序章➀ アンサラー (答える者)
宜しくお願いします!
それがどんな僅かな時間だとしても……人生の長さはその人物の価値を限定したりはしない。長い時をかけて学ぶ事と、僅かな時間で学ぶ事を比べても意味が無い様に……
そして、俺の人生がどれほど短く、苦難に彩られた物だったとしても……俺はそれを“運命”だとか“因縁”なんて言葉で語らせはしないだろう。
少なくとも──俺は“戦う事”を選んだのだから。
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「おい、そこのガキ! 止まれ!」
ただ街を歩いていただけの筈の俺の耳に……腹がたるんだ下級警邏員のダミ声が飛び込んで来る。
俺は何も聞こえなかったフリをして妹の手を握ったまま足早にその場を去ろうとした。幸い周囲は通行人で溢れかえってる上に雨も降ってる。このまま人混みに紛れ……
「おっと……何処に行こうってんだ? 俺の相棒が呼んでるってのによ?」
る事は出来なかった。
(ちっ……仲間がいやがったのか。お前等の仕事はパトロールだろうが! 弱い者いじめとアルバイトにばっか精出してんじゃねえよ……)
「僕の事ですか? 申し訳ありません、気付かなくて……」
俺は心の中で毒づいた……が、そいつを口に出す程馬鹿じゃない。いくら下っぱでも、役人と揉めるなんてまっぴらだ。
「なめてんのかテメェ……さっさと手の甲を出せ。後ろのお前もだ」
前を塞いだガリガリの下級警邏員が、警棒と人物照会装置を兼ねた武器を俺の眼前に突きつけた。俺はしぶしぶ手の甲を奴に差し出す。その様子を見ていた妹も俺と同じ様に手を出した。
― ビッ…… ―
手の甲に焼き付けられた不可視の入れ墨をレ―ザースキャナが読みとる。視覚投影装置に表示された俺と妹の素性を見た男は露骨に顔を顰めた。
「ちっ、スモーキーヒルのガキが……こんな街中に何の用だ? かっぱらいでもしに来たのか? あぁっ??」
泥棒はそっちの方だろ。俺達の上前をはねるくらいしか能がないくせに!
「いえ、そんなつもりは全く……僕達はただスーツのチャージをしてもらおうと思いまして……」
俺は役人を刺激しない様に出来る限りの理性を総動員して下手に出た。更に……ポケットの中からクレジットチップを幾つか掴んで、周りから見えない角度で役人のポケットにそっとねじ込む。ほぼ一日分のアガリだが……背に腹は代えられない。
「……フン」
役人は俺と視線を合わさずにポケットの中を確認した。実際、地元の公共チャージャーが故障していなければこんな所には来ないが……間の悪い事に妹のスーツのエネルギー残量は尽きる寸前だった。
「ちっ……お前等みたいなクズにまで環境対応服を支給するとか……星府の奴等は何を考えているんだかな?」
「ヘヘ……星府には感謝してます……」
(クソっ……そろそろ俺の少ない忍耐が在庫切れになりそうだ。さっさと行けよクソッタレども!)
この星を治めている星府は、星で産まれた人間全てに環境対応服を支給する。このスーツは産まれた時に手の甲に押された焼印と共に支給され、成長してもナノマシンが身体を保護し続ける。
そして俺達の様な貧民に支給されるスーツでも(最低ランクとはいえ)それなりに高価だ。
ただし奴等がこんな装備を支給するのは、なにも善意の施しではなく、俺達に産まれた時からスーツの代金を借金として背負わせる為だ。
本音を言えばこんな最低限の機能しか無い安物で、産まれた時から人生を縛られるのはまっぴらごめんだ。だが、何世代も無重力にさらされ続けた宇宙移民の子孫である俺達は、このスーツが無いと重力に耐える事すら出来ない。
「フンッ……おい、後ろのお前も顔を見せろ」
俺の後ろで妹が上着のフードを下ろした気配がした。二人組の役人がその目を見開いて、ゲスい笑みを浮かべる……
「……ほう。兄妹のくせに似てないな」
くそっ、気色悪い視線を俺の異母妹に向けるんじゃねぇ。このクズ野郎が!
