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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
私はモブキャラその一の訓練生 西暦3147年6月下旬~7月中旬まで
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不思議な訓練生~佐々木視点~

 格納庫に向かい、先行して歩く佐々木勇介(ささきゆうすけ)は模擬戦でどのように対応するか考え始めた。

 その時、視界の端の、天井に設置された監視カメラのカバーに反射する、己の後ろに付いて来る星崎佳永依が見えた。ヘルメットを抱えてやや不安げに歩いている。未だに訓練生であるにもかかわらず、訓練学校に戻る事無く、ずっと待機命令が出たままの状態に不安か疑問を感じているのだろう。

 後ろを歩く彼女は年齢の割に冷静で大人びているが、不安げな様は年相応に見える。

『大人に対して不信感を抱いている』と報告を受けていたが、食事の時に観察した限りはその様子は見られなかった。

 ただ、妙に目聡いと言うか、気が回ると言うか、年不相応な対応を取る事が有る。その対応を取られて困る訳では無いが、少々年不相応過ぎて少し気になる。慇懃無礼では無いだけマシかも知れないが。己の直感が『何かを見落としている』と訴える。

 では、不信感を感じていると言う態度は一体どこに出ているのだろうか。

 教官の高城に聞けば『模擬戦をすれば解る』との回答を得た。何故模擬戦なのかと言う疑問は脇に置き、実際にやれば解るだろうとシンプルに考えた。

 佐久間支部長から模擬戦の許可――ガーベラの操縦データの収集もついでに行う事になった――を取り、今こうして格納庫へ向かっている。

 到着した格納庫では、何時でも模擬戦を始められるように準備が完了していた。ガーベラの方を見ると、流石に切れ味の良過ぎる剣(右肩の剣)は外されていた。代わりに訓練用の刃先を潰した剣が装備されている。それは、ナスタチウムも同じだ。

「佐々木」

「お、井上か」

 佐々木がヘルメットを被ろうとしたところで、横から声を掛けられた。声の方向を見れば、そこには同期で童顔、佐々木と同じ階級の男――井上中佐がいた。

 一足先にヘルメットを被った星崎佳永依は『先に行きます』と一言言ってガーベラのコックピットに向かった。

「聞いたぞ。お前ガーベラと模擬戦するんだって。もう一回反対する気か?」

 井上が言う通り、佐々木は星崎佳永依をガーベラののパイロットにする事に反対した一人だ。

「いや、反対はしない。別件の疑問解消だ」

「疑問?」

 首を捻って『別件とは何か』と考え込む井上に、佐々木は答えを教える。

「『星崎が抱える大人への不信感』。食事時に観察したがそのような態度が見られなかった。高城が言うには模擬戦をすれば解るそうだ」

「それで本当に判明するのか?」

「分からん。支部長に進言したら『星崎と模擬戦をするのならガーベラの稼働データ収集をついでに行え』と言う事になっただけだ」

「何故、そっちがおまけのような扱いなんだ……」

 知りたくなかったと、脱力する井上の肩を元気付けるように叩いた佐々木は、今度こそヘルメットを被った。

「では行って来る」

「俺が審判をやる。はしゃぎ過ぎるなよ」

 井上から注意の言葉を背に、佐々木はナスタチウムのコックピットへ向かった。



 格納庫の出入口より外へ出て、一足先に宇宙空間に出ていた、星崎佳永依が操縦するガーベラを探す。

「ほう……」

 ガーベラは一筋の赤い閃光のように飛んでいた。その動きは『出しても問題の無い最大速度』を探っているようにも見えた。初っ端から『ガーベラが出せる最大速度』で飛行しない辺り、慎重な動きにも見える。二回目と言う、操縦回数を思えば当然かもしれないが。

 十年前、己が操縦した時も『少しずつ速度を上げて行けば負傷しなかった』のではと、佐々木は今更ながらにそんな事を思った。

 戻らない過去については考えない主義の佐々木は思考を切り替えてガーベラと通信を繋いだ。

「星崎。これより模擬戦を始めるぞ」

『はい』

 滑らかな動きでガーベラが正面にやって来た。

「時間は三十分。遠距離武器の使用は禁止。格闘戦オンリーで行く」

『分かりました』

 互いに両手に剣を構える。

「では――行くぞ!」

 宣言通り、手加減はしない。星崎佳永依がどう言う人間であるかも理解する為に。

 ナスタチウムのバーニアを全開にして、佐々木は突撃した。



 実際に剣を交えて、佐々木は思った。

 操縦の技量は良い。見事と賞賛しても良い。チーム最年少にも関わらず、組まされていたチームのフォロー役をやっていただけの事はある。

 しかし、気になるのは『こちらよりもギリギリ下になる程度に手を抜いている』事か。

 相手の技量を完全に見切って、適度に手を抜いているのはいかがなものかと思う反面、手の抜き加減の絶妙な巧さに舌を巻く。数度鍔迫り合って初めて手を抜かれていると判る程だ。常人では判らないだろう。

 佐々木を始めとした日本支部の幹部達は皆、星崎佳永依の初実戦時の映像を見ている。月面基地にいなかったものには映像がメールで送られた。

 常に数手先を読み切っているかのような動きだった。そうでなければ、性能が著しく劣る機体ではまともに戦えないと言うのもあるだろう。使えるものを全て使っての戦闘だった筈。

 事実、彼女が乗っていた訓練機は見事なまでに『使い潰されて』いた。整備担当が『オーバーホールするしかない』と一目見て言い切る程に。

 大破と言うのも烏滸がましい程に、ガラクタと化した訓練機の検分に佐々木は参加していた。どのような操縦をすれば訓練機を使い潰せるのか興味が湧いたからだ。リミッターを解除しただけではあのようには成らない事を知っている。リミッター解除した状態のテスト操縦を請け負った経験の有る佐々木ならではの見解だ。

