カルシファーの暴走
『(グルルッ)ヨ、ヨルナ、俺、カラ(ガハッ)は、はなれ、ろ……』
……愛しい貴方は、そんな言葉を私へと吐き出し、ついに私の前から去って行った。
――【300年】それが、貴方に出会えるまでに掛かった私の時間だ。
成竜してから、約300年。やっと出会えた生涯の伴侶が貴方だった。私は幸せだった。一緒に居られるだけで、それだけで充分な日々だった。
当然、新しい家族も出来たら……なんて事を考えたのは、一度や二度では無い。こんな事になるのは、私が多くを望み過ぎてしまったせいなのだろうか?
……何故こうなったのか? それには少し時間は遡る。
私の番であるカルシファーが、ある日の夜に突然怪しい男に襲撃され戦った。人型でも充分に強いカルシファーだったが、彼は温厚で争いを好まない性格だった。
そして私と出会い、番となってから、お互いに人型でここに隠れ住むように、とても静かで平和な暮らしをしてきた。
ここは山岳地帯で、元々人も住まない様な辺鄙な場所であった。しかし私達は、それでも慎重に人目を忍んで生活をしていた。
――そこに突然、ヤツが現れた。奇妙な仮面を被り、その割りにピシッとした服装をした妙な男だ。しかしその男からは、とても醜悪な臭いがした……。
この男は決して人では無い『臭い』だ。とてもまともな存在ではない。私達はそう感じた。
この怪しい男からの、突然の襲撃にもすぐに対応するカルシファーだったが。その彼に『そこに隠れていろ』と言われ、その通りになって物陰に隠れて見守る私だ。
カルシファーと怪しい男は、何やら会話しながら激しく戦っている。
「いざとなれば、彼が変身してすぐ終わるだろう」そう思っていた私は、激しく戦う2人を見届ける事につい夢中になり、仮面の男の視界に姿を見せてしまったのだった。
そして、そのせいで2人の戦いは終わった。全部私のせいだ。
カルシファーが、仮面の男の予想以上に強く、応戦してきたせいなのかはわからない。突如として仮面の男が、カルシファーの隙を突き、私を人質にした。
動きを制限されたカルシファーは、そしてすぐ男の手によって私達の弱点を貫かれ敗れた。
(あの男の手が禍々しく変化し、カルシファーの核を貫いた。あの男は一体何者なんだ?)
カルシファーを倒し、それで満足したのか怪しい仮面の男は唐突に去って行った。
そして解放された私は、すぐに彼へと駆け寄った。良かった。カルシファーはまだ生きている。
その意識こそは無いが、呼吸もありまだ生きている。核も貫かれてはいたが、完全に破壊されてはいなかったようだ。
彼は生命力に溢れた男だ! そう簡単には死なない! 私は必死にカルシファーの看病を続けた。
「どうか死なないで。生きて」こうして彼と出会うまで、300年も掛かったのだ。私はもっと一緒に居たかった。
私だけを置いて、先に逝かないでくれ。私は泣きながら彼の看病をした。
彼は核の辺りが痛むのか、それとも悪い夢でも見ているのか。寝ているカルシファーは、滝のような汗を掻きながらうなされ続けた。
ずっとうなされている彼を見て、私は心配で心配で堪らなかった。
早く目覚めてくれ。
私の名前を呼んでくれ。
私の顔を見て微笑んでくれ。
そして泣き顔の私の頭を、そっと優しく撫でて欲しい。
何度何度も、そう願った。
そして看病の甲斐もあったのか、それはわからないが。あの男との戦いから、数日過ぎた頃にやっとカルシファーは意識を取り戻した。
『心配を掛けたな』と優しく声を掛けてくれるカルシファー。
私にも、やっと笑顔が戻った。
それからは、少しずつであるが元気を取り戻していくカルシファーだったが、核へ受けた傷は全く完治しないらしい。
時折、胸を押さえ苦しそうな姿(発作)を私に見せるようになった。
(あの我慢強いカルシファーが、ここまで苦しめられ続けるなんて)
一体あの男は、彼に何をしたのか?
そしてその目的は、何だったのだろうか?
もし彼の命が目的なら、トドメを確実に刺すだろう。だがそれをしなかった。彼の核だけ貫いて、その死を確認もせず満足げに去っていったのだ。
――恐らく。彼を殺す事が目的ではなかった? 私自身も無事だったのも不思議だ。人質にはされたが、カルシファーの核に攻撃を加えた後、私はすぐ男からは解放されたのだ。
本当に意味が分からない。あの男の目的は何? 私達の命を奪うのものでは無かったのか?
そう言えば、仮面の男はこうも言っていた。
男は私達の正体を、最初から知っていて襲った事を。そしてカルシファーが、自分の優秀な手駒になるとか言っていたのだ。
やれ世界を混乱させるとか。街を破壊させるとか。そんな事を語っていた気がする。
男の真意はわからないが、彼があんな男の配下になるなどありえない。カルシファーが本気を出せばきっとあんな奴は瞬殺だった筈なのだ。
私のカルシファーは、凄く強いのだから! それに私も彼も、誇り高き一族の末裔だ。
油断さえしなければ、本来の姿であったならきっと負けはしなかった。今でもそう思っている。
あの男への復讐心もあったが、まずは目覚めた彼の看病が一番だ。また2人の、静かで平穏な毎日が続いた。
発作《核に激痛》が起こると、言葉も行動が段々と攻撃的になる彼だった。それでも、決してカルシファーに直接私は乱暴をされたりしなかった。
発作《核に激痛》の間隔が短くなり、どんどん変質していくカルシファー。変わっていくカルシファーに、私は何も出来なかった。
……そして冒頭に繋がる。人型も維持できない様子で、カルシファーは段々変化しつつあった。
しかもその姿は、とても以前の彼のものではない。とても醜悪な姿に変質していたのだ。
私の大好きだった彼の匂いも、不快な『臭い』に変わっていく。
どこか仮面の男と近いような。そんな臭気を放っているカルシファー。
『もう、追い掛けて来るな! お前を殺したくないんだ。もう俺はこれ以上衝動を抑えきれない』
彼は苦しげにそう私に告げ、逃げるように去っていった。私はどうしたら良いかわからず、ずっとその場所に立ち尽くした。
……だけどやっぱり。言われた通りに、私はカルシファーを諦められなかった。私は彼を、何とかしてあげたかった。
やがてすぐに、そう決意した私は旅の荷物を纏めた。彼を見つけるまで、この家には帰らない。私はそう決めた。
愛しいカルシファーの匂い、それと憎きあの仮面の男の臭いは決して忘れはしない。
――私はきっと、カルシファーを探し出す!
そうして私は、彼の消息を尋ねて街を巡る【竜人の冒険者《烏羽色の竜人》】となった。




