第二話 言う通りなんてしたくない!
着任早々喧嘩を始めた魔術師ジンと女隊長トイ。
魔獣と戦うために息を合わさなければいけない二人が、こんな状態で魔獣と戦えるのか?
どうぞお楽しみください。
バディ。
それは魔獣対策に作られた特殊な制度。
押し寄せる複数の魔獣に対応するには、兵士が敵を押し留め、そこに照準を合わせて高位の広域殲滅魔術を展開するのが定石である。
そのため、部隊の指揮と魔術の展開は同時にはできない。
そこで、通常軍隊の指揮系統としてはあり得ない、部隊長と魔術師が同格というツートップの形を作った。
しかしその二人に意見の齟齬があれば、部隊の混乱は避けられない。
そこでその二人を『バディ』と呼び、協力する事が義務付けられていた。
だが。
「あのバカ何やってんだ!」
全身鎧に身を包んだトイは、目の前に舞い上がる土煙に悪態をついた。
迫りつつあった魔獣。
身構える隊員達。
命がけのぶつかり合いでその動きを止め、ジンの高位魔術で殲滅する。
それが手はずだった。
「抜剣!」
しかし会敵する前に魔術は放たれた。
密集状態でなければ、一撃で殲滅には至らない。
そして魔術は連発が効かない。
ジンはできると言っていたが、これまでの経験からそんな事は信じられない。
残りは魔術抜きで倒すしかない。
「おりゃあああぁぁぁ!」
土煙を破って飛び出してきた魔獣を槍斧で斬り伏せると、トイは全体に素早く指示を飛ばす。
「前衛、槍を構えて突撃! 後衛は討ちもらしに備えて十歩後退! 一匹たりとて後ろに通すな!」
『了解!』
「それとあのバカ魔術師に文句を言う口だけは残しておけよ!」
『了解!』
「突撃!」
『おおおぉぉぉ!』
トイが槍斧をかざして斬り込む。
その姿は隊員達には戦乙女に、うろたえる魔獣達には戦場の悪鬼に映った。
「あの方は何をやっていらっしゃるんですか!」
物見櫓の上で、ジンは怒りのあまり奥歯を噛み締めた。
事前の打ち合わせでは、兵士達が魔獣の群れとぶつかったところで、魔術を撃ち込む手筈だった。
それが今までの戦術だったからだそうだ。
しかしジンは、魔術の展開速度に絶対の自信を持っていた。
そこで群れが接近したタイミングで強力な一撃を撃ち込み、戦力を削ったところで兵士達と会敵させれば、被害も少なく勝利できると提案した。
ところが提案は却下され、これまで通りで行くと押し切られた。
納得のいかないジンは、実際にやって見せようと魔術を放った。
(これであの生意気な女隊長も僕の実力を知るでしょう……)
事実ジンが放った魔術は、魔獣の群れの半分近くを消滅させ、残った魔獣にも少なくないダメージを与えた。
残りを兵士達の隊列が受け止めた瞬間にもう一発撃ち込めば、戦闘もトイとの勝負も完全勝利。
しかし兵士達は弱った魔獣の群れに突撃し、あれよあれよと言う間にどんどん討ち取っていく。
「乱戦になってしまったら、大規模な魔術は使えないではないですか……!」
兵士達は所持する大きな盾に、対魔術軽減効果を付与されている。
正面から魔獣を盾で受け止めている時は問題ないが、乱戦で魔術が当たれば大ごとになる。
「くっ! 何で大人しく盾を構えて待てないのですか!」
仕方なく単体を正確に狙える雷の魔術に切り替え、ジンは八つ当たりのように魔獣を撃ち始めた。
「何してんだこのボンクラ貴族!」
「こちらのセリフですよ脳筋女!」
戦闘後、トイとジンは、お互いを見つけるなり怒鳴り始めた。
「何で待てねぇんだ!? こっちが押さえ込んでから撃つよう言っておいただろうが!?」
「ですから申し上げました! 僕は高速発動ができるから、二発目に間に合うと!」
「信じられるか! 前職の魔術師は、広域魔術は一日一回が限度って言ってたぞ!」
「僕は大小混ぜたら十は撃てます!」
「だとしたって初回はこっちのやり方に合わせろ!」
「拒否します! 一網打尽にしようとすれば、魔術の威力を高めざるを得ません! それでは装備で軽減しているとは言え、あなた方に被害が及びます!」
「オレ達を信用できねぇのか!?」
「無駄な傷を負う必要はないと言っているのです!」
「無駄たぁ何だ! 傷を負ってでも国を守るのがオレ達の誇りだ!」
「ならば女性に傷を付けさせないのは僕の誇りです!」
お互いに歯軋りをしながら睨み合う。
「そこまで言うんなら、今度の作戦はお前のやり方でやってやる。ただし、しくじったら命がけで責任取ってもらうぜ!」
「望むところです!」
火花が散るような視線を引きちぎるようにして、二人は足音荒く立ち去った。
「……撃破五十二体、逃走八体、軽傷者九名……。この奇跡みたいな戦果で、何で喧嘩するんだろう……」
副隊長のルブは、どちらを先にフォローするべきか悩みながら、大きく溜息をついた。
読了ありがとうございます。
キャラ名第二弾。女隊長トイ・ファンイ。
逆から読むと『インファイト』。
接近戦主体なのでこんな感じになりました。
第三話は明日朝七時投稿予定です。
よろしくお願いいたします。