一章④ レイズ
「クッ なんたる不覚!!」
我々は、ドーリーごと爆破された後……襲撃してきた棄民達から這々の体で逃れ、スモーキーヒルの周囲を覆う密林に逃げ込んでいた。
率いて来たパトローカーの部隊員全40名のうち……共に脱出出来たのは半分にも満たない数だ。残りはスーツのおかげで命は拾ったがとても立てる状態ではなかった為その場に置いて来るしか無かった。
更に最悪な事に……私は指揮を徹底する為にアイナ様の乗るドーリーを離れてしまっていた。そのため、波濤の如く押し寄せる暴徒達から逃げる事に精一杯で離れた位置に吹き飛ばされたもう一台のドーリーへ助けに行く事が出来なかった。
アイナ様の乗るドーリーからは、かろうじて数名のパトローカーが脱出し、我々と密林で合流したが……アイナ様は完全に意識を失った状態で連れて逃げる事も出来ず、数名の中級パトローカー達が守る形で投降したらしい。
「我々は副官であるオーガスティン・グレイヒル中尉に必ず状況を伝える様にと送り出され……くっ……」
悔しそうに歯を食いしばる若いパトローカーはそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。
「貴官の名と所属は?」
「はっ……星府治安維持局第一分隊所属、ライナー・ヘルツシュプルング下級警邏員であります!」
アイナ様のドーリーから脱出してきた三人のうち……恐らく一番年長であろう青年が、敬礼しながら答えた。
「分かった……ライナー警邏員。もう一度確認するが……アイナ様は間違いなく生きていたのだな?」
「私が脱出するまでは確実に──いえ! 班長達が守りに残ったのですから……絶対に生きておられる筈です!!」
アイナ様は生きている──ならば……私のするべき事は決まっている!
私は自分の視覚ウェアラブル端末で眼前の三人をマークしナノスーツの制御項目を立ち上げると……
[スーツの制限解除を許可 y/n]
視界に移る項目から即座に彼等のスーツの制限を解除した。エネルギーの消耗は激しくなるが……治安維持局までならなんとか保つだろう。
「お前達が脱出した事でアイナ様の生存が確認できた。大きな成果だ。スモーキーヒル周辺はアルキル鉛を含んだガスが無線通信を妨害するせいで碌な通信が出来ん。スーツのリミッターはカットした。お前達は今すぐ治安維持局に戻り状況を長官に知らせろ。復唱の必要は無い! 行け!!」
「はっ!!」
△△△△△△△△△△
伝令として三人のパトローカーを送り出した後……
残った私を始めとする14名のパトローカー部隊員は、休息と治療をしながら日が暮れるのを待ち……ナノスーツの光学迷彩機能を使って、再びスモーキーヒルへの侵入を敢行した。
皮肉な事に……そこかしこにうず高く積み上がった廃品とくず鉄の山に、名前の由来となっている有毒な煙……そして発生した濃霧が、ステルスモードを使っても隠しきれない光学迷彩の揺らぎや行動する際に発生する音を覆い隠してくれた。
目的は勿論アイナ様の奪還……もしくは、最低でも所在を確認し、この後にやって来る救援部隊と連携して救出する為だ。
『中尉、作戦中ですが……質問をお許し下さい』
廃品の山を縫う狭い通路を歩きながら……隣を行く警邏員部隊の小隊長ケイト・ガルバリウム中級警邏員が秘匿通信で質問してきた。
『何だ』
私の返答は素っ気なかった。
勿論彼女の事を嫌っている訳ではない……ただ、スモーキーヒルの中に侵入してから殆ど人の姿を見かけない事に違和感を感じていた為に返答が上の空になってしまった。
(スモーキーヒルには公的な電力は全く供給されていない為、日が落ちると極端に出歩く人間が少なくなる事は知っているが……?)
