お断りします。でも、貴方だけは断らないわ。公爵令嬢の恋。
金髪碧眼の美しきエリーローゼ・コレスティーノ公爵令嬢は王宮の広間で、この国の皇太子テリーと言い争いをしていた。
黒髪碧眼の美男であるテリー皇太子はエリーローゼに向かって、
「お前のような高慢ちきな女とこれ以上、婚約を続けたくはない。婚約破棄だ。破棄。」
傍にはピンクの髪の男爵令嬢マリー・カルローネがべったりとテリー皇太子の右側にくっついている。
「私の方が、癒されるって言っていますわーー。」
左側にくっついているのが異母妹、アリア・コレスティーノ公爵令嬢が不機嫌そうに、
「いえ。わたくしの方が癒されると皇太子殿下はおっしゃっていますっ。」
そう、このテリー皇太子、二人の女性に浮気をしているとんでもない男だったのである。
「そう。わたくしと婚約破棄を…貴方の方が婚約者がいながら、浮気をしてきた最低な男だというのに。いかにも自分が正しい。そうおっしゃっているのですね。」
にわかに外が曇り出して、雨が降って来る。
ズブズブと三人の足が王宮の広間の床に沈み始めた。
「うわっ。どうなっているんだ?」
「きゃっ。何故、床に沈んでいくのっ。」
「助けてーー。」
エリーローゼはそんな三人を床の上から見下ろしながら。
「まずは、マリー。何が癒されるのでしょうか?何人もの男性を手玉に取って、その手練手管を持ってすれば、皇太子殿下もそれはもう癒されるでしょうね。
貴方の身体は帝国一の娼婦も顔負けだって言う位、淫らで素晴らしいと評判ですわ。貴方と関係を持った人達から。」
「本当なのかっ??」
テリー皇太子が、マリーに尋ねればマリーはふるふると首を振って、
「誤解ですう。」
更にズブズブと三人の身体が沈んでいく。
「きゃああっーー。お姉様、助けてっ。」
助けを求める妹、アリアに、エリーローゼは冷たく、
「貴方はわたくしを蔑んできたわよね。両親を丸め込んで、さんざん虐めてきたわよね。欲しい欲しいと何でもわたくしから盗んで、わたくしの婚約者まで手を出して、貴方って最低だわ。」
「謝りますからっーー。許してっーー。」
その時、皇帝と皇妃、そして第二皇子が護衛を引き連れて、広間に入ってきた。
「何が起きているんだ?」
「きゃっ。テリーがっ。」
二人に向かって優雅にカーテシーをするエリーローゼ。
「わたくしは婚約破棄をしてきた皇太子殿下の仕置きをしている所ですわ。邪魔をすると、いかに皇帝陛下と皇妃様といえども…」
第二皇子、エリックが叫んだ。
「兄上をどうか許してくれないか?前からそなたの事が気になっていた。
婚約破棄をされたならば、どうか私と婚約して欲しい。」
「お断りします。」
そこへ、隣国から留学してきた、ジャック皇太子殿下が駆け込んできて、
「それならば、どうか俺と婚約して欲しい。美しいエリーローゼ。」
「それもお断りしますわ。」
いきなり窓を突き破り、竜が舞い降りて来て、人間の姿に変わり、
「美しき我が番よ。どうか、私と結婚して欲しい。」
「それもきっぱりお断りしますっ。」
全てを全力で断っている間に、テリー皇太子と二人の女性達は首まで床に沈み込んでいた。
皇帝が叫ぶ。
「せめて息子を助けてはくれまいか?そなたの言う事は正しい。だがこんな息子でも可愛い我が息子。」
皇妃も涙ながらに、
「お願いいたしますわ。我が息子だけでも。」
男爵令嬢のマリーと、妹のアリアが叫んだ。
「「私達はどうなるのよーーーー???」」
パチンとエリーローゼが指を鳴らせば、
3人は床から吐き出されて、床の上に転がる。
「何だか馬鹿らしくなってきたわ。」
王宮の広間を出ようとすれば、エリック第二皇子と、隣国のジャック皇太子と、番だと叫んだ竜神(名は知らぬ)が追いすがってくる。
「行かないでくれっ。どうか私の妻に。」
「いや、俺の妻に。」
「我が番に。」
エリーローゼはパチンと指を鳴らして、三人の時間を止めた。
「しつこいですわ。」
少なくとも10分は足止め出来るだろう。
あっけにとられる皇帝と皇妃、テリー皇太子達を残して、エリーローゼは王宮を後にした。
帰りの馬車に乗ろうとすれば、扉を開けてくれた御者の男が、エリーローゼに声をかける。
「このまま屋敷に戻れば、公爵様に叱られるのではないですか?」
「そうね。父と母に叱られて、妹の嫌がらせも悪化するでしょうね。」
かといって、第二皇子や隣国の皇太子の婚約者、訳の分からない竜神の番になんてなりたくはなかった。
もう、面倒ごとはうんざりする。
「それならば、私と来るか?」
いきなり、御者の男の姿が変わった。
