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悪意

王都行きの前です。

『チキショウッ! あの小娘ッ!』


 そんな台詞を、繰り返し何度も呟いていたのは、薄汚れた格好をした中年の冒険者の男だ。


 彼はあの小娘、ユウコに冒険者ギルドで、屈辱的な煮え湯を飲まされた。


……そう、最近割りと有名な女冒険者だ。


 当時はまだ、正式に冒険者になっていなかった、完全な街娘でしかなかったユウコの、たったワンパンで。


 その街娘に、ワンパンで完全に沈められた彼は、当然周囲からの嘲笑を受けたのだった。


 まだ彼が若く、この先も希望に満ち溢れた存在であったならば、立ち直れる見込みはあっただろう。


 一時的に周りから嘲笑されようとも、同調して自分から周囲に自虐をしながら、それなりに誤魔化せただろう。


――そして、自分の過ちを素直に認められただろう。


 時には酒の肴にして、仲間達との笑い話にも出来ただろう。


 だが彼は、そうではなかった。


 年齢と経験を重ね、冒険者としてそれなりにはなったが、もう無理の効かないその体は、実はもう限界に近かった。


――ただ生きていくだけ。それだけのお金を稼ぐ毎日。


 今ある金で酒を飲み、たまに女を買い、抱いて、寝る。

 ある意味では、冒険者として普通だとも言える生活だ。


 だがそんな生活では、当然のように彼だけを愛すべき人も、自分が守るべき家族もいない。


 そんな彼には、真の友人と呼べるような存在もまたいなかったのが負の連鎖に繋がる。


 チンピラ紛いの冒険者としての、孤独で空虚な日々だ。

 特別なスキルも、選ばれし者のような強運もなく、この20年以上の年月を重ねても、ついに一流と呼ばれる冒険者にはなれなかった。


 いつしか彼は諦めていた。それでも彼は冒険者を続けた。

 

 だからこそ、自分の冒険者としての年月や経験にしがみつき、それを糧として生きていた。


 自分の実力や、その志の高さなどではなく、ベテラン冒険者だという【矜持】だけで今を生きていたのだ。


 だがそれは、彼がこれまで何度か行ってきた【新人を見たら先輩が心構えを教えてやるぜ】的な、軽はずみな行為の結果により、あの小娘ユウコに冒険者としての自分の矜持を砕かれ、多少はまだあったかもしれない周囲からの信用も、まさに一瞬で地に堕ちたのである。


 彼はそれまで以上に、毎日酒に溺れるようになり、たまに受けた仕事も、無責任に途中で投げ出すようになった。


 そんな彼には、もうまともな仕事は受けられようもなかった。


 住んでいた部屋も、金が無くなり追い出された。金が無ければ、満足な食事や酒も飲めなくなる。


 そして彼は、こうなった原因は全てあの【小娘】の責任だと恨んだのだ。


 その小娘、ユウコは順調に依頼の成功を重ねており、今では鉄級冒険者に上がったそうだ。


 その堅実で真摯な仕事ぶりは、依頼を出した街の住民や同業の冒険者だけではなく、今ではギルドの上層部職員にも非常に受けが良く、新人とは思えない程の高い評価を得ていたのだった。


――彼は、だから許せなかった。

 

 自分をこんな風にした存在が、ただ成功していくのを。憎しみと嫉妬心で、その身を焦がし続けた。


 辺りはもう暗く、ただでさえ薄暗い路地裏だった。


 そこで今日、何度目かもわからない、ユウコへ呪詛にも似た言葉を吐き続けていたその男。


――そんな時だ。


 安酒を飲みながら、フラフラ歩く彼のすぐ後ろから、声がしたのだ。


『イィーッネェ? お前ェ。歪みがイィーッ感じに育ってるジャンッ、ジャンッ? 実にイイッ! グゥレイトッ! 合格ゥ』


 慌てて振り返る彼は、自分の胸に鋭い痛みを感じた。


『グッ……。俺に一体、何しやがる。お、お前は誰だッ!?』


 そして、その場で倒れる彼の目には、誰も映ってはいなかった。


 そう、誰もいない。気のせい、男の錯覚だったのか?


『だがこの胸の痛みは……。チキショウ……いてぇ』


 そうして彼は、耐え難い激痛により意識を失った。


 だが暫くすると、通りかかった街の住人により、彼は起こされた。何時も酔っ払って、道端で寝るのも日常だった彼だ。


 またきっと、酔ったまま道で寝ていたのだろうと思われたに違いない。


 目が覚めた今、不思議と体に痛みや異常は無かった。


 だが男の日常は、それからも特に変わらなかったのだが。


 若く希望に満ち溢れたユウコを、彼はひたすら憎み妬んだ。

 ユウコの事を考えると、その度に胸がズキズキと疼いた。


 ユウコを付回し、()()()()()()()()()と狙うような事も増えた。


 そしてある日、その男は知った。ユウコが最近、何故か羽振りが良いという事に。


 この街の孤児院にも、何度も顔を出し特定の少女と特別親しい事を知った。

 そしてその少女を、大金を出して身請けする事まで。


『金だ……。あいつは金を持っていやがる!』


 自分を、こんな酷い目に合わせた奴なのだ。

 こっちにも()()()()()()()()じゃないか。


 そして男は考えた。あれでユウコは腕っ節は強いのだ。

 自分では、何度まともに戦っても勝てないだろう。


 例え不意をついて襲い、金目の物を狙っても……。それでもきっと返り討ちの可能性が高い。


 それではリスクが高過ぎる。


 小娘の住む部屋にでも、金目の物があればユウコが居ない間にそれを狙うのもアリだ。


 だがあの小娘の部屋が、この街では有名な宿屋だけに、常時それなりに周囲の目があるのが問題だった。


 そして彼は、盗賊のようなスキルは、一切持っていない。


 それに、あまり目立ちたくはない。お尋ね者の犯罪者として、生涯追われるのは真っ平御免なのだ。


 そこで考えた。


『あのガキだ! 幼児相手なら攫うのも簡単。どうにでもなる』


 目隠しでもして、口に猿轡でもすれば、攫ってどこかに放置するだけでもいい。


 そしてユウコに【身代金】を持ってこさせるのさ!


 そうだな、銀貨50……いや100枚くらい要求してやる。


 そのくらいは持ってるって話だ。


 俺は顔を布ででも隠し、その金を受け取った後はガキの居場所を教えてやればいい。


 ただそれだけだ。そう、それだけさ……。殺しなんかは、する必要は無いんだ。


 あの生意気な小娘に、()()()()()()()()()()()()だけさ。


 そう考えていただけで、ズキズキと胸が疼いた。チクショウ、今夜は特に胸が疼くぜ……。


 だが楽しみだ。ヒヒッ。その日はそう遠くないぜェ?

待ってろよ小娘。


 人生にはよくあると言う、辛いお勉強ってヤツを教えてやるぜェ!


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