草食系? いいえ肉食系女子です
ルーク君……。
「九百……九十三!」
「……九百九十、四!」
「……九百、九十、五!」
やあ! オレの名はルーク。宿屋の裏庭で、朝の日課のシャドー訓練をしている所だ。
シャドーとは、今まで戦った敵を脳内で鮮明にイメージしながら戦う訓練だ。
ただ漫然と、剣を振るだけの素振りよりも効果は高いと感じる。
脳内のイメージとは言え、実際に戦った事がある相手だ。より鮮明に、具体的に、そのリアルに近い形の強さの相手が訓練になっている。
オレが本当に強くなるには、もっと色々必要だ。もっともっと総合的に強くならないと。
――特にこの前の、魔獣の巣のダンジョンだ。あの対人戦とは全く違う戦闘、本能的な魔獣の動きにオレは苦戦してしまったのだ。
「……九百、九十六!」(ハッ!)
……特にダンジョンボスだった大熊。アイツは強かった。
「……九百、九十七」(ブンッ!)
今はその、大熊との戦いをイメージしているところだ。
「……九百、九十八!」
ヘイトを取るだけで、守りを堅くする武技を多用して、何とか凌ぐ事が出来た相手だった。
この前の反省会では、皆からも安定したタンク役だったし、良い仕事をしたと褒めてくれたが。
けどオレは、もっとやれる事があった筈だって思うんだ。まだまだ全然駄目だ。
あの時も、過剰ヘイトだった場面もあるし、守りを固め過ぎて攻撃が出来なかった場面もある。
オレならもっと、有効な場面での攻撃も参加出来た筈だ。
「……九百、九十九!」
ユウコさんと本気でPTを組みたいなら、そのくらいは当然出来なければならない!
「……千……回!」(ここだっ!)
「ハアァあああああぁ~! 武技! 《ジャストシールドカウンター》」
ボス熊のイメージ、相手の攻撃を完全に受け流しつつ、その相手の勢いを利用し即座に盾でカウンター攻撃をする【武技】が完全に決まったイメージだ! よっし!
あの時、ボス熊と戦った時にオレが、まだ使いこなせなかった武技が今成功した。
――大丈夫だ。オレはあの時よりも、ちゃんと強くなっている! かなりの手応えを感じた。
この訓練の前には、街の外周を10周走り込みそしてこのシャドー訓練をー千回。だけどまだまだ足りない気がする。
汗も大量に流れていたので、井戸から水を汲みそのまま頭から一気に水を被った。
ふぅ~! さっぱりして、気持ちが良いな。やっぱ生活魔法の清潔だけでは、この爽快感は得られない。汚れを落とすだけなら、魔法のほうが便利だけどね。
水に濡れた頭や体を、オレは用意していたタオルで拭き取りながら少し休憩する。その後オレは、PTの皆と合流し朝食を食べ、今日も冒険者ギルドへと向かう事にする。
ユウコさんは、オレ達の装備の強化や、製造など最近は特に忙しくしていた。
鴉さんは、ドコかで鍛錬か? 今度一緒に、ギルドで依頼を受けてみるかどうか、誘ってみようかな? 今のPTって、あくまで臨時PTだからね。何となくだけど、皆も鴉さんとは壁があると感じる。
……なーんてね。肝心のオレ自身、皆とPTを組むの初めてだし慣れてはいないのだ。
決して人事じゃない。オレも頑張ろう! 気合を入れなおして歩く。そしてギルドへ到着した。
『あっ! ルークさん! 今って御一人ですか?』
そう声を掛けてきたのは、新人受付嬢の女性だった。
……名前は何て言ったかな? ユナさんだっけ?
