序章➃ 星の海
「そんな……貴方が凄い人だっていうのは分かったけど……そんなのもう残ってる筈ないよ……」
フフ……心配するな妹御よ。儂とて伊達に錬金術の祖などと言われておった訳ではない。
「いや……儂は自分が死ぬと分かった時、自らの身体を新しく作る為の道具『魂のフラスコ』を北の極地の海に沈めたんじゃ。何しろ身体の複製を作るには途轍もない時がかかる事が分かったのでな……もし今でも地球が在るなら……」
極軸が大幅に振れでもせぬ限り……儂の残した“錬金術究極の遺産”は今も氷に閉ざされた海底で眠っておる筈じゃ。
「でも、仮に地球の場所が分かっても……お伽噺じゃ地球は荒れ果てて、もう人の住める惑星じゃないって……」
ふん。
「我が生涯を賭して練り上げた錬金の秘術を……舐めて貰っては困る。およそ人の業で成した荒廃を修復するなど、我が錬金術に掛かれば造作もないわ」
妹御は目をパチクリ……その様子じゃと理解出来ていないやも知れぬが……
「とにかく……その身体を取り戻す事が出来れば、コノ身体をアレンに返すことも出来よう。じゃが、身体が見つかる前に、儂の精神が死のうものなら……そのままこの身体も滅んでしまうじゃろう」
「それは困る!」
当然儂も困る。
「まずは……妹御の知る範囲で一番の物知りを教えてくれ。地球の事……の前にこの惑星の事を知らねばならん」
うん??
「うん……まずは長老の所に行こう。でも……“妹御”って言うの止めて。プリシラでいい。お兄ちゃんにはそう呼ばれてたし」
「ふむ……ではプリシラ、その長老殿の所に案内を頼む」
「分かった!」
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「それで……私の所に……?」
「ええ、だって私……先生より賢い人なんて知らないし!」
儂の前で苦笑している髭の男の名はミゲル。壮年で筋骨逞しい彼は、このスモーキーヒルに住み着く人々や子供達に知識を教え、彼等の纏め役をしている人物……らしい。先だっての儂の説明を聞いたプリシラは、迷うこと無く彼の所に儂を案内し、今迄の事情を説明した。
ミゲル殿は、プリシラの説明を最初こそ訝ったものの……
儂がブリキのカップを錬成して皿に作り替えて見せると……驚きと共に儂の存在を受け入れてくれた。じゃが……
「はて? 儂の中に残るアレンの記憶には何故ミゲル殿の記憶が無いのか……?」
儂の疑問に……何か思い当たる事があるのか……赤面したプリシラがおずおずと切り出した。
「お兄ちゃんは……小さい頃から勉強が嫌いだったから……もしかしたらミゲル先生に会った事無いかも?」
なんとまぁ……こやつ本当に儂の末裔か?
「いや、流石に数回は顔を合わせた事がある。だが……私の事が記憶に無いのは無理もない。こう言ってはなんだが、この子達の父親は勉強をするくらいなら、その時間で廃棄物漁りをさせる様な男だったからな。プリシラは母親が身体が弱い事を理由に廃棄物漁りを許さず、私の所に通わせていたが……アレンにしてみれば、私がどういう人間かなどまるで知らないだろうね」
ふむ……そう言えば走馬灯には実の母親の記憶は殆ど無かったわ。かろうじて残っておったのは、父親と……アレンにとっては継母にあたるプリシラの母“アレシア”殿の事が殆どじゃったからな。それにしても……
「うぬぅ……走馬灯を記憶の媒介手段にした事は間違いじゃったか」
(これでは……アレンが知っておった筈の知識すらアテにならん)
「いや……今はそれを嘆いておる場合では無い。ミゲル殿、事情は説明した通りじゃ。なんとか儂やプリシラが地球に辿り着く手段は無いものか?」
とにかく……今は知恵者であるミゲル殿に地球へ至る手段の手懸りを求めるのが先じゃ。
「……アレン、いやアンサラー殿。地球へ至る道のりの事は……私にも答えられない。いや、それは今の世界に住まう者の殆どが答えられないだろう。そう断言出来てしまうほど……地球は遠い記憶の中の存在となってしまった」
ミゲル殿は……神妙な顔でそう答えた。
「ふむ……」
これは、彼に会ってから薄々感じておった事じゃが……
「もし気分を悪くしたなら謝る。ミゲル殿……そなた、元々この貧民街の産まれでは無いのではないか? こう言ってはなんだが……儂は、そなたの纏う雰囲気から“高度な教育を受けた者特有の余裕”を感じておる。そなたが“儂”の存在を受け入れたのも……似た様な理由ではないか? 」
儂は……彼に会ってから感じる違和感の理由を率直に尋ねた。まあ、多少のハッタリを含ませて……じゃが。
「……ああ。アンサラー殿の言う様に、私は元々スモーキーヒルの産まれじゃ無い。私の出自は……この惑星を支配する領主に連なる一族だ。まぁ一族と言っても、食うに困らない程度の傍流の出だがね。アンサラー殿の言う様に、高度な……と言っていいかは疑問だが、それなりの教育は受けている」
そうか……ならば……
「その口ぶり……やはり何某かの手段を知っておるのじゃな?」
「……ああ。地球への道のりは流石に分からんが……この惑星を飛び立つ手段なら……幾つか話せる事がある」
「それで結構! “道が在る”と知れれば重畳」
儂の答えを聞いたミゲル殿は……その場で立ち上がった。
「ならば……星の海 に漕ぎ出してより後の人の叡智を説明しよう。それが絶望となるか希望となるかは……アンサラー殿次第だが……」
そう言うと……彼は儂らを伴って歩きだした。
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「ここは……」
ミゲル殿が儂とプリシラを連れて来たのは、天を覆うほどの廃棄物がいくつもの丘陵を成し、不快な匂いと薄く立ち昇る煙が充満する場所……
「此処こそが、この周辺の住民……およそ三千人の命を繋ぐ屑鉄の城……スモーキーヒルだ」
ああ……此処の事は良く知っておる。
「アレンが働いておった所……じゃな」
「その通り……だが、私がアンサラー殿に見せたいのは、このあらゆる金属廃棄物が折り重なる山じゃない……」
ほう……
「確かに……アレンはここら一帯の事は大抵知っていたようじゃが……ミゲル殿が見せたいと言う代物は……よもやそんな事ではあるまい?」
儂の返答に……髭に埋もれた表情を崩すミゲル殿。しかし……目の奥は……ふむ、この御仁もなかなか業の深い目をしておるな。
「……こっちだ」
はて? そっちにあるのは??
ミゲル殿が儂らを連れて来たのは……廃棄物の山から拾い集められた金属屑を買い取る買い取り場じゃった。そして、その後ろに鎮座するボロい建物は……確かここら一帯で買い集められた金属を、素材毎に再度精錬する工場じゃった……はず?
「時に、アレン……いやアンサラー殿は、この周辺が何故産業廃棄物の処理区画にされたのか……分かるか?」
「?……想像もつかんですな」
「ここはな、私達の父祖が星の海を渡り、この惑星に初めて降り立った地なんだ。今でこそゴミの山に埋もれちまったこんな光景しか残っちゃいないが……当時の記録では、とても美しい場所だったそうだ」
それは……
「そして……このゴミの山の地下には、まだ故障したまま廃棄された宇宙船が眠っている。この精錬工場はね……僅かに稼働するエネルギー発生機関“ウェーブリアクター”の力を利用した施設なんだ」