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三題噺もどき3

本を読む

作者: 狐彪

三題噺もどき―よんひゃくよん。

 


 暖かな日差しが、頬を刺している。

 窓際に置かれた低めの椅子の上に座り、今日も本をめくっている。

「……」

 年が明け、あっという間に2週間が過ぎ、1月も半ばに入ろうとしている。

 時の流れとは、こんなにも早いモノだっただろうかと思い、少し恐ろしくなる。

 今まではそんなもの気にしている暇もなかったこともあって、突如与えられたこの暇は実感するには十分だ。

「……」

 療養を命じられている身では、やる事など知れている。

 本を読むか、病院へ行くか、腹を満たすか、睡眠をとるか。

 スマートフォンはいじるなと言われ、パソコンからも離れろと言われ。

 運動がてらの買い物も、1人分だからたかが知れている。

「……」

 だからというか。

 今日も変わらず本を開いている。

 窓際に座り、膝の上に本を置いて。

 ぼうっとしながら文字を追いかけて。

 ときおり外を眺めてみたりして。

「……」

 しかし何だろう。

 今日は、今は。

 少し何かが違う気がしてならない。

 これ、という確信めいたものはないんだけれど、何かが違うと言う妙な違和感。

 何が違うのかと言われると分からないし、ホントに違うのかといわれるとそれも自信はない。

 分からない、ということしか分からない。

「……」

 もしそうだとしても、どうにかしようと思えないあたりが、更に違和感を生んでいる。

 いやまぁ、元より能動的な人間ではないので、それはそれで当たり前なんだけど。どこまでも受動的な人間だったせいで、現状を迎えてしまっているのだから。当然と言うか当然なんだけど。

「……」

 それでもなぜか、動かないといけないと言う思考が奥底に生まれるせいで、気味が悪い。

 動けと言う思考が表に浮上しようとすると、すぐに他の思考にとって代わる。どうでもいいようなことに。

「……」

 ふむ。

 しかしホントに、このままでは埒が明かない。

 どうに、どうにかしないといけないようだが、動けない以上は。

 ……本でも読んで、時間をつぶしてみるとしよう。そうしていれば。きっとここが何で、どうすればいいのかは時期に分かるかもしれない。

「……」

 そう決めて、視線を手元に落とす。

「……」

 見たこともない本がそこに置かれていた。

 真っ白な装丁、陽の下にさらされているせいで、少し眩しい。

 撫でてみると、革のような独特の感触が返ってくる。

「……」

 硬い表紙を右に開くと、扉絵―ではなく。

 両ページに広がって、白地図が広がっていた。

 真っ白な背景の上に、黒で縁どられた小さな世界。あまり、塵には詳しくないが、こちらが米国でこちら側が米国あたりだろうか。

「……」

 そしてこれが、私の住む国。

 小さな小さな島国というやつだ。

 こうしてみると。自分の住む国の狭さに驚いてしまう。なんというか、こんな狭い空間によくも人が集まったものだと思ってしまう。

「……」

 その国のある場所に、1つの小さな点が落ちていた。

 ジワリと広がるシミのようにも見えるが。

 なんとなく、この本の、舞台を示しているように思われた。

 言葉にするなら、小さな国の小さな村で起きた出来事の話、という感じだろうか。

「……」

 そうは解釈してみたが、正直よく分からない。

 ぼんやりとした思考が、ぼやけたような感覚になる。

 それを解消するためというわけでもないが、次のページへと手を進める。

「……」

 視界に入り込んできたのは、黒だった。

「……」

 いや、正確には、これは、森……だろうか。

 木々が立ちならんでいるような輪郭と、影の塊……なのだろう。

 よく見れば真っ黒ではなく濃淡があり、それで書き分けている。

 ―小さな国の小さな村のはずれにある森。

「……」

 更に思考がぼんやりとする。

 どうしてだろう……読み進めていくうちに内容はしっかりと確かなものになっているはずなのに。どうしても、膜がかかったような、何かに覆われたような、そんな感覚に襲われる。

「……」

 襲う不安に突き動かされ、更にめくる。

「……」

 次に会ったのは、楕円に塗りつぶされた黒い塊だった。

 ゴムボールをつぶしたような、丸に近い楕円。

「……」

 すぐに脳裏に浮かんだのは、水たまりという言葉。

 いやしかし、それにしてはえらく重い気がする。

 これは、水たまりというよりは、沼、湖……やはり沼だろう。

 足を踏み入れてしまっては抜け出すことの出来ない、底なしの沼。

「……」

 小さな国の小さな村のはずれにある森の奥にある沼。

 誰も近づかない、誰も知らない、忘れられたような水たまり。

「……」

 そこに1人の少女がやってきた。

 手足は細く、消して健康的とは言えないような。

 しかし、その表情には、どこか精悍なまなざしと、勇敢さをひそめたような。

「……」

 少女はどうやら、ここに咲く花を求めてきたようだ。

 病で床に臥す妹を助けようと、こんな場所までやってきたそうだ。

「……」

 この物語が、幸せを望むハッピーエンドになるならば。

 少女はきっと、花を手に取り、沼に落ちることもなく、妹の元へと帰り、幸せに日々を暮らしていくのだろう。

「……」

 しかしこれは。

 私が見ている物語だ。

 私が、ぼうっと眺めている物語だ。

 そこには、私の望む結末はなく。

 そこには、私の知る終わりしか訪れない。

「……」

 ページをめくると、少女は足を滑らせる。

 沼に落ちていく。

「……」

 そこに、花は咲いてすらおらず。

 そこにあるのは、うなだれた木と、じとりとした草だけだった。

「……」

 藻掻くことも許されず、沈んでいく少女。

 木々はそれを嗤い、鍬はそれを歓迎する。

 少女はそのまま、帰ることもできず、妹は病で苦しんで死にゆく。

「……っ」

 途端に息が苦しくなる。

 沼に呑まれた少女のように。

 呼吸を忘れ、息ができなくなる。

 口をふさがれ、鼻をふさがれ。

 沈みゆく恐怖に、妹をすくえぬ苦しみに。

「……」

 更にぼんやりとしだす意識は、少女の苦しみに変わる。

 息ができない。のどが絞まる。視界が暗い。怖い。

 苦しい。怖い。死にたくない。苦しい。くるしい。つらい。助けて。苦しい。しにたくない。どうして。苦しい。くるしい。くるしい。くるしいくるしい苦しい




「……」

 ゆっくりと視界が明るくなる。

 どうやら、本を読んだまま寝てしまっていたようだ。

 日差しが強いのか、ジワリと汗をかいている。

 息が少し苦しい。夢見でも悪かったのか、少し動悸がしている。

「……」

 水でも飲もう。

 今日はなんだか、酷く疲れた。






 お題:白地図・森・水たまり

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