まだ成人したてって感じではあるが、顔のソバカスがとても可愛らしく感じる女性だ。まだ仕事に不慣れで、見ていて危なっかしい所もあるけれど頑張っている。
彼女は最近、ギルドに採用されたばかりの新人さんだった。たまたま彼女の勤務初日に、オレの受付を担当をしてから、そのまま彼女がオレの窓口担当って感じになっている。
まぁ当然だけど、彼女がお休みの日以外だ。休日もオレと一緒に居る事は無い。
恐らくは、オレが冒険者としては比較的真面目で、問題を起こさない人物と見込まれてるからかなと思っている。それも当然だ。オレはもう、二度とあんな人生は歩みたくない。
それにきっと、あの敏腕美人受付嬢さんが動いて、新人の彼女がオレの担当なるように、きっと裏で手を回したに違いない。
「はい、オレ1人ですよ! 今日は良さげな依頼はありますか?」
『は、はい。ちょ、ちょっと待って下さいね!? えっと(パラパラッ)ソロで……中級~上級難易度の依頼……は、ちょっと今は無いみたいです。すみません(しょんぼり)』
「そ、そうですか。いえ大丈夫ですよ? では報酬は安くても構いませんので、ギルドで扱いに困っている依頼とかはありませんか? オレで対応出来る範囲の」
『それも今の所は……。残っているとしたら、かなり日数が掛かりそうな依頼だけです。他の困った塩漬け依頼は、ルークさんがここ数日で依頼を受けてくれたので、本当にいつも助かってます! ありがとうございます~(ぺこぺこ)』
「そうですか、うん、それじゃあまた来ます! 時間がある時は、なるべくギルドに顔を出しますね。それでは~!」
『あっ! あの、る、ルークさん! 私、明日ってお休みなんです! る、ルークさんは? 明日って、何か予定とか、あったりしますか? もも、もし良かったら一緒に、お食事でも(小声)』
「え? 明日? 急な予定が入る――可能性はあるけど。それは、PTリーダーのユウコさん次第なんだ。だから約束は気安くは出来ないかな。ごめんね?」
(これは、もしかしてデートのお誘いなのかな? しかし周りの視線がヤバイな。ここは彼女の為にも、一旦お断りするしかない)
『いえいえ。《霊銀級》ユウコさんのPTに、ルークさんは所属されているのですから。お忙しいのは当然ですよね。あ、あの、ルークさんて、ユウコさんとPTを、今組んでいるのですが、でもそれまでは、ずっとソロ専だったルークさんが、急にPTを組むなんて、それは何故ですか? 私なんかが理由を聞いてしまっても、宜しければなのですが……』
「そうだね、オレが今までソロ専だったのは、今すぐPTを組んで何か大きな事をしたかったからじゃない。今の自分の実力を見極め、まずはソロでも出来る事をやりたくて。1から自分を鍛え上げる為だったんです。小さな依頼からコツコツと。PTを組んでしまったら、そんな事は出来ませんからね。でも今は、光栄にも尊敬する冒険者であるユウコさんからの直々のお誘いで、こうして臨時ではありますがPTを組んで、だからまだオレは、正式なメンバーではない。でもだからこそ、毎日鍛錬を重ね、あの《霊銀級》冒険者のユウコさんと、対等な関係で一緒に冒険の旅が出来るくらいになりたい。今はそれだけです」
(こんな事を言ってて、何だか恥ずかしくなるな)
『こ、恋……恋人とか? なんですか? お付き合いされているんですか? ユウコさんとは』
「あははは! 恋人なんてとてもとても。そんな恐れ多いです。オレなんかじゃ、ユウコさんに釣り合いませんから。ユウコさんはオレよりも、遥か雲の上の存在なんです。だからオレとは、そんな関係じゃないですし、オレはそういう気持ちは無いです。もしオレが誰かを恋人にするのなら、そうですね……【ユナ】さんみたいな人が良いですね~。あはは、それじゃ! また来ます~」
オレはそう言って、少し急ぎ足でギルドを後にした。
……ちょっとガラじゃなかった。らしくないぞオレ。10代のガキかよ。
その後オレは、一心不乱に自己鍛錬をしたのだった。
「まずは鍛錬! オレに色恋はまだ早い! ただ鍛錬あるのみ」
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そして、ルークが去ったギルド内では……。
『ちょっとユナ~? 聞いてたわよ? 貴女ばっかり、ルーク君と仲良くしててズルイわ! たまには私にも担当させなさいよ~!』
『そうよそうよー! いくら上司から指示があったとしても、たまにならいいじゃない~? ルーク様と、私もお話ししたーい!』
「はわゎ~……。で、でもっ、別に仲良くって言ってもですね、る、ルークさんとは、お仕事の話しだけですからね! そんな先輩達こそ、何を考えてるんですか? 皆でそんな風に言うのでしたら、私もこの件をギルマス達に言いつけちゃいますよ? いいんですか~? ふふーん」
『ギャーギャー『ムキィー!』』 あーあーうるさいでーす。
ふー……。何とか収まりましたです。
まだ少し、外野でブーブー聞こえますが、聞こえないフリです。
それにしても、ルークさん。恋人いないの本当かな?
本当は私も、皆と同じ様にルークさんと仲良くなりたいのです!
あの年齢で、すでに《金級》冒険者で。
礼儀も正しくて、仕事は迅速丁寧。
そして地味にイケメン。
人当たりも良し。
PTや人間関係も良好で、変な虫……恋人はいない!
笑顔なんか、超素敵なんですよね~(はーと)私もルークさんに、もっとアタック出来れば良いのにな! 緊張しちゃって全然話せないの! 悔しい~
いつか周りの先輩達を出し抜き、ルークさんの恋人の座はきっと。
私が……絶対掴み取りますから!
――逃がしませんよルークさん。