『はっ、スモーキーヒルの連中が何を考えてこの様な暴挙に出たかは分かり兼ねますが……現状ではモートランド管理官の所在すら分かっておりません。管理官のスーツは通常より遥かに高性能であるとも聞いておりますし……我々も応援を待ってから動くべきではないでしょうか?』
彼女の具申に悪気が無いことは分かっている。分かってはいるが……その認識の甘さに苛立ちは収まらない。
確かに……アイナ様の纒うスーツの防御力は、通常モードでも我々の物とは比べ物にならない。だが……
『確かに君の言う通りだが……忘れたのか? 我々がたった一人の犯罪者を捕縛する為に、これだけの人員を動かした訳を? 詳細は分からんが、敵は我々の戦闘用スーツすら無効にする武器を保持している可能性があるのだ。それに……』
今思えば……ゲートでの騒ぎにも違和感がある。彼等にしてみれば、我々が今日ここにやって来る事を知っているはずが無いのだ。にも関わらず偶発的に起こったパトローカーの捕縛出動に対しての爆破テロ……
『よくよく考えてみれば……我々はゲートでの騒動を利用して誘導された可能性がある。廃品の山を縫う狭い道は……爆発物を仕掛けるには最高の状況だからな』
『なっ……』
私の言葉に……小隊長は息を呑んだ。恐らくその様な事は想像すらしていなかったのだろう。
『それでは……奴ら衝動的に行動に及んだわけではなく、この日が来るのを待ち構えていたと?』
『状況から考えればその可能性は捨てきれん。とはいえ……奴らとてアイナ様が直接スモーキーヒルに足を運ぶ可能性を考慮していたとも思えん。という事は──設置されていた爆弾は何かを守る為の防衛手段と考えた方がしっくりくる。つまり今回の事は……恐らく奴らにとっても予想外の筈だ』
(しかし……まさかスモーキーヒルの奴らがこれほどの暴挙に出るとは? いったい奴ら何を隠しているというのだ?)
『中尉の考えならば……モートランド管理官の身の上は奴らにとっても扱い兼ねる鬼札なのでは無いでしょうか? それに……もし今回の黒幕がミゲル・ド・グリフォドール氏であれば、管理官を無碍に傷つける様な事はなさらないと愚考しますが?』
『貴官の意見は一考に値するが、……もし首謀者がミゲル殿では無かったらどうする? それに……予想外に大きな手札を配られた博徒は無謀に賭け金を積んでくるやも知れんぞ?』
『まさか……彼等とて彼我の戦力差を知らない筈がありません。もし、星府が決断すれば……スモーキーヒルは明朝には地図データから消滅してしまいますよ!?』
アイナ様が捕らえられている状況では流石に無差別爆撃まではしないだろうが……確かに数千人規模の棄民など、星府議会の連中にとっては虐殺の理由すら必要としないだろう。
『スモーキーヒルが明日の朝にどうなっていようと……我々の目的は変わらん。最優先はアイナ様の無事だ』
そうこうしている間に……目的地である難民キャンプ内に存在するというリサイクル工場が見えて来た。ここ迄の道のり、スモーキーヒルをよく知らない者ならば完全に迷っていただろうが……
我々は方角と衛星測位データ、そして視界を補助するウェアラブル端末のおかげもあり、恐らくはアイナ様が捕まっているであろう黒々とした建物を視界に捉える事に成功した。
『よし、総員……ここからは更なる隠密行動を旨とし勝手な行動は厳に慎め。アイナ様の所在を確認する事が最優先。確認出来次第私へ連絡せよ!! では散………』
私が部下達に対して命令を下そうとした……その時だった。誰かが……背後から私の肩に手を置いたのは。
「そう慌てるな御仁。派手にやらかす前に……少し話を聞いてもバチは当たらんのではないか?」
そこには……粗末な衣服に痩身を包んだ青年が立っていた?!?
(あり得ない?! いったい何処から現れた??? いや、それより……我々の姿は、赤外線、紫外線に至るまで全て光学迷彩で遮断されているのだぞ?! いったいどうやって認識しているというのだ!!!)