甘い日本酒と苦い肴
卓上に透明な酒瓶を置いた。
私にとっては思い出深い日本酒だが、あのときは瓶の色が違った気がする。
手早くスマートフォンで検索をすると、大きい瓶は緑色で、小さい瓶が白色らしい。
私は一度に量を飲むタイプではない。
それでも数日で飲み切れるように、白くて小さな瓶を購入した。
うちには徳利もおちょこもない。
家に酒を飲む人がいないのだから当たり前だ。
いつも飲まない日本酒を買ったのは、唐突に昔のことを思い出したからである。
ちゃんとした容器の代わりに、100円ショップのプラスチック製のコップに酒を注いだ。
――どんな味がするんだろう。
あの日のことを思い出しながら、唇に酒を滑らせた。
「あ~、間違えたの買ってきちゃった」
父がよく知らない店の袋を提げて帰ってきた。
白色の電灯に当てられているのにも関わらず、顔は真っ赤だった。
時間は二十三時くらいだったと思う。
一軒か二軒飲んだ後だったに違いない。
「この酒あんまり好きじゃないんだよな」
独り言にしては大きい声でリビングに入ってきた。
私は本を読んでいたのだが、構わないと思ったのか気にしていなかったのか、戸棚からおちょこを持って――そうだ、おちょこは父親が持っていったんだった――私の隣に座った。
父親が瓶の蓋を開けて、酒をおちょこに注いでいく。
ぼん、ぼんと瓶の口が低く響く音を立てる。
少し黄がかったような透明な酒がおちょこのふちを滑り落ちるまで、父親は酒を注いだ。
少しでもおちょこを持ち上げると、酒が波打つ。
一滴もこぼさないようにしている姿は、先ほど酒を溢れさせたことと照らし合わせると、少し滑稽だった。
「いやぁ、やっぱり甘すぎる。 もうジュースだな、ジュース。 まずいジュースだよ」
そう言いながら一口でおちょこの中を空にしてしまう。
文句を言いながら、今度は雑に酒を注いだ。
まずいなら飲まなければいいのに。
そう思った私は、父の飲んでいる酒の味がひどく気になった。
「それ一口ちょうだいよ」
「だめ」
「なんで。 警察いないよ」
「お父さんのだからだめ」
未成年だからじゃないんかい。
「大きくなったらな。 そうだ。 二十歳を過ぎたらこれと同じ酒を買ってこよう。 『十年前こんな話したな』って振り返りながら乾杯しよう」
――十年前あんな話したな。
結局、その数年後に父には会えなくなった。
今思えば、酒癖が悪かったのが原因だったのでは、と思わずにはいられない。
数分もない父との思い出を振り返っていると、小さな酒瓶は空になってしまった。
なんだ。
甘くて飲みやすい、おいしい酒だったじゃないか。
父親は私みたいに十年前のことを思い出して、同じ酒を飲んでくれただろうか。
酒は甘かったはずなのに、喉の奥からアルコールの匂いがせりあがってきた。