一章② 帝血七貴族
“小説家になろう”の中で、かなりの底辺に属するであろう本作ですが(笑)……
なんと第12回ネット小説大賞(ネトコン12)の一次選考を突破しました!(驚)
二万作品を超える応募作のうち九割以上がこの一次選考で消える(通過率8.4%)そうで……
本当に選考自体はポイントとか関係ないんだな驚いています。
「痛〜〜〜!! 女の頭を本気でひっぱたくとは……貴様はそれでも男か?!」
「やかましい! ロクに話も聞かず喧しく喚き散らす輩に女も男も無いわ!! まったく嘆かわしい……それでも宇宙の真理を掬い取らんと欲する学者か?」
「ぐぅ……」
なんとも──見た目は少年のアンサラー殿に妙齢の博士がやり込められる絵面は奇異に感じられる。とはいえ、
「ヒューレット博士、君が取り乱すのも無理はない。だが……まずは落ち着いて話を聞いて欲しい」
そこで……私は博士に彼がここに現れた経緯を説明して聞かせた。
博士は私の説得でしぶしぶ説明を聞き始めたのだが……話の最中に何度も顔色を変え(その度にアンサラー殿がその特異な能力を眼前で実演して見せ)その説明が終わる頃には──なんとも言えない表情で現状を受け入れる事になった。
正直に言えば……彼女が取り乱すのは至極真っ当な反応だろう。
そもそも彼の『自分の記憶を遺伝子に記録した』という説明自体が……奇跡を通り越してファンタジーだ。
そして、もしその説明が100%真実だったとしても……私達が“実際に目の当たりにした能力”が既存の物理法則からすればあり得ないときている。
私だって事前に彼の能力を目にしていなければ……とても信じられなかっただろう。
そして……話を聞き終えた彼女は──彼がこの宇宙船を再起動した時から私自信も懸念していた事を口にした。
「話は分かった……だがちょっと待ってくれ。たとえこの宇宙船が本当に君のおかげで機能を取り戻せたのだとしても……君個人が宇宙に上がる為だけに、この船を使わせる訳にはいかない」
そう、当然だが……たとえ僅かだったとしても、この宇宙船が賄っていたエネルギーはスモーキーヒル周囲に生きる棄民達の生命線なのだ。
いくら彼が本来の機能を復活させたからと言っても……彼ら兄妹だけの為においそれと渡してしまう訳にはいかない。
それに……ここでそんな事をしてしまえば、私自身もグリフォドール家を棄ててまでやってきた事が、全て無駄になってしまう。
だが、私や彼女の顔色を見たアンサラー殿は……そんな事は分かりきっているとでも言いたげな顔で答えた。
「ミゲル殿達の心配は重々承知しておる。なにしろ……この船を動かしてしまえば、今迄賄っておった電力が使えなくなってしまうのは自明の事ゆえな。儂も〈スモーキーヒル〉の行く末を……ないがしろにしようなどとは思っておらぬよ」
△△△△△△△△△△
― コンコン ―
「入れ」
控えめなノックとは裏腹に……失礼にならないギリギリの強さでドアを開けて入ってきたのは副官のグレイヒル中尉だった。
「アイナ様、あと十分程で棄民のキャンプ地に到着致します」
鉄面皮と渾名される彼の表情が、心なしかいつもより険しいのは……この地域制圧用移動指揮車に私が乗り込んでいるからだろう。
「……そう渋い顔をするな。いくら廃嫡されたと言っても、ミゲル殿がグリフォドール公爵家の正嫡である事に変わりはない。本来は考古学の調査を表明した彼が……彼の地を調査するうちに、勝手に現地民を保護する活動を始めてしまったとしても──発掘・保護の許可を与えてしまった手前モートランド男爵家の人間が筋を通さぬわけにはいかぬのだ」
私の言い訳じみた説明を聞いて……グレイヒル中尉はその表情を更に険しくした。
「だとしても……です。たかだか犯罪者の一人を捕縛する作戦をアイナ様が直接指揮される必要など……個人間秘匿通信でミゲル殿にアレン・フィッシャーが罪もない下級警邏員を殺害した事を告げ、引き渡しを要求すれば良い事ではないですか?」
星督府を出る前からの主張をもう一度繰り返す彼の性格は……星府職員の中でも謹厳実直・質実剛健な為人として知れ渡っている。
「だとしても……だ。もし、ミゲル殿がアレン・フィッシャーの引き渡しを拒絶したらどうする? かの少年とて下級警邏員の行動に言いたい事もあろうよ?」
ちなみに……殺害された隊員の犯罪者制圧用特殊警棒は本来必須のはずの逮捕時行動記録モードのうち映像記録のみがOffにされていた。
しかも……逃げ帰って来た相棒の隊員は……彼が小さな袋からとても収まる筈のないサイズの刀剣を引き抜いて振り回したと証言する始末だ。
こんな調子では現場の状況を正確に把握する事など出来よう筈がない。
「ぬぅ……」
「しかもだ。アレン・フィッシャーなる少年が振り回したとされる凶器だが……鑑識官の話では我々にとっても未知のテクノロジーである可能性が高いらしい。そんな代物が存在するとしたら……遺失技術物品としか考えられん。もし、アレン・フィッシャーが偶然にもそんな遺物を隠し持っていて……その遺物と引き換えにして、ミゲル殿に保護を願い出ていたりしてみろ? 下手をすればグリフォドール公爵家が首を突っ込んでくる可能性すらあるのだぞ?」
表向き、帝血七貴族の家格は『陛下のもと忠節を誓う血族は全て対等である』という建前だが……そんな建前は現実の力関係の前には何の役にも立たない。
「………」
グレイヒル中尉が私の言葉に無言で応える。彼とて私の言った程度の事は分かっているのだ……とは言え、感情と理屈は別である。さらに……今の帝国はただでさえ帝家の後継者問題で微妙な時期なのだ。
もし、まかり間違ってモートランド男爵家がグリフォドール公爵家と争う事になろうものなら……同じ星系に属するカプリコルナス辺境伯家をも巻き込む事になるだろう。
そして──それは他の帝血七貴族達の介入の口実を与える事になるやも知れない。そうなれば……
― ゾクッ ―
最悪の未来を想像して……思わず背中に怖気が走る。
今の帝国は、宇宙を支配するほど巨大な国であるにも関わらず……密閉された火薬庫の様なものだ。
たとえほんの小さな惑星の揉め事だとしても……今の帝国に“僅かな火花”すら飛ばすわけにはいかない──
「心配するな。確かにミゲル殿は懐に飛び込んで来た窮鳥を見捨てる様な方ではないが……道理を無視して無用の争いを興す事を良しとする様な方でもない」
中尉にそう告げた私の目に……うず高く積もった廃品の山が迫っていた。