母親の手の記憶
……ダンジョンが、凄く気になって仕方が無い!
しかも、相手がゴブリン程度なら、俺だけでも戦力的には問題ない。
いやむしろ、他の人がいると俺が全力を出せない。
後は、そのダンジョンのボスとやらが、どの程度の魔物なのかが問題だ。
まずは情報を集めよう。俺はそう結論した。
「それじゃ~お仕事さっさと終わらせてこ! まずはそこからだ」
王都の商人ギルドから用意されていた、専用の作業場へと俺は向かいながら考える。
王都へ来るまでに、前もって作成していた作り置きの美容品の在庫は三ヶ月分だ。
そしてギルドからの依頼は6ヶ月分で、つまりは残り半分を作成すればいい訳になる。
「って言っても、追加したい新商品も考えてあるんだよなぁ」
そうなのだ。そしてまず考えていたのは【廉価品】だった。
――ハッキリ言えば、今の俺の商品はセレブの裕福層向けの商品なのだ。
そして今後は、当初の販売価格の3倍の値段になる。標準の美容クリームでさえも、銀貨3枚もするのだ。
そして香り付きの高級品は、更にその倍のお値段の銀貨6枚。ワーオ! お高いですね!
それではきっと、とてもではないが一般家庭の奥様達には、手が届かない事だろう。
――そう考えた俺は、ふと前世の母親の事を思い出した。
俺の父親が病気で早く死に、以後は女手1つで俺達を育ててくれた偉大な母だった。
毎日毎日、母親は仕事をしながらも、家事や育児をしなければいけなかった。他に頼れる親類など、存在しなかったせいもある。
そして母の睡眠時間は、削りに削られていった。元は美しかったその肌や、とても暖かかった手はいつしか痛々しく、荒れまくっていたのだ。
そんな母親の、そのあかぎれた手を毎日見て俺達は育った。
この世界で、何かを作ろうと思った時【美容品】と頭に浮かんだのも、もしかしてそのせいだったのかもしれない。
だから俺が作る美容品は、元の世界の俺の母親のような、毎日頑張っている一般家庭の母親達にこそ使って欲しい。
(お金は、沢山持っている人達からその分貰えばいい)
もっとお安く、可能な限り良い物を提供したい。
――だからこそ、今回考えたのが廉価品だった。
それには、使用する素材の原価を限界まで下げ、一度に大量に作れるようにする必要がある。
その為には、今まで贅沢に使用していた素材(薬効)もその効果などを更に細かく絞り込むのだ。
必要な薬効は維持しながら、製造に必要な素材の原価を抑えて厳選するのだ。そうすれば、コストはどんどん下がる筈だ。ただの劣化品を作るのとは、全然コンセプトが違う!
そうして試行錯誤を繰り返し、錬金スキルも上がったおかげで、製造ランクの低い物ならば大量生産も可能になった。
具体的に言えば、今まで300個単位だった生産力が、廉価品ならば一度に1000個作れるのだ。
――大幅なコストダウンと、一括大量生産による革命。
この製作方法によって、美容品の廉価品が俺の手で製造が可能になった。
そして廉価品の価格は大銅貨2枚だ。俺にはギリギリ、儲けが出るか出ないか程度になる。以前は通常品で銀貨1枚販売していたのだから、単純に比べても1/5以下の価格だ。
これならもっと、皆に俺の美容品を使って貰えるだろう。
「廉価クリームで、寝る前の全身ケア」
「廉価ジェルは、普段のお肌のお手入れに」
「廉価サプリは、疲れを癒す成分と栄養補給」
「廉価石鹸は、普段から清潔を維持して病気予防もなる」
「廉価シャンプー各種は、髪をいつも綺麗にサラサラ健康的に」
ちょっと頑張れば、その辺の子供でも母親へのプレゼントに買えるぐらいの、そんな値段設定だ。
コンセプトとしては【キレイな母さんは好きですか?】
前世の母親にも、こんな物を作ってあげられたら良かったな……。死ぬ前に、もっと母親孝行したかった。
――そしてお次は【高級品】の種類も増やすのだ。
具体的には、今の高級品(香り付き)は柑橘系の匂いだけだ。それを以前からも考えていた、香草系の香りも追加するのだ。
これって実は、結構基本だよね? だからこれもきっと、大人気になるし沢山売れると思う。
よし、これも6ヶ月分作っちゃおう。よーし決めた! ドンドン作っていこう~。
毎日頑張る、この世界の母親達の美容と健康は、これから俺が守るぜ!
――俺の、果たせなかった親孝行。母親への代わりに。




