3話:おとなげなーい
ハゲは私の反応を気にせず言葉を続ける。
「あぁ、俺はドラゴンの討伐依頼を請け負っていたから倒したドラゴンの報酬が欲しい。だから譲ってくれ、その代わり寝床と討伐依頼の3割でどうだ?」
「は?こんな小さな女の子が倒した獲物を奪い取るなんてホント大人げないですねぇ。だいたい倒したのはこの私なんだから報酬はぜーんぶ私のモノ!!」
私は小バカにするように、やや声のトーンを上げて文句を言い放った。
「……なら、わかるのか。どうやって金に変えるのか。」
「ぐっ!!」
ハゲの言葉が胸に突き刺さる。確かにお金に変える方法はわからない。
「だ、だけどまだ問題が!!知らない人についていくなってお兄ちゃんに言われてるし。」
そう。そうだ、どこの世界であろうと知らない人についていくのは危険というのは常識だろう。
簡単に条件を飲むわけにはいかないんだから。お兄ちゃんとの約束を守るためにも。
「嬢ちゃん、チート能力があるんだろう。俺が襲うようなら力を使えばいいだろ、それとも嬢ちゃんは俺には絶対勝てないって思ってるのか。」
「は?余裕ですし。ハゲなんかに負けるわけないし。」
ごめん、お兄ちゃん。私、他人を煽るのは好きなんだけど、煽られるのは大嫌いなんだ。
「なら問題ないな。」
ハゲは再び優しい表情を浮かべた。私に背を向けてドラゴンの元へと歩いていく。
「嬢ちゃん、こっちに来い。」
ハゲは手招きをして、ドラゴンの元へ私を呼び寄せる。
持っていた剣を引き抜く。尖った剣先をドラゴンの角に押し当てた。
力を入れて、剣をひくと角が綺麗に切り落とされる。
「こうすることでドラゴンを討伐したっていう証明にするんだ。体自体を持っていくことはできないしな。」
「へー。そうなんだ。」
ハゲの説明にうんうんと頷いて首を縦に振った。そしてハゲから切り落とされたドラゴンの角を受け取る。
とりあえず何かを倒したら討伐したっていう証明をしなきゃいけないってことだ。
「あとはこれをギルドへ持っていく。俺はギルドからの依頼でここまで来たんだ。」
「ふーん。なんだか大変そうですね。」
「ま、昔からだからあまり気にしないけどな。」
ハゲの先導によって、森の中を歩いていく。
草木が生い茂り、足を踏み入れると地面に跡がつく。
木々によって光は遮られてほんのりと薄暗い。
決して怖いわけではないが、道に迷うと厄介だと思い私はハゲの手を掴んだ。
「なんだ、ビビっちまったか。」
ハゲはそんな私の反応に微かに口元を緩ませた。
「は?ビビるわけないじゃないですか。ただ、道に迷ったら困るから手を握っただけだから。」
「それならそれでいいけどな。……ところで嬢ちゃん。あまり異世界から来たということは言いふらさないほうがいいぞ。」
私は早口でまくりたてる。決して嘘はついていない。
ハゲはそんな私の反応に苦笑いを浮かべた。警戒するように辺りを見渡す。
「え~、どうしてですか~。」
「異世界人はたいていチート能力を持っているからな。厄介ごとを頼まれたり、国の戦力として捕まったりしたら嫌だろ。」
「うわぁ、チート能力頼り♡こんな女の子を戦力にしないといけないなんて国ってざっこぉ♡」
私はここぞとばかりに声のトーンがあがる。
「まぁ、そう言うな。……それだけ異世界人というのは特別だってことだ。」
「ふっふっふー。ま、当然ですし。だって、ドラゴンだって簡単に倒しちゃう実力ですし♡」
口元がにんまりと釣りあがる。私は勢いよく足を踏み込む。
「……本当にわかっているのか。」
「余裕でわかりますし!!……だいたいハゲだって私を悪用しようとしてるんじゃないですか?」
「ハゲじゃねぇ!!」
ハゲの怒声が森の中を駆け巡る。
あまりの大きな声に、私は目をパチパチと瞬きした。
「……なぁ、嬢ちゃん。さすがにハゲ呼びは傷つくからよ、やめてくれないか。」
ハゲは小さくため息をつく。
私の方を向いて目線を合わせるようにしゃがみ込む。眉が下がり込んでいた。
ハゲの表情を見て、私の心がキュッと小さく締め付けられるようだった。
そんな表情を見せられると愉悦を通り越してなんというか……良心が痛む。
そういえばお兄ちゃんに言われてたっけ。他人の嫌がることはするなって。
「だって、名前とか知らないですし。」
私は視線を逸らす。
下を向くと、地面には木の根っこや落ち葉が敷き詰められている。
ゴツゴツとした岩は少なく、思ったよりも歩きやすい場所となっている。
「……そういえばそうだったな。悪いな、嬢ちゃん。ハッハッハ!!」
ハゲは私の言葉を聞いて、豪快に笑い飛ばす。
「俺の名前はコペン。冒険者をやっている、よろしくな。」
ハゲはゆっくりと立ち上がる。
立ち上がったハゲを見上げるように視線を向けた。
改めて思う、すごく大きいです。
私よりも圧倒的に大きい体はまるでクマ。
筋肉達磨のように私の足以上に太い腕を差し出した。
「私の名前は莉々珠。」
私は差し出されたコペンの手を握りしめた。
ゴツゴツとしていて硬い。まるで、鉄を握りしめたかのようだ。
私はコペンの手を離す。
コペンの名前を聞いて、どうしても言いたいことがある。
少しだけ間を置き、深呼吸をした。
「……ぷ、それにしてもコペンなんて名前、似合わなーい♡体はとっても大きくて顔は厳ついのにコペンなんて可愛らしい名前♡」
鼻で小さく笑う。私は手で口元をかざし、目を丸くする。
「……なんだって?」
コペンの眉がぴくっと動き、一段と声のトーンが下がる。
コペンの反応とは正反対に私の顔は段々と熱くなっていく。
目を細めて私は更なる言葉を繋げた。
「うわぁ、煽り耐性0♡怒っちゃって大人げな~い♡」
私は地面を蹴り上げる。体はまるで翼が生えたかのように軽い。
コペンに捕まらないように、駆け出していく。
「おい、こら待て。ってなんだ、急に体が重く……。」
後ろからコペンの声が聞こえてくる。
私は背後を見ると、地べたに蹲っていた。
「転んじゃってだっさぁ♡やーい、ざーこぉ♡ざーこぉ♡」
風になったようだ。私は勢いを変えないまま、駆け出していく。
どうせならこのままドラゴンの角をギルドにまで持って行っちゃおう、そうすれば報酬だってぜーんぶ私のモノだし!!
ギルドの場所はわからないけどどうにかなるでしょ。
私はそんなことを想い、視線を前に戻した。
目の前には大木。ブレーキをかけようにも、私の足は急には止まれない。
ドスンと鈍い音がした。私の体はゆっくりと宙を舞う。
緑生い茂る木々が見えた。
私の意識はその景色を最後にブラックアウトしたのだった。