ネジくれた角、美しい白い顔。長い黒髪。
どう見ても人間ではない。
「ちょっと、貴方は御者ではないわね。どうみても…」
「私は魔王だ。お前の価値を解っていないのは、この国の皇太子だけで、他の者は解っているようだな。お前を手に入れた者は、最強の力を得る事が出来る。」
「お断りします。わたくしは、争いごとは嫌いなの。」
「ならば、お前はどうしたい?お前の人生だ。どう生きたいのだ?」
「どうしたいって…わたくしは…」
エリーローゼは、悩んだ。
「わたくしはどうしたかったのかしら…今まで皇妃になる事を目標に生きてきたから…
でも、面倒毎は嫌なの。貴方と一緒にいったら、もっとも面倒毎に巻き込まれるでしょう。」
魔王は笑って、
「別に人間と敵対はしていない。人間と敵対していたのは、100年も前の事だ。今、魔族が暴れていると言う話は聞かないだろう?」
「確かにそうね。」
「私はのんびり、片田舎で暮らしている、善良な魔族だ。」
「信じられないわ。」
その時、時間を止めてあった3人の男達が追いかけて来た。
魔王はエリーローゼを抱き締めて。
「あいつらに渡したくはない。では参ろうか。」
「え???」
ふわりと空に浮かぶ。
竜神が、竜の姿になり、迫って来た。
「我が番を渡すわけには行かぬ。」
魔王は、魔法陣を展開して、
「お前の相手などしてられるか。」
そう言うと、エリーローゼと共にその場を転移し、姿を消すのであった。
片田舎の小さな屋敷で、魔王とエリーローゼは暮らし始めた。
使用人は2人いるが、エリーローゼは何もすることが無く、とても退屈だ。
だが、のんびり出来るので、ゆっくりと身体を休めて、ぼやっと空を眺めて過ごしている。
魔王(名は教えてくれなかった)は、エリーローゼに好きなように暮らすように言ってくれた。食事は共にとるが、後は放置されている。
とある日、魔王が楽し気にエリーローゼに、
「お前を帝国も、隣国も、竜神も、血眼になって探しているぞ。」
「あの人達諦めが悪いのですわね。わたくし、そんなに魅力的かしら。」
「違うな。皆、お前の力が欲しいのだ。」
「わたくしの力なんて、大した事はありませんわ。最強の力…貴方はそう言っていますけれども。」
「その最強の力、それさえあれば、人間の国等、いや、竜神の国だって思うがままよ。」
エリーローゼは魔王を見つめて、
「それなら、どうして貴方はわたくしを連れて来たのですの?この片田舎に。」
「人の国は美しい…その美しき国をお前は滅ぼす力を持っている。私は国を滅ぼしたくはないのだ。」
エリーローゼは驚いた。
「貴方は魔王なのですよね…?」
「だから言っただろう?魔王が勇者と戦ったのは100年も前の話だ。私は静かに暮らしていたい。この美しき国を愛しながら。」
窓の外に広がる景色は、緑豊かな森が広がって、
夕陽がエリーローゼと魔王を照らす。
エリーローゼは頷いて。
「わたくしだって、国を滅ぼしたくはありませんわ。どこの国も…
この美しき景色を焼いて、無くしたくはありません。貴方はわたくしを閉じ込めて下さったのですね。」
「ああ。そうだ。お前と言う恐ろしい力を、私の元に閉じ込めた。」
「それならば、わたくしをずっとここへ閉じ込めて下さいませ。わたくしは、ここで静かに暮らしたいですわ。」
「退屈だぞ。」
「解っていますわ。」
それから、エリーローゼは魔王と、二人の使用人と共に、この人里離れた辺境でひっそりと暮らし続けた。
時々、魔王は食料とか雑貨を、転移して手に入れて来る。
魔王は宝物を沢山持っているので、生活にはそれを売って困ってはいないのだ。
エリーローゼはそんな魔王との静かな暮らしを楽しんだ。
「でも、不満が一つありますわ。」
「何だ?」
「お名前をわたくし伺っておりません。」
「私の名前は魔王だ。魔王と呼ばれていたので、名前がない。」
「そうなのですか。」
「名をつけてくれぬか?」
「わたくしが貴方の名前を?」
「そうだ。」
「では、アレクティウスは如何でしょう。」
「アレクティウスだな。気に入った。だが、長くはないか?」
「普段はアレク様と呼びますわ。わたくしの事はエリーと呼んでくださって。」
「エリー。」
「アレク様。」
何だか擽ったい。まるで、夫婦みたいな、恋人同士みたいなそんな雰囲気で。
エリーローゼは真っ赤になった。
日に日にアレクティウスに対する愛しさが増していって。
「ねぇ。アレク様。今日も日が暮れて行きますわね。窓の外の夕日が綺麗。」
窓の外を眺めるエリーローゼの傍に立つアレクティウス。
夕陽に照らされたアレクティウスの横顔がとても整っていて、綺麗で。
