序章➁ 魔剣フラガラッハ
俺は……暗闇から聞こえる声に反射的に答えた。
[ならば是非も無い。おぬしの全てをこの儂に捧げよ。さすれば……おぬしの恐怖も、絶望も、罪過も……もちろん希望も! このアンサラーが等しく引き受けようではないか!]
……
(クッ……ククッ……ハハハハハハハハッッ!!! 随分な大口だな!! 俺は無学な人間だけどな……人間が死ぬ時、暗闇から現れるヤツの話くらい知ってるさ。悪魔の取引には魂が要るんだろ? いいぜ。 持ってけよ。俺の魂をくれてやる。釜に焚べようと鍋敷きを繕おうと何にでも使え!! その変わり……代価はきっちりと払って貰うぞ!)
[失敬な……儂は弱みにつけこんで魂をゆするごろつきでもないし、来世に支払いを持ち越す詐欺師でも無いわ]
何故か……暗闇に潜む何かが……苦笑するのが分かる。まったく何なんだココは……
(ふん、現世利益を約束するなんざ余計にあやしいぜ……まあいいさ。さっさとやれよ!)
[然らば……おぬしの全て貰い受ける!!]
そう告げられた瞬間……俺を覆う全ての暗闇が白く染まった。
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「……お兄ちゃん!! お兄ちゃん!!!」
儂が、久方振りに五感を取り戻した時……最初にその耳朶を打ったのは……アレンの妹御が悪漢に引き摺られながら叫ぶ悲痛な声じゃった。
― ズグンッ ―
同時に……棍棒を喰らったこめかみに不快な痛みが響く……
(……なるほど。走馬灯に残されていた断片記録通りか……とりあえずはこの傷と身体を何とかせねばな……)
儂は何とか動く右手でこめかみを拭った。掌にはべっとりと血が付く。そのまま握り込んだ手の上に錬成印を結んだ左手を添える。
「ふむ……懐かしいな……錬成!」
自分の耳から聞こえる声の違和感が凄い。
「なるほど、確かに他人の身体よな……とはいえ……これくらいの錬成は造作もない」
右手に着いた血を媒介に簡易外傷治療薬を錬成……傷口に塗り込む。掌に残る分は……ちとはしたないが舐めとって嚥下する。
― カッ! ―
身体が熱を帯びる……直接血管に入り込んだポーションが塗布された傷から全身へと運ばれる。心臓から出た血液が全身を巡るのに必要な時は概ね30秒……
― バシン! ー
「うるせぇんだよ!!」
……悪漢どもが妹御をはたきおった。途端……心拍数が跳ね上がり、ポーションが身体の隅々まで染み込んで行く。
(逸るな!! すぐに助けてやるわ!!)
こめかみの傷が塞がった事を確認した儂はゆっくりと身体を起こした。ほっ……儂が立ち上がった事に気付いたか。あの小物共の耳障りな声が止まった。
「テメェ……どうして??」
アレンに不意打ちをかました男が目を見開いて驚いている。なるほど……よほど会心の手応えだったか……儂は男を無視して全身の感覚を確かめた。違和感はあるが……
「……ふむ、まあ問題無かろう。さて…」
儂は周囲をざっと見廻した。始めて見る町並み……だがゆっくりと眺める程の時は無い。儂は目についた物を拾い上げた。
「ふむ……アレンが持っておった腰袋か、中は鉄屑……なるほどの……丁度良い」
「このガキ……何をぶつくさ言ってやがる!! 」
無視された男が棍棒を振り上げて走ってきよる。気の短い奴じゃな。
儂はアレンの腰袋を右手に乗せて左手で簡易錬成印を結んだ。
「錬成!」
袋の口から……儂の得意な武器の柄が飛び出す。印を解いた左手でそれを握ると、そのまま袋から引き抜いた。
「まずまずかの……」
儂の手に握られた小振りの剣……懐かしい感覚が蘇る。薄っすらと水に濡れたかの様な片刃の剣は、刃に近づくほどに剣身が霞んでいく……
「テメェ……そんなもんどっから出しやがった?? 」
おっと……こやつ儂が武器を抜いても怒るだけで警戒しておらん。余程自分の武器に自信でもあるのか……まあ良いわ。
― ブン!! ―
なるほど……そんなナリでもそこそこ身体は使える……いや……何か変じゃの。とりあえず躱しておくか。
― ゴシャッ ―
おう……これは……隙間すら見えん石畳が……砕けよった。
「おぬし……何かしておるな」
「はん……いま頃思い出したか?? 俺等のスーツはテメェらが着てる安物と違うって事をよ……今更後悔しても遅いぜ、今度はさっきみたいに手加減はしねえ……」
ふむ……何かずるをしておるか。ともあれ受けは不味いと……じゃが、
「問題無かろう。どれ、もう一度来てみい」
そう言って手招きしてやれば……顔を真っ赤にしてまた棍棒を振りかぶりおった。何と思慮の足らん奴じゃ……儂はその場から一歩だけ横に動いて剣を振るった。
― キンッ ―
澄んだ音が鳴る。ほう……儂の剣を受けて音が出るとはの……不格好な得物のくせに良い金属を使っておるな。
「……てめ…ぇ……なに…し……」
動きを止めた得物が……中ほどからポロリとお落ちる。まあ、当然じゃな。
「かかっ……そんな得物で儂の“フラガラッハ”を受けられる筈が無かろう? さて……」
儂は棍棒の根本だけを握り占めて動けなくなった男を置いて、アレンの妹御を捕まえている男に近付く。
こちらの男も……儂がしたことが信じられないのか唖然としておる。
「さて……妹御を離して貰おうかの。それとも……おぬしもああなりたいかの??」
そう言った瞬間……儂の背後で身動き一つ出来なかった男が……棍棒の根本を手から落とした。……自分の首が落ちるのと同時に。
― プシュ ―
一瞬遅れて……切断された首元から盛大な血華が咲く。ふむ……ありあわせで錬成したにしてはまぁまぁの切れ味じゃな……
「ヒッ……ヒヒャアァァ!!?!?」
「きゃっ!」
デブ男は……羽交い締めにしていた妹御を突き飛ばすと、一目散に逃げ出した。
なんとも身体からは想像出来ん逃げ足じゃ。すーつとか言うヤツのおかげかの?
儂は逃げて行く男を敢えて追う事はせず、妹御を受け止めた。同時に……官憲の首が撥ねられたのを見て周りの衆が蜘蛛の子を散らす様に逃げ散って行く。
「お兄ちゃん……?」
奴等から開放された妹御はあまりの出来事に目を白黒させ……儂の後ろに倒れた首なしの死体に気付き、
「ウ~ン……」
その場で気を失ってしまいおった。
「おう……これは参った……」