序章③ 地球は何処……
「いったい何が起こった? どうすればこんな事が出来る?」
私は、斬殺された下級警邏員の検死レポートを読み終えると、報告に訪れた分析管を睨んだ。
アイウェアを使えば報告などその場で済むと言うのに、この男は私のオフィスを度々訪れる。おそらくは士官のみに支給される本物のコーヒーが目当てだろうが……
「そこに記された通りですよ。彼の首周りを覆うナノマシンは切断されていました」
下級グレードとはいえ警邏員の纏うスーツは准戦闘仕様だ。そもそも普通の刃物で切れる代物では無い。もしダメージを負うとしても、それはナノマシン同士の結束が分断された結果、肉体にダメージが通るのが普通だ。それを……私は疑問で頭がいっぱいになった。
「つまり……コレをやらかした奴……バトンに残った記録が正しいならアレン・フィッシャー(17歳) …… が振るったのは、ナノマシンよりも鋭い刃先の武器だと言う事か?」
「そう考えるのが論理的ですね」
「何故ゴミ漁りが生業の孤児がそんな物を持ってる? いや、そもそもそんな物を作る事が出来るのか?」
オフィスのソファで足を組んだ分析室の室長は、両手を八の字に広げて肩をすくめた。
「さあ…? 僕の仕事は現象を正しく理解して伝える事だけですので……少なくとも、この警邏員の首を覆う部分に付着していたナノマシンと彼の持っていたスタンバトンは、その構造体を形成する素材そのものを切り裂かれていました。しかも……その切断面たるやボスの部屋の鏡が恥ずかしくて逃げ出す程の滑らかさです。これは個人的な見解ですが、下手をすれば分子結合が崩壊してる可能性すらあるかも知れない」
「私の部屋の鏡を見た事など無かろうが! ……まさか“単分子ブレード”を開発した物が居るとでも? あれは理論的に実現不可能な事が証明されているはずだ」
「今までの理論なら……ですね」
奇矯な事で有名な分析管は“もう話す事は無い”とばかりにソファから立ち上がった。自分で勝手に淹れたコーヒーが空になったのだろう。
「今の所僕に分かる事はそのレポートに書いてあるとおりです。これは単なるお節介ですが……早くコレをしでかした人物を確保した方がいいんじゃないですか?」
― バン! ―
「そんな事は分かっている!」
……思わずデスクを叩いてしまった。
△△△△△△△△△△
「……に……兄さんっ!!」
おっ……妹御が目を覚ましたようじゃわい。
「落ち着け。ここは儂らの家じゃ」
儂の顔を見た妹御が……粗末なブランケットを手繰り寄せて身構える。 ふむ……
「その様子じゃと……儂が“自分の兄では無い”と気付いておるようじゃの」
妹御は無言のまま目を見開いて後ずさった。薄々気付いておったのだろうが……儂の口から直接“兄では無い”と言われてはな。
「気を揉む必要は無い……と言うのも無理な話じゃな。これから経緯を話して聞かせる。ああ、それとおぬしの“すーつ”とやらの“ちゃーじ”はもう心配無いゆえ……心を落ち着けてユックリと聞きなさい」
妹御は……ふむ、得体の知れない“兄の姿”をした儂を警戒しておるか……まあ当然よな。
「まず、儂の名は“アンサラー”。ぬしの兄を形作る[生命の書]……おぬしらの言葉で言う所の“遺伝子”とやらに保存されておった者……簡単に言うとアレンの祖先じゃ」
「ウソ……」
「嘘なものか。そして……儂は魔導の理を紐解く者……錬金術師じゃ。実際……この身体の傷が治っておろうが。これも錬金術の力の一部なんじゃぞ」
それから……儂は自分が錬金術を極めた学者であった事、錬金術を使っても治せない重い病に侵された事、そして……遠い未来に復活する為に自らの息子の“生命の書”に転生の秘術を使った事を語った。
「残念ながらぬしの中には儂の情報は残されてはおらんがな……プリシラ・フィッシャー殿。どうやら儂の系譜はアレンの母方が繋いできた物のようじゃわい。それから、儂はアレンが死ぬ直前に流れた走馬灯のおかげで、アレンの知るだいたいの事は分かるのじゃが……アレンの知識には無い事で知りたい事があるんじゃ。妹御が知っておればいいのだが……」
ほう……儂の話を聞くうちに妹御をの目つきがだんだんと鋭くなってきておる。
「ごめんなさい。助けてくれた事は分かってるんだけど……貴方が知りたい事の前に一つだけ教えて。貴方はお兄ちゃんの身体を乗っ取ったの? お兄ちゃんは……死んだの?」
「ふむ……おぬしの兄、アレン・フィッシャーは確かに死んだ。おぬしの事を儂に託し、この身体を使っておぬしの事を助けて欲しいと言い残してな」
妹御は儂の言葉を聞いて……それ以上何も語らず、静かに涙を流した。
「……慌てるでない。確かにこのままでは主の兄は死んだままじゃ。じゃが、儂の知りたい事が分かればおぬしの兄も生き返る事が出来るやも知れん」
顔を伏せたまま泣き続ける妹御が……儂の言葉を聞いた瞬間顔を上げ、ベッドから飛び降りた。
「何を知りたいの? どうすればお兄ちゃんは生き返るの??」
おう……えらい勢いで儂に詰め寄りおるの。
「落ち着け……まずは儂の質問に答えよ。とりあえず知りたいのは……ここは何処じゃ? 儂の故郷のローマにはどうすれば帰れる??」
儂の質問に……キョトンとした顔の妹御。アレンの記憶にはその情報は無かったが、やはり妹御も詳しい事は知らんのだろうか……
「……ローマって言った? お伽噺に出てくる地球にあったっていう……あのローマの事?」
今……何と言った??
△△△△△△△△△△
「……まだ信じられんわい……」
儂は……妹御が引っ張り出して来たお伽噺の絵本を読んで絶句した。
なんと……儂らが立つこの大地は、元々儂が住んでおった惑星では無いらしい。
「しかしアレンは何故その事を知らん?」
「だって、これお伽噺だから……お兄ちゃんは絵本なんて時間の無駄だって言って……」
……いや、これはたまげた。
「ふむ……じゃがこのお伽噺は恐らく本当の事じゃ。この絵本の内容は儂が知る世界の事が出てきよるしの……」
なんともまあ……これでは……儂が死んでからいったいどれほどの時が流れたことやら。
「ねぇ……もしかして……お兄ちゃんを生き返らせるのはムリなの?」
「いや、そうとは限らん。儂の故郷……地球と呼べばよいのか……には、儂の元の身体の複製が出来ておる筈じゃからな」