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【短編】リエングラの竜

作者: Ryuguji

 飛行船リエングラは42キロ毎時の速度でその進路を北に取り進んでいた。リエングラは今まさに嵐の空域を抜けようとしていた。

「この嵐の中を突き進むのは無茶ですぞ」

「構わん」

 艦長はいつものようにデルートの忠言を無視した。

「いやいや、艦長。さすがにこの雲はヤバいですって」

 俺も艦長の説得に協力するが、艦長は首を縦に振らなかった。

「艦長、翼の強度が足りてないのです。窓からも翼が普段の倍はしなっているのが見えますか。直に折れてしまいますぞ」

 デルートはメカニックらしくいくつかの数字を上げ、艦長の説得を試みるが、艦長は一向に進路を変えようとしなかった。

 俺と、デルートで艦長の説得を長々と繰り返すうちにリエングラは嵐の中に突入しようとしていた。

 もう俺らは知らねーぞという投げやりな考えになっていたところで。

――ぎよん、ぎよん、ばきぃ、ぴいいいいいいいい。

 俺の擬音語のセンスがどうかしていると思っている諸君のために説明しておく。

ぎよん、ぎよん――これはリエングラの主翼である鋼鉄製の翼が大きくたわんだ音である。もちろん、普段リエングラはこんな音を立てない。

ばきぃ――これは恐らくだか、主翼とエンジンを結んでいるパイプの一部が吹っ飛んだ音である。それ以外であれば俺たちは死ぬ。

最後に、ぴいいいいいいいという音だがそのパイプが風を切る音である。外を見ればパイプが切り裂いた風が綺麗に渦を成すのが分かった。

「デルート、あれを見てみろ。あれがこないだ言っていたカルマン渦ってやつだ」

「なるほど……本当に見事に渦になるものだな」

「あのあの!? 皆死ぬ気なの!?」

 艦長室に寝巻のまま駆け込んできたミゼルが無理やり艦長から操縦桿を奪うと、進路は一時東にとられた。艦長は誰とも目を合わせようとしなかった。


不時着0日目深夜 ロゼル王国西海岸 リエングラ艦長室


 リエングラは当たり前だが不時着した。着陸に適した砂浜があったのは幸運だった。

「お父さん、何考えてるの!?」

「いやぁ……、嵐を突っ切るのって漢のロマンだし。スペック的には突破できるはずだったんだよ」

「リエングラ正規の補修パーツを使っていれば、あの嵐でも問題はありませんでしたが、いまやリエングラは純正パーツの方が少ないことを忘れてはいけませんぞ」

「分かってるよ。本当に今回は反省してる」

 彼にしては珍しく気落ちしていた。それを見てゾホホ、とデルートは笑った。それが良くなかった。

「デルート! あなたもお父さんと付き合い長いんだからちゃんと止めてよ!」

「う、面目有りません」

 ミゼルに言いくるめられ、大人二人は意気消沈としていた。寝間着姿の少女に言いくるめられてる様は完全にだめな大人である。

 まあリエングラはこんな感じで、だめな大人たちのせいでしょっちゅう不時着する。雲より高く上がらないのも、いつ故障してもいいようにだし、補修用の部品も大量に搭載している。なのでこんなのはいつものことなのだが。

「そ、ソラも艦長室にいたんだから、……と、止めてよねっ」

 最近、お世話になっている飛行船の艦長の娘(兼航海士)の様子がおかしい。



不時着1日目夜明け前 ロゼル王国西海岸 リエングラの主翼上


 夜が明ける前に測位作業を行う必要があった。ここでも一悶着あったが、ミゼルではなく俺が行うことになった。難しいことではない。いくつかの星の位置と角度を元に地図上に数本の線を引いていく。雲は多いがいくつかの主要な星は発見でき、ここがロゼル王国西部らしいことが判明した。

「お嬢の様子が最近おかしいのだが」

 リエングラの主翼上で作業しているとデルートが声をかけてきた。いくつかの工具をガチャガチャ鳴らしているところを見ると故障個所を調べていたらしい。

 デルートは性別不明、正体不明の謎のメカニックである。いつも溶接用のマスクと怪しげな紫の作業服を着こんでおり、俺は素顔を見たことはない。

 そんなデルートだが、知識欲はすさまじく、ことあるごとにあちらの世界の話をせがまれる。

「どうもこうもないよ。船にいきなり同年代の男が生えてきた戸惑ってるだけだよ。向こうが慣れれば、俺もデルート達みたいに叱られるよ」

「お主の場合は生えてきた、というよりは降ってきただがの」

 デルートの茶々を無視して続ける。

「多分、何かを言いたいんだと思う」

「お主はその何かも、大体は察しがついているようじゃが」

「ミゼルにはとても感謝してるよ。もちろんデルートと艦長にも。でも無くしたものが空の向こうに多すぎてちょっとまだ戸惑ってるんだ。整理が付いたら改めてみんなに話すよ」

「お嬢もまだ、空の向こうに無くしたものに踏ん切りがついたわけではない──いや全てを終わらせるために旅をしていると言ってもいい。頼むから中途半端な覚悟でお嬢を傷つけるなよ」



不時着2日目早朝 ロゼル草原上空 パルステア内


 「ね、寝ていいわよ?」

 相変わらずミゼルは挙動不審だった。それでも操縦桿を握る手つきには怪しい所がなかったので、少し安心する。

 リエングラには小型の飛行機パルステアが付いていて、少量の物資補給であればリエングラを飛行させたまま行うことができる。

 不法入国を繰り返す俺たちがまさかリエングラでロゼル王都に乗り込むわけにもいかない。こうしてパルステアで距離を稼ぐわけだ。(ちなみにリエングラはいつ故障してもいいように、辺境というのすら憚られる僻地を飛んでいる)

「……こうして後ろに乗るのも久しぶりかな」

「ソラが運転できるようになってからは……そうかも」

 会話が途切れた。まあ眠っていても問題ないかと思い目をつむったが、目を閉じても眠れるわけではない。両脇からのエンジンが風魔石を砕く音がうるさいし、何よりここ最近の彼女の様子がおかしいことが気がかりになって眠れない。

「ねぇ、ソラ。私、昨日デルートとあなたが話しているのを聞いちゃった」

 寝たふりをした方がいい。直観的にそう悟った。デルートもたまにはいいことを言う。覚悟の無い人間同士が傷をなめ合うべきではないのだ。

「私じゃあ、あなたの心を空から引っ張ってこれないかな」

「俺はここにいる。それは間違いないよ」

 それだけはちゃんと彼女に伝えておこうと思った。結局それから会話はなかった。きっと彼女も俺も、何かをお互いに伝えあいたいはずなのに。



不時着2日目夜 ロゼル王都 宿『やどかり亭』


 デルートの要求した部品の完成には数日かかかりそうとのことで、俺とミゼルはロゼル王都の宿に宿泊していた。リエングラではきっと大人たちが酒瓶を転がしているだろう。

 一階の食事処はそこそこに賑わっていた。宿泊客以外も多く、芸人たちが多くの芸をして場を沸かせていた。

 俺たちはホールの端っこに陣取ると簡単な肉料理を頼んだ。

「うーん、やっぱりリエングラでの食事は早急に解決しないといけない課題よねぇ」

 相変わらずミゼルは食事にはうるさい。

「まさかリエングラの上で食べ物を作るわけにはいかないし今まで通りこまめに補給していくしかないんじゃないかな」


 肉料理もあらかた食べ終わり、リンゴに似た果実をつまんでいると。

「ねぇソラ。