2話:やーい、ハゲ♡
「やーい、ハゲ♡前髪なにも無し♡」
私は我慢できずに思っていたことを漏らしてしまった。
ハゲは眉をひそめた。怪訝な顔をしてこちらを睨みつける。
「ハゲではない。これはスキンヘッドだ!!」
突然怒鳴るかのように大声を出してきた。
ハゲはそのまま目の前に姿を現した。
身長は私よりも圧倒的に大きくて2メートル近く。
横幅は広くてボロボロとなった装備からはサービスかと言わんばかりに盛り上がる筋肉。
顔は厳つくて、片目には何かに引っかかれたのであろう傷がついている。
「プークスクス、こんな小さな女の子に対して怒鳴ってくるなんて大人げなくないですかー♡」
私はハゲに怯むことなく、手で口元を隠した。
先程ドラゴンを倒した私だ。こんなハゲチート能力を使ったら圧倒できるし。
「うるさい。それに初対面の相手をハゲと罵るのは感心しないな。」
ハゲは大人だった。私の挑発に対してたった一言、うるさいというだけでそれ以上突っかかることはない。
少しだけ温かい目を向け、ポンと頭に手を置いてガシガシと頭を撫でた。
しゃがみ込んで私の目をじーっと見つめ、優しく注意をした。
「急に大人ぶって何なの。」
私はプイっとそっぽを向いた。
ハゲに不満があることをアピールするためにほっぺたを含ませて、頭を撫でる手を弾いた。
「ハッハッハ。それだけ元気があるなら充分だな。」
ハゲは豪快に笑い声をあげた。ゆっくりと立ち上がって背中に抱えていた剣を引き抜く。
「嬢ちゃん。ここはドラゴンの住処だから危ない。さっさと家に帰るんだな。」
ハゲは格好をつけて私を背に向けて剣を構えた。
辺りを警戒する。そして、倒れ込むドラゴンに気付き、鳩が豆鉄砲を食ったようにポカーンとしている。
「なんでしたっけ、”ドラゴンの住処だから危ない。”キリッて格好つけてたのに。既にドラゴン討伐されてますけど~♡格好つけちゃって、ちょーだっさぁ♡」
私はここぞとばかりに煽ることにした。
だって格好をつけていたのに、その討伐対象が既に居ないなんてダサすぎだし。
そんな哀れなハゲを煽る。こんな楽しいことはない。
「……嬢ちゃんがやったのか?」
ハゲは苦笑いを浮かべて、私を見つめた。
「当ったり前でしょー♡他に誰がいるって思うんですか~♡」
私はふふんと鼻を鳴らした。
「そんな力があるとは思えないが……ま、まさか……。」
ハゲはゴクリと生唾を飲み込んだ。
私はその光景を見つめてニヤニヤと釣りあがった口角を隠すように口元を抑えた。
あぁ、面白い。そういえばお兄ちゃんも私が煽ると乗ってきてくれたっけ。
「もしかして、異世界から来た人なのか?」
ハゲは恐る恐る言葉を口に出す。
「……た、多分?」
私は首を傾げた。予想外の質問だったからだ。
女神様!!なんて言われるかもって期待していたのに。
まさか異世界人かと聞かれるとは思わなかったから。
「たまに転生者だの、転移者だのと呼ばれる異世界人が現れるんだ。」
オロオロと困惑している姿の私を見て、ハゲは説明をするかのように話し始めた。
「そして特別な力を手に入れている。チート能力というものだな。嬢ちゃんも何か特別な力があるんじゃないか?」
いつもお兄ちゃんが勉強を教えてくれた時のようにハゲは優しく問いかけてきた。
「……あるみたい、だからドラゴンは倒せた!!ものすごくざっこぉ♡でよわよわ~って感じだったよぉ♡」
「ハッハッハ、そうか。そうか。で、具体的にはどう倒したんだ?」
ハゲはにこやかな笑みを浮かべてきた。
「……。」
能力がわからないなんて恥ずかしくて言えない!!
だって、こんなにも煽った上で、能力はわかりませんって格好がつかないもの。
「おいおい、もったいぶってないでどうやったのか教えてはくれないか。」
顔は怖いくせに、悪意のまったくない純粋な興味で聞いていることがわかる。
「言うわけないじゃないですか。バカなんですか?知らない人に能力を教えて、倒されたら意味ないじゃないですか~。」
危ない、危ない。とっさの気転により、なんとかごまかすことができた。
私はつるぺたな胸を撫でおろす。
「ハッハッハ、確かにな。……悪い悪い、つい聞きすぎたな。」
ハゲは豪快に笑い飛ばす。
間をおいて、聞きすぎたことを謝罪する。ちょっとだけ寂しそうな視線を隠すように瞼を閉じ、頭をボリボリとかいた。
「ところでこれからどうするか決めているのか、行く場所がないなら俺のところに来ないか?」
ハゲは何かを決めたかのように、目を見開くと私に視線を向けた。
「……うわぁ♡ナンパですか?私みたいな小さい女の子を家に連れ込んで何する気なんですか。でもごめんなさい、知らない人にはついていくなってお兄ちゃんに言われてるから。無償で来いとか怪しすぎますよね。」
私はハゲの言葉を聞き少しだけ考える。確かに寝床は欲しい、だけど……このハゲの家に行くのは身の危険を感じる。
お兄ちゃんだって、知らない人にはついていくなって言ってたし。そもそもここまで親切な人っている?怪しい。
私は警戒するように両手を強く握りしめた。
ハゲは私の言葉に対して、少しだけ考えるように眉をひそめた。そして、間をおいて口を開いた。
「……なら取引をしないか?」
「取引ぃ~?」
私は首を傾げた。いったい何を要求してくるんだろうか。
ゴクリと生唾を飲み込むのだった。