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1つの仮説

『……(コンコンッ)失礼する。私は《鴉》と呼ばれている銀級冒険者だ』


 そう部屋に入るなり、挨拶してきたのは烏羽色の竜人《鴉-カラス-》だった。


――その竜人は、どこかで見た事がある気がした。


 冒険者ランクは銀級と聞いたが、それ以上の【何か】をこの竜人からは感じる。単なる竜人じゃあ……ないな。そして、それを感じたのは俺だけではなかった。


 眷属の魔狼と魔鼠も『この者は強いです!』と、そう俺に警戒を呼びかけてきた。


「(大丈夫だ、安心しろ。相手にはそもそも敵意は無いようだ)」


 そう眷属達には、思念を飛ばして落ち着かせ俺は念の為に竜人を『ヘルプ参照』する。


……なるほどな。()()()()()()()()()のは間違い無かった。


 ヘルプ参照した俺には、すぐにそれが何か分かった。竜人ではなく【竜族】ね……。


「(椅子に座ったまま挨拶しても、相手からの印象は悪い気がする)」


 俺は一旦立ち上がり、竜人の彼女へと挨拶をする事にした。


「……初めまして? (カラス)さん。私はユウコ。一応金級冒険者」


「そしてこの子が、魔狼あすかで、こっちが魔鼠もっちー。皆私の眷属で家族」


 コクリ。と竜人も肯いてから口を開き本題に入ってきた。


『丁寧な自己紹介痛み入る。実は貴殿に少しお聞きしたい事がありこうして参った次第』


 《鴉》はどこか緊張しているようで、部屋の入り口から全く動く様子が無い。


「(……ここは俺の方から、何か働きかけるのがいいか?)」


 そう考えた俺は、まずはこの竜人を落ち着かせようと、一旦ベッドに腰掛けるようにと促した。


「このまま立ち話も何なので。まずはそちらのベッドへ座って下さい」


 竜人は肯き、俺に言われた通りベッドに腰を掛けた。


『実は私は、同族の竜人を探している。カルシファーと言う男で自分のつがいだ』


 そして真剣な様子で、カルシファーという竜人の事を細かく説明してきた。


「カルシファーさん? すみませんが、私の知り合いにはいませんね」


 俺に心当たりは全く無かった。正直、見た事も聞いた事も無い。


――だが。目の前の相手は真剣そのものだ。だから俺も、本気で向き合う事にした。


『そこは気になさずとも良い。それを踏まえてむしろ本題はここからなのだ』


 そうして、更に詳しい事情を説明してきたのだ。


 実は以前から、俺の事を王都で見掛けて知っていた事。(やっぱりか)

 その際に、俺の体から《ある人物の臭い》がした事。


 その臭いの人物は、怪しい仮面の男だという事。

 その男は人間では無い事。(ひょっとして魔物変化か?)


 その男に襲われたカルシファーが、重傷を受け更に奇妙な病に冒された事。そのせいで、彼が自分の元から離れた事。


(その病とは、何だろうか?)


 彼だけではなく、その怪しい男の事も追っているという事。

 その男の臭いが、少なくとも《2度》俺の体から臭ったという事だ。


『間違いなく、貴殿からはその男の臭いがした。間違いなく接触している筈だ』


 この竜人は、ずっと真剣な表情だ。だから俺も、真剣にじっと考え込んでから口を開いた。


「その怪しい男に、私は会った記憶が無い」


「男の臭いがしたと言われても、それがどういう事なのかが分からない」


『ではどんな情報でもいい。きっと何かある筈だ。思い出してくれないか!』


 竜人は深く頭を下げながら、俺にそうお願いしてきたのだ。そんな風にされたら、とても無碍には出来ない。


【俺はその男を知らないが、俺の体からはその男の臭いがした】これが問題の焦点だ。


「私から臭いがしたのは2度。これが最大のヒントになりそうだ」


「1度目は、私が王都へ来てすぐ」

「2度目は、私がダンジョン制覇をして戻った時」


 竜人もその通りだと肯く。


 王都へ到着する前後に、そのような怪しい男と接触した記憶はない。ダンジョン制覇前後も同じくだ。


 むしろ。ダンジョン制覇の時は人目を忍んで、ソロで行動したくらいなのだ。他の誰かと接触する筈がない。


 王都行き前後で、俺と接触した人は数え切れないので今は考えないでおこう。

 そして、ダンジョンで接触した存在を挙げていくならば……。


「ゴブリン、レッドキャップ、魔狼、元冒険者達の遺体くらいか」


 そして今ここにいる、魔狼からはその臭いがしないのならば……。魔狼自身と、元冒険者達も外れるか?


 そうなると残りは、ゴブリンとレッドキャップ《殺し屋》だけだ。しかし、そもそもゴブリンは臭いし、それが特別な臭いではない筈だ。


……消去法でいけば、レッドキャップ《殺し屋》が怪しい。だが怪しい男の姿と、レッドキャップの姿は聞いた限り一致しない。


 そうすると? もしかして?


「これは推測に過ぎない。1つの仮説でしかないが聞くか?」


『勿論だ。どのような話でもいい。聞かせてくれ』


 肯く烏羽色の竜人『鴉』に、俺は1つの仮説を語り始めた。

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