一章① 宙船
「ふむ……なんの事もない。単に燃料が足りんだけか」
『簡単に仰っしゃいますが……私を稼働するために必要な虚粒子は虚数力場を発生させなければ収集できません。今はこの船が撃墜された時に残った僅かな虚粒子を使って船体を維持しておりますが……残存備蓄量では虚数力場の形成など夢のまた夢です』
儂は……この宙船が再び舞い上がる為に必要な物の正体を知った。この船の中枢を担っておる人造精霊 からの情報じゃからな……よもや間違いはなかろう。後はその虚粒子とやらの存在を読み解いて“錬成”してやれば良い。
「例え僅かばかりでも……現物が在るのならば心配無用よ。それよりも……儂にとっては貴様の様な人間臭い人造精霊が生まれておることの方が驚きじゃわい」
実を言えば……この儂もホムンクルスの創造に入れ込んでいた時期がある。その道程にも紆余曲折があり、最終的には目的の性能を達成する事は出来たのだが……結局、コストと使い勝手の兼ね合いで死蔵するしかなかった技術じゃ。
『私は恒星間航行船制御AI─モデル“ヒュペリオン”です。その様な空想上の存在と同じにされては困ります』
「大仰な口を叩きよる。儂がホムンクルスを作る時と変わらん手順で出来ておるくせに」
「ちょっと待って下さい!」
儂とヒュペリオンを名乗るホムンクルスが、ゴミ山に埋もれた船の制御室で平然と話し始めたのを見て──ここまで案内してくれたミゲル殿が……何やら呆然としておる??
「アンサラー殿……いったいどうやってこの船の制御AIを再起動したのです?? 我々がどれほどアプローチしても何の反応も無かったというのに??」
「知らんよ。勝手に起きてきおった」
「そんな馬鹿な……」
そんな事を儂に言われてものう?
儂はこの“制御室”で、宙船の核と思しき鉱石を残留思念解析で調べただけなんじゃが……
まあ、此奴の残留思念を読み取れたおかげで、儂が死んでから起こった技術の進歩やら新しい概念などは概ね収集出来たし……“宇宙”や“惑星”に至る為に必要な技術と知識が、儂の本分にも大いに関係があると知れたのは大きな収穫じゃった。
(とはいえ──墜落してからの記録はほとんど無い……か。アレンの走馬灯には無かった事を幾らか補填できたのは助かったが……いや、ここでそれを嘆いても始まらぬ。どのみち儂の身体を取り戻し、妹御を息災に暮らせる様にするにはこの船の力が必要じゃからな)
「ミゲル殿。とりあえず……この船を動かす方法は解った」
「……………なんですって?!」
色々と考えねばならぬ事は多いが……儂はとりあえずミゲル殿が今一番知りたいであろう事伝えた。
……と、ミゲル殿よ? 驚いたのは分かるが……男同士で顔を寄せ合うのは如何なもんかのう?
「う……うむ、元々この船に備わる“虚粒子原動機”とかいう代物は、儂らの錬金術で言う“哲学の燭炉”に近いもんじゃ。一度その炉に燭が灯れば、後はその燭の力が炉を維持しながら“原初の力”を無限に汲み出し続けてくれる。つまり……この虚粒子原動機とやらも、もう一度“燭を灯すところ”まで持っていければ……後はお前さんに任せていいんじゃろ?」
『ええ、私の船体は“虚粒子”と各種の原子を合成して構築された“ナノマテリアル”が主材として使用されています。ですので“虚粒子”が供給されさえすれば、破損した船体の修復は充分可能です。ただ……』
「分かっておる。たとえ虚粒子原動機を稼働させても……短時間で船体を修復し、宙に至るほどの虚粒子を産み出せるわけでは無い……じゃろ?」
そう……儂ら錬金術師が造り出した秘奥“哲学の燭炉”も正にそれこそが最大の問題だった。つまり……“無限に力を汲み出す”事は出来ても“短時間に大量の力を汲み出す”事は不可能だったのだ。
『その通りです。ちなみに……リアクターが“必要最低限の稼働状態まで復旧”したと仮定して──その後、臨界稼働までもっていく為にはリアクター本体の補修と改修が必要になります。まずはそれに約26時間ほど。そこから改修済みのリアクターを臨界稼働させれば……“船体の補修”は14時間弱というところでしょう』
「全部で40時間足らずというところか……ふむ」
宙船に関しては、時間以外の問題は無かろう。じゃが……
ん? 随分ほうけた顔をしておる? ……かと思えば、妹御もミゲル殿の部下達も似たような顔じゃの?
「ちょっと待って下さい?! 本当に……そんな事が可能なんですか?」
「なんじゃ……そんな事を心配しておったのか? 他の事はそこのホムンクルスが差配するゆえ儂には答えられんが……事を“りあくたー”とやらに限れば……もはや心配はいらぬよ」
「そんな……帝国が血眼になって再現しようとしている虚粒子原動機を……」
ふーむ……
「ならばさっさと動かしてしまうとしよう……ヒュペリオンよ、虚粒子原動機へと案内してもらおう。残り少ない燃料でもそれくらいは出来るであろう?」
『 …… 』
ホムンクルスであるはずのヒュペリオンが……答えに窮しておる。儂の時代に造られておった人造精霊共は、良くも悪くも創造者の教えに従うだけの“堅い”奴らばかりじゃったが……なんとも人間臭い奴じゃの。
『……良いでしょう。どのみち私に残された命運も尽きる寸前です。もし貴方がそれを救えるなら……』
― ガヒュッ ―
聞き慣れない音と共に……制御室の壁の一端が開く。 プリシラやミゲル殿、そしてその部下達も一様に驚いた顔をしておる?
「とうした? 自動ドアなど珍しくもないのであろう?」
「いや、アンサラーどの?? あんな所にドアなど……」
そこまで言って絶句してしまうミゲル殿……
「何をそんなに驚いておる? 隠し扉の類いなど……儂が生きておった時代にもあったもんじゃぞ?」
△△△△△△△△△△
突然構築された直通連絡路を抜け、辿り着いた中央機関制御室で……
「あり得ない……」
私達の同志の中で……唯一人“虚粒子原動機”の研究をテーマとしていた人物──マグノリア・ヒューレット博士が美しい金髪をぐちゃぐちゃにして頭を抱えていた。
博士が頭を抱えるのも無理は無い。博士がこの十年間それこそ寝る間を惜しんで解析・実験を重ねてきた“虚粒子原動機”が……突然休眠状態から息を吹き替えしたのだから。
「貴様!?! 一体何をした??」
博士が……その美しい造作の眦をモンスターと見紛うほどに釣り上げてアレン……いやアンサラー殿の襟を絞り上げている。
「これ……よさぬか?!」
我々が止めるより速く……アンサラー殿のチョップが博士の額に落ちた。
「まったく……見目麗しい女性がその様な貌をするでないわ」
それは、どう見ても冗談みたいな仕草だったのに──喰らった女史は本気で痛かったらしく、両手で頭頂部を押さえて悶絶していた……