 星崎佳永依の普段の演習の映像も確認し、初実戦時の映像と見比べて、直接剣を交えて、佐々木は一つの答えを得た。

 恐らくと言う名の直感だが、星崎佳永依は普段から手を抜いている。

 何事も程々に、無難に、目立たぬように、使い潰されないように。

 何故そうしているのか分からないが、『パイロットとして死ぬ気が無い』から、かも知れない。

 実力を隠すこの立ち回りが『大人への不信感』なのだろう。能ある鷹は爪を隠すと言うよりも、『平凡に擬態し隠れる、やる気の無い鷹』と言うべきか。

 普段から手を抜いているのであれば、座学関係も手を抜いていそうだ。見事なまでに、器用としか言いようがない。

「となると」

 思考を纏めるように、無意識に佐々木の口から言葉が漏れた。

 星崎佳永依はあの初実戦で『初めて』必死になり、本気になり、全力を出した事になる。

 本気を出し、全力で向かって来る彼女と一戦交えて見たい気もする。だが、悲しいかな。彼女が全力を出すのは『命懸けの現場』のみ。実力を見切られている己では『本気を出す』事は無いだろう。

 訓練生相手に下に見られているとも取れるが、佐々木は不快に感じなかった。これ程の実力者が次代にいると言う『歓び』が勝つ。

 星崎佳永依程、『実戦に放り出すべき兵士』はいないと断言出来る。

 全力で当たるべきタイミングを、あの年で理解している。

「だとすれば、俺は一体何を見落としている?」

 そう。何かを、大切な何かを見落としている。

 何故手を抜くのか? 何故無難にやり過ごそうとする? 手を抜き無難にやり過ごす。その行動に何の意味が存在する? そもそも、この操縦技術は『一体どこで』獲得したのだろう? 連想の果てに出て来た疑問に引っ掛かりを覚える。

「どこで?」

 年齢に不釣り合いな操縦技術。訓練学校で教わっていない筈の、操縦の技。それをどうやって獲得したのかと思考を回した直後、アラーム音が鳴り響いた。鍔迫り合う直前だったが、ガーベラは生身の人間のような動きで剣を引いた。

『三十分経過した。模擬戦はここで終了とする』

 審判役の井上から通信が入り、もう終わりなのかと佐々木は落胆した。

 長距離走のゴール直前で、ゴールの位置を遠ざけられたような感覚だ。

『休憩とする。戻れ』

『了解』

 通信機越しに、星崎の平坦な声が響いた。ガーベラは滑るような動きで月面基地に向かう。

「こちらも戻る」

 一言と応答を返し、佐々木はナスタチウムを操作してガーベラのあとを追った。



「で、何か判ったか?」

「ああ。色々とな」

 佐々木が休憩室に入るなり、待ち構えていた井上に問われた。

 星崎は未だにガーベラのコックピット内にいる。余り熟読出来なかったマニュアルを今一度確認しているそうだ。そんな状態で良くあんな操縦が出来たなと、佐々木は思わず呆れてしまった。しかし、十分ちょっとで試作機のマニュアルを読破しろと言われたら、佐々木も飛ばし読みをせざるをえないと、同情はした。

 事前の連絡無く、難易度の高い『アレをやれコレをやれ』では反抗心の一つや二つを抱きそうなものだが、そんな様子は見られない。慌てて今後について考え直しているからこそ、反抗心を抱いている暇が無いのかもしれない。

 佐々木は設置されているベンチの一つに腰を下ろし、模擬戦を行って判明した事を少し考えて一つ選び、井上に教える。

「判った事……そうだな、星崎佳永依は普段から手を抜いている」

「手抜き? そんな事をして何の意味が有るんだ?」 

「それこそ分からん。だが、こちらよりもギリギリ下になる程度に手を抜かれた」

「ガーベラの操縦に慣れていないと言う可能性は?」

「それは無い」

 即答で佐々木が断言すれば、井上は困惑を深めた。

「我々への不信感が『パイロットとして使い潰される』と言う危惧に繋がり、それが『手抜き』と言う形になっているのかもしれん」

「それは……」

 戦況によってはそう言った命令を下さねばならない立場にいる側からすれば、その理由は知るべきだろう。言い淀む井上の肩を、何も言うなと言わんばかりに佐々木は叩いた。

「ま、色々と判っても最終的な判断を下すのは支部長だ。俺達に出来る事は、支部長が判断しやすいように、判断材料を増やす程度だな」

「脳筋は清々しいまでに悩まないんだな」

「はっはっはっ。結論を急いても意味は無いからな」

「それはそうかもな」

 井上は確かにと納得した。

「星崎が何をどう思っているかは知らんが、あいつ以外にガーベラの操縦は出来ん。これは変わらない事実だ。これからも専属のパイロットになるだろう」

「他に操縦出来る奴がいないって言うのが痛いな」

「今から出来そうな奴を探すのか? 俺の勘だが、見つからない気がするぞ」

「お前の勘は変なところで当たるから嫌なんだよな……はははっ」

 井上が渇いた笑いを上げた直後、休憩室のドアが開いた。佐々木がドアに視線を向けると、そこにはギョッとしている星崎がいた。星崎の視線の先にいるのは、疲れ切った顔をしている井上。

 審判役をしていた人物が何故か疲れ切っている。確かに驚くな。

「おう、星崎。マニュアルは読み飽きたのか?」

「いえ、喉が渇いたので何か飲み物を飲もうと思っていたのですが……井上中佐はどうされました?」

「気にするな。こいつは繊細なんでな。たまにこうなる」

「そうですか」

 納得していないのが丸判りな顔で、上官の言う事だからと、星崎は一応頷いた。



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