「アレク様の横顔も綺麗…。魔王ってどうして美男なのかしら。」
「物語の魔王の事か?確かに物語の魔王は美男が多いな。」
「貴方の事も…とても美男だわ。」
「そういうお前も美しいぞ。エリー。」
「まぁ嬉しい。」
アレクティウスの傍に寄り添うエリーローゼ。
ふと、エリーローゼはアレクティウスに聞いてみる。
「貴方はどうして静かな暮らしを好むようになったのかしら…本当に美しいこの国を滅ぼしたくない。そう思っただけなの?」
「そうだな…私は長く生きてきた魔王だ。だが…最強の力を持ち、人間を殺し、国を支配する。その野望を勇者に打ち砕かれた。なんとか生き残った私に残されたのは、心の空虚のみ。
沢山の仲間が人間に殺され、私達も沢山の人間を殺した。何が残った?何が…
もう、静かに暮らしたいと私は思ったのだ。」
エリーローゼは愛し気にアレクティウスの長い髪を撫で、
「わたくしも同じ想いですわ。強い力を持っていますけれども…
公爵令嬢として両親の言いなりになって、妹や男爵令嬢に婚約者の皇太子殿下まで盗られて…何だかとても疲れてしまって。皇妃教育も頑張って、プライドも高く生きてきたわたくしは…わたくしは何のために生きてきたのかしら…」
二人は見つめ合う。
「すっかり秋も深くなって参りましたわ。もうすぐ冬…冬支度をしないとなりませんわね。」
「そうだな…だが今年はお前が傍にいるから、温かい。」
「え?わ、わたくしも…貴方が傍にいるから…とても…」
アレクティウスに手を握られた。
その温もりが嬉しくて…
アレクティウスはエリーローゼを見つめながら、
「お前となら生きる意味を見出せる気がするのだ。私の空虚な心を埋めてくれるか?」
エリーローゼは頷いて。
「わたくしも同じ想いですわ。貴方ならわたくしが生きる意味を教えてくれると思いますの。」
アレクティウスがお姫様抱っこをしてエリーローゼを寝室へ連れて行く。
「もうすぐ日が暮れる。お前を私の物にしてもいいか?」
エリーローゼは赤面して。
「ええ…愛しておりますわ。アレク様。」
「私も愛している。エリー。」
その夜、初めてアレクティウスとエリーローゼは結ばれた。
アレクティウスの腕に抱かれながら、エリーローゼは思った。
どうか、この幸せな生活が永遠に続きますように、エリーローゼは強くそう願った。
しかし、数日後、居場所を探り当てられたのか、皇帝が軍勢を引き連れて、この小さな屋敷を取り囲んだ。
竜神も隣国の皇太子も第二皇子も共に来ているらしく、転移魔法が使えないように、魔導士が空間に防御と言う魔法を展開していて。
アレクティウスはエリーローゼと共に窓から外を見下ろして、
「お前を迎えに来たようだな。」
「しつこい方達ですわね。」
怒りがこみ上げる。
静かに暮らしたかっただけなのに。
アレクティウスとただ、静かに。
あんな簡単な防御魔法が役に立つと?わたくしも舐められた物ね…
エリーローゼはアレクティウスと共に、庭に降り立った。
「わたくしをほっておいて下さればよかったのに…皇帝陛下。わたくしは怒っておりますのよ。」
馬に乗った皇帝は、
「お前の力を野放しにしておくわけにはいかぬ。その力、我が帝国の為に役立ってほしいのだ。」
第二皇子が叫ぶ。
「戻って来てくれ。エリーローゼ。愛しているっーー。」
隣国の皇太子も、叫ぶ。
「愛している。エリーローゼ。どうか私と共に我が国へっ。」
竜神も、
「我が番。我と竜の国へ行こう。」
エリーローゼはものすごく頭にきた。
どいつもこいつも…自分勝手な。
「お断りしますっ。」
呪文を唱える。
空に黒い渦が巻いて、凄い風が吹きすさび、
辺りの物を全て吹っ飛ばした。
うっとおしい、皇帝も、第二皇子も、隣国の皇太子も、竜神も、共に来ていた兵士達全てが吹き飛んで…そして誰もいなくなった。
自分の事を解ってくれるのは、魔王アレクティウスだけ…
エリーローゼはアレクティウスの傍に行って、
「貴方だけですわね…わたくしの望みを…心を解って下さったのは…」
「愛しいエリー。私がお前に結婚を申し込んだら、断るか?」
「いえ、貴方だけは断りませんわ。お受けしたいと思います。愛しい人…」
そう…わたくしはこの人を愛している…
この人だけがわたくしの事を解ってくれる…
エリーローゼはその後、アレクティウスと結婚し、この静かな片田舎でひっそりと暮らし続けた。
二人の間には子が出来るが、その子が世界の脅威となりうるのは又、後の話である。
今はただ、この静かな生活を二人で楽しむエリーローゼとアレクティウスであった。