだ技術は時に人道倫理を容易く変えてしまうのか』と、佐久間は恐怖を感じた。聞いていた井上中佐の顔色が青くなる。
「向こうの宇宙はサイコパス多くない!? 何で、国家主導の開発でそんな事が起きるの!?」
『愉快犯気味のマッドサイエンティストは確かに多いですが、法律を守る奴も多いので、法律を無視してぶっ飛んだ事をするのは本当に一握りの連中ですね』
法律を守るマッドサイエンティストがいると聞いても、言葉を聞いた面々は疑心を抱いた。法律を守るのなら『マッド』サイエンティストと呼ぶのは違うのでは?
佐久間は向こうと接触する前に、一度、星崎と語り合おうと決心する。
「星崎。ツクヨミに戻ったら、向こうの倫理について話し合おうか。割と真面目に、真剣に語り合うぞ」
『セタリアに連絡を入れ終わってからで良ければ、私は良いですよ。まぁ、向こうは『国益を損ねない、民間人に被害を出さない』の、この二点を死守すれば超法的に処理する許可が割と簡単に降りるので、日本の感覚に合わせると物凄くガバガバですよ』
「魔窟過ぎて、接触が少し怖くなるんだけど」
佐久間は星崎の回答を聞いて、別の意味で感じた恐怖から体を震わせた。松永大佐も顔が引き攣り気味だ。
星崎の言葉は、国益と民間人に被害が出なければ『手段を問わなくても良い』と、極端な事を言っているようにも取れたからだ。
『それに非常に言い難いのですが、この機体の開発経緯を考えると、人道倫理は軽視されそうな状況だったんです。財政破綻を引き起こして、空中分解しかけた国が一発逆転を賭けて開発に臨んだ機体でした。生産禁止勧告を受けるまでに、生産された六機は封印対象となりました。生産禁止勧告は国際社会からの解体命令も同然なので、解体された筈なんですけど』
「一発逆転の方向性が思いっ切り間違ってない!? と言うか、財政破綻している中でどうやって作ったの!?」
星崎が語る裏事情に、佐久間は我慢出来ずに突っ込みの声を上げた。
『アゲラタムを変な方向に魔改造して作られた機体です。装甲に軽くて硬く耐久性に優れた、国家の特産品のレアメタルを使用している為、重量はアゲラタムの三分の二を誇ります』
「こんなところにも、アゲラタムが使用されているのか」
今まで沈黙していた松永大佐が感心の声を上げる。佐久間も同感だったので頷いた。
八月に星崎から『アゲラタムは数多の機体の雛型に使用される機体』だと聞かされたが、こんなところにも利用されていた。
『ただ、合一化技術を使用している為、無人機運用は出来ず、簡易修復機能も失われています。加えて、パイロットの感覚に合わせて、最大速度を落とすなどのデチューンが施された、本末転倒な事をしている機体です』
「待て。無人機運用が出来ないって事は」
無人機運用が出来ない。それを聞いて、佐久間は想像しうる最悪の未来に気づいて腰を浮かせた。
『はい。あの機体は有人機運用しか出来ない為、生きた誰か――人型種族の誰かが搭乗しています』
星崎の言葉を聞き、室内にいた全員が動揺する。
生きた誰かが乗っていると言う事は、それを『撃破したら』どうなる?
「星崎。予定変更だ。敵機を――」
松永大佐が声を上げるも、遮るようにスピーカーからアラーム音が響いた。
『敵影捕捉しました。シェフレラ石特有の特徴的なオレンジ、アレはターゲスで間違いありません』
無情な報告だった。佐久間は焦燥から星崎を呼んだ。
「星崎」
『誰ががやらなくてはならない状況で、言い出したのは私です。ハズレを引いたと思ってやります。そろそろ接敵しますので、失礼します』
最後にそう言い残し、星崎は通信を切った。
室内に重い沈黙が下りた。
「支部長。どうするんですか?」
飯島大佐に問われて、浮かせた腰を下ろした佐久間は天井を見上げてため息を吐き、頭を掻いてから顔を正面に向ける。
「うん。色々と、沢山言いたい事しかないけど、先ずは月面基地に派遣するメンバーを決めよう。それが終わったら、月面基地の日本支部司令室にいる工藤中将と佐藤大佐に連絡を入れようか」
「派遣するメンバーを決めるのは連絡を入れてからでも良いでしょう。先に決める理由は何ですか?」
「先に決めないと揉めに揉めて、時間が掛かるだろう? 可能な限り、出発時刻を延ばさない為にも、先に決めるべきだ」
松永大佐からの疑問に答えた佐久間は、己以外を送り出す為に、話し合いを早急に終らせるぞと気合を入れた。
「制限時間を設定して、その時間内で決めるつもりですか」
「それなら、支部長が行けば良いと思いますがね?」
「え゛」
飯島大佐から思いもよらない提案を受けて、考えを読まれたと悟った佐久間は動きを止めた。
「確かにそれならば、議論は不要ですね。大林少佐。佐久間支部長のスケジュールの確認と変更、それから高速船の手配をしてくれ」
「月面基地に到着してから十二時間以内にツクヨミへ出発するのであれば、スケジュールを調整する必要はありません。高速船は、連絡を入れれば一時間で動かせるチャーター機があります」
「連絡を入れてくれ」
「分かりました」
「では、佐久間支部長。一時間後に出発します」
「え? いや、私、仕事、あるんだけど」
「それを言うのなら、ここにいる全員が仕事を請け負っていますが? 仕事は移動時間中でも出来ます」
「ソウダッタネ」
「それに、議論の時間を短くするのであれば、支部長が出向けば良いだけです。仮に他支部から問い合わせを受けても、支部長が対応すれば早々に終わるでしょう」
ニッコリといい笑顔を浮かべて、松永大佐はそう言い切った。大林少佐は手持ちの通信機を操作して高速船の手配を始めている。佐久間が少し呆けた間に、今後の予定を決められてしまった。
……確かにその通りだし、ガーベラが出撃した以上、再び他支部から問い合わせを受ける可能性は非常に高い。それに仕事はインターネット回線を経由すれば、出来るものが意外と多く、移動時間を使って処理する事も出来る。
つらつらと、そこまで思考を回した佐久間は悄然と肩を落として項垂れた。
このあと。月面基地にいる工藤中将に今後の予定を、佐藤大佐には星崎から得た情報を伝え、彼女の精密検査の予約を入れた。
なお、最後の悪足掻きで、松永大佐を引っ張り出す事に成功した。松永大佐には書類仕事を大量に割り振っていた事も在り、十年近くも月面基地に出向いておらず、また戦艦にも乗っていない。これを機会にツクヨミから出る事を勧めたら、松永大佐は何故か乗り気で、逆に佐久間が冷や汗を掻いた。
時間は過ぎて一時間半後。
「身から出た錆。いや、因果応報ですかね」
「もうどっちでも良いよ……」
共に向かう事になった大林少佐からそんな事を言われて、佐久間は『味方がいない』と嘆いた。
それでも佐久間は、移動途中で作成したメールを日生経由で送る事だけは忘れなかった。
このメールが元でツクヨミで騒動が起きるのだが、この時の佐久間には想像も出来なかった。