天正十年
2-①
時は天正十年六月、織田家家臣、明智光秀は毛利氏征伐の為に中国地方に向かうはずの手勢を京の都へと急行させた。
「皆の者、駈けよ!! 敵は……本能寺にあり!!」
馬上の光秀は、喉が張り裂けんばかりに味方を叱咤した。
「殿を……信長様を何としてもお救いするのだ!!」
2-②
同年六月二日、戦国の魔王、織田信長は僅かな供回りと供に、京都の本能寺に滞在していた。
早朝、信長は不穏な気配を感じ、目を覚ました。それは、これまでの人生で幾度も家臣の裏切りに遭いながらも生き延び、覇道を邁進し続けてきた英傑ならではの勘とでもいうべきものであろう。
信長は近習の森蘭丸を呼び付け、「何れの手の者か見てまいれ!!」と命じ、しばらくすると様子を窺ってきた蘭丸が戻ってきた。
「どうであった? 大方、光秀あたりであろう?」
信長の問いに、蘭丸は困惑しながら答えた。
「いえ、それが……その……まんじゅうです」
信長は耳を疑った、敵対勢力でも、謀反を企てた家臣でもなく、まんじゅうが襲撃してきたと言うのか。頭に血が上った信長は枕元に立てかけてあった刀に手を掛けた。
「予を愚弄するか、蘭丸ッ!!」
「い、いえ!! 決してそのような事は──」
その時、全身血塗れになった近習が信長の寝所に転がり込んできた。
「と、殿!! お逃げ下さい、ま……まんじゅうが……っ!! ぐはっ!?」
近習は 生き絶えた……
「おい!! 気を確かに持て!! 一体何が──」
今度は、全身傷だらけの近習が転がり込んできた。
「殿、本能寺は既に夥しい数の敵勢に包囲されておりまする……!!」
「敵勢とは何者ぞ!?」
「ま……まんじゅう……グハッ!?」
近習は 生き絶えた……
信長はそっと襖を開けて庭の方を見た。そこには夥しい数のまんじゅうが徘徊していた。
「蘭丸よ……槍を持てぃ!! まんじゅうなんぞに我が覇道を阻ませてなるものか!!」
「ハハッ!! 某が、命に替えても血路を切り開いてみせまする!!」
「行くぞ蘭丸!! 俺達の天下布武はこれからだっ!!」
「はいっ!!」
「「うおおおおおおおおおっ!!」」
信長は打ち切り少年漫画の最終回みたいなテンションでまんじゅうの群れに突撃したと『信長公記』には記されて……いない。
2-③
「あぁ……そんな……そんな……」
信長の危機を救うべく駆けつけた光秀の眼前には、紅蓮の炎に包まれ、崩れゆく本能寺があった。
その後、光秀は密かに天下を狙っていた秀吉によって、信長を殺害した謀反人に仕立てあげられて山崎の戦いで命を落とした。
「……と、言うのが最新の研究で判明した本能寺の変の真実なのじゃ。このように、まんじゅうは人類がまだ地球に住んでおった遥か昔から歴史の影で暗躍していたのじゃよ」
「まんじゅう怖えぇーーー!?」
老人と孫の頭上を、まんじゅう撃滅の為に発進した宇宙戦艦がゆっくりと通り過ぎていった。