一章③ 破滅の始まる日
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帝歴 724年 10月 1日 東部惑星時間午後2:50
スモーキーヒルの名の由来となっている『無秩序に廃棄された有害物質が互いに反応し燻り続ける煙』に加え──寒暖差の激しい特有の気候が生み出す濃密な霧が立ち込めていたこの日……
この日こそが──後年、三つの星系に連なる七つの惑星、そして無数の衛星都市を支配する巨大な帝政国家“アインホルン帝国”の破滅が始まった日と言われるのだが……当然、そこにはそれなりの訳がある。
その日……惑星モートランドを治める男爵領星府の治安維持局は、前日に起こった『下級警邏員殺害事件』の犯人を取り押さえる為、第一分隊所属の職員40名による捕縛出動を行った。
犯罪者一名……それもまだ少年と呼んで差し支え無い年齢の容疑者に中級以下とはいえ40名もの警邏員を動員したのには理由があった。
まず第一に──被害者である下級警邏員の遺体の状況が不審であった事が挙げられる。
詳細な記述は後段に譲るが……当該被害者の死の状況は現在の帝国の科学力をもってしても類推する事が極めて困難だった。その為、不測の事態に備える意味で通常よりも多くの人員を導入する事が決定された。
そして第二の理由は……容疑者が社会最下層の住人であった事が挙げられる。
ご存知の通り……人類が開発途上の惑星で、生命活動を維持し社会形成に不可欠な情報の管理者足らしめていたのは、このナノマシンで構成された不可視のボディスーツのおかげだ。
これが市民階層に与えられた物であったなら、強制的にスーツの機能へ干渉し身柄を拘束する事すら可能であったのだが……スラム街の住人である犯人が着ていたのは市民階層のそれとは違い生命維持機能以外は“かろうじて識別信号を発信する程度の機能”しかない廉価版だった。
その為、上記の理由も相まって治安維持局は犯人を取り押さえるのに相応の人員を現地に投入せざるを得なかったのだ。
そして第三の理由に……事件の容疑者と目される人物『アレン・フィッシャー(17)』が、スモーキーヒルの住人達に絶大な信頼を寄せられている『ミゲル・ド・グリフォドール』へ庇護を求めた事だ。
ミゲル・ド・グリフォドールは公爵家の継承権こそ所持していなかったが、れっきとした“前公爵の遺児”であり……その対応は星府と言えど細心の注意を払わなければならない相手だった。
(ただし……この時点で彼が本当に容疑者を庇護していたかについては複数の異論がある。中には「グリフォドール殿も騙されていた」との証言も存在した)
その為……星府当局は制圧部隊の指揮を、この惑星の領主ゲイナバル・ド・モートランド男爵の娘──アイナクライ・ド・モートランド治安維持局管理官が執らざるを得なくなってしまったのだ。
そして最後にして最大の理由──それはモートランド男爵領の棄民達と星府の分断と対立が……想像以上に深刻だった事だ。
その関係性は、すでに取り返しがつかないほど悪化しており……
この日に加えられた“悪意の一滴”が……スモーキーヒルの住人達が静かに堪えていた“憎悪の堤防”を決壊させる最後の一雫となってしまった事は私──アイナクライ・ド・モートランドにとっても、ミゲル・ド・グリフォドールにとっても……
その苛烈な運命に翻弄され始めたばかりだったアレン・フィッシャーにとっても、最悪の偶然だった事をこに記録しておく。
〔アイナクライ・ド・モートランド著 『強大なるアインホルン帝国の滅亡は如何にして始まったのか……?』より抜粋〕
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(何だ?! いったい何が起こったというのだ??)
私は饐えた匂いの漂う薄暗いテントの中で必死に考えを巡らせていた。
ほんの数分前に取り戻した意識は、最初はモヤがかかったように混濁したものだったが……自らがイモムシの如く地面の敷布に転がされていると気付いた瞬間──私の意識は一気に覚醒した。
(確か──私たちはスラムに居るミゲル殿を訪ねる途中だったはず?? いや、落ち着け! まずは現状を把握せねば……)
周囲にはグレイヒルや他の部下達の姿は無く、両手は金属製の手錠で後ろ手に固定され、足首も縛られてしまっている。
しかも口にボロ布を押し込まれた上に粘着テープでグルグルに巻かれてしまい呻き声すら出せない。
(口元さえ解放されれば音声入力でスーツを緊急事態仕様に出来る。そうすればこんな拘束程度……)
「気がついたか? 星府のお偉いさんよ?」
「グゥッマモウオウウッ(!!?貴様、何者だ?)」
薄暗いテントの中で気付くのが遅れたが……私が横たわるラグの傍には、油に汚れた鉄缶に腰掛けた老人が私を見張っていた。
「残念だがあんたの連れてきたパトローカー共ならここには居ないぞ。なんせ……あんた達が乗ってたきたニ台の地域制圧用移動指揮車ごと吹っ飛ばしてやったからな」
(馬鹿な!? 何故スラム街の住人がそんな物を??)
私の思考の中にクエスチョンマークが量産されていく。私達はただ“犯罪者を一人捕縛する為”ミゲル殿に話を聞きに来ただけだぞ?
「とはいえ……流石に星府の戦闘員だ。俺達のとは比べものにならない高性能スーツのおかげで死人は出ちゃ居ない。だが、あんたらのスーツがいかに高性能でも……車両ごと吹っ飛んだ慣性質量までは殺しきれやしなかった様だぞ?」
薄暗いテントの中で淡々と話す白髪の老人の瞳は……その訥々とした話しぶりとは逆に凄まじい狂気を孕んでいた。その証拠に……彼の両手には赤黒い染みがベッタリと付着したスレッジハンマーが握られている?!
『なんて馬鹿な事を!!! それで……治安維持局の隊員達はどうしたんです??』
その時、テントから少し離れた所から覚えのある声が聞こえてきた事で……私は身体を捩り視線をテントの入り口へと向けた。
『はい……最初、検問に当たっていた担当者が星府の奴らに“ミゲル様は居ない”と嘘を言った事もあり、奴らは「ミゲル殿に会わせろ」と強引にゲートを突破しました。それからは……治安維持局の奴らと住人達との小競り合いへと発展するまであっという間で……私が駆けつけた時には既に治安維持局の奴らは住民に対して発砲命令を下す寸前だったと思われます。それで……』
そう……確かに外の声が説明する内容は間違いない。だが、本来ここは彼等の領地でもなんでもない。従って彼等にはその様な物を設置し、検問を実施する法的な根拠など存在しない。
故に私達が分乗した二台の車両は、スモーキーヒルの入り口で住民達が無許可で設置したゲートを半ば無理やり突破したのだが……
『それで……私が持ち込んだ発掘用の爆発物が使われたというのですか? 私はそんな事の為に君達に発掘作業の技術を教えたわけじゃない!』
ミゲル殿の憤慨した声が聞こえると同時に……私は少なからず安堵した。少なくとも彼は今回の事を主導したのではないらしい。
(なら……私の状況を確認すればすぐに拘束は解かれるはずだ!)
だが……
私が彼の声を聞いて表情を緩めた事に気付いたのだろう。狂気を孕んだ目を静かに見開いた老人は……私に見せつける様に巨大なスレッジハンマーを頭の上に振りかぶった?!
「どうやら時間切れらしい。残念だよ。儂の家族がお前達にどんな目に遭わされたのか──ゆっくり聞かせてやろうと思っていたのに……な」