「旦那……そろそろ行っても構いませんか? コイツのエネルギーがそろそろまずいんで……」
俺がそう言って立ち去ろうとした瞬間……最初に俺を呼び止めた奴が俺の前を警棒で塞いだ。
「待て。お前の妹……良く見たら手配が掛かってる街娼に似ているな……ちょっと詰所で話を聞かせて貰おうか」
な……何言ってんだコイツ。妹はまだ十四だぞ。
「……冗談でしょう? 妹はまだ子供ですよ!」
俺は通せんぼするパトローカーのスタンバトンを反射的に払い除けた。
「お兄ちゃん……」
それを見た下級警邏員と……相棒の魂胆を察したもう一人の下級警邏員が俺達の背後を塞いだ。
「あっ?? 俺の判断にケチ付けるってのか? ゴミ漁りしか芸のない低能のガキのくせに??」
俺の前でスタンバトンを弄んでいた男がそう言った瞬間!
― ガッ! ―
「ギャッ!!」
警告も容赦も無い強烈な一撃……後ろにいた下級警邏員が振るった電磁警棒が俺のコメカミに食い込み、身体中を電流が流れる!
「お兄ちゃん?!」
妹が俺に駆け寄ろうとしたが……その腕を下級警邏員が掴んで折れる寸前の角度まで捻り上げた。
「何処行こうってんだよ?? お前はこれから取り調べだ。なに……大人しくしてりゃあお前の兄貴は見逃してやっても構わねぇぜ?」
俺は痙攣しながら地面に這いつくばった。いつの間にか周囲には誰もいない。少し離れた所でチラチラこちら見つめる奴等は、火の粉が飛ぶのを恐れて知らんぷりだ……
「グゾっ……妹をばなぜ……」
俺は、泥だらけになりながら痙攣する身体を引きずってゲス野郎の足を掴んだ。
「……てめぇ……俺のブーツを汚しやがったな……」
泥だらけの手でブーツ掴む俺を見た男は、一瞬で目を血走らせ、握ったスタンバトンを振り上げた。
「止めて!! ついて行きます!! なんでもしますから!! これ以上兄さんに手を出さないで……お願いします!」
妹の声が響く……
「よせ……逃げ……ろ……」
俺の意識が途切れる寸前……最後に聞こえたのはゲス野郎の声だった。
「……駄目だね」
― ボグッ ―
△△△△△△△△△△
(クソ……やっちまった)
俺の中を……これまで生きて来た全ての時間が凄まじい速さで流れて行く。
(ハッ……コレが走馬灯って奴か。どうやら……死ぬ……か。すまんプリシラ……俺が……俺が……?)
……俺は……何を間違えた?
(下級警邏員に歯向かった事? いやその前に奴等に見つかっ事か? それとも、この街に来た事?)
いや……そんな事が分かる筈がない。俺達の人生に“運命を選べる瞬間”などという贅沢は存在しなかった……なら?
運命のもっと前にあった分岐点を誤った??……
いや……もっともっと……更に前?
(まさか……産まれて来た事が間違いとでも言う気か! ふざけるな!!)
その瞬間……俺の中に全てを焼き尽くす蒼白い炎が生まれた。
何一つ希望を見い出せない恐れと不安……何も出来ない自分に対する失望……母から託された約束を守れないかも知れない罪悪感……そして、自分達を襲う理不尽な運命への……絶望。
それら全てが……蒼白い炎が踊る溶鉱炉で溶け崩れ、混ざり、溶け出した不純物が全て蒸発した後……其処に残ったのは……怒りだった。
― バツンッ…… ―
自分の中に、青白い怒りが灯った事を自覚した瞬間……俺の中の全てが……スイッチを切った様に闇に沈んだ。
[ふむ……やっと儂を呼び覚ます者が現れたかと思えば……これは厄介な所に起こされたものだ]
(何だ?!)
[……儂が理解出来る事は現状では僅かだが……一つだけ質問する。大切な者があるなら疾く答えよ。全てを犠牲にしても叶えたい願いはあるか??]
(在る!! 妹を……助けられるなら!! 俺達を襲った理不尽に鉄槌を喰らわす事が叶うなら……俺の持つ全てを灼いても構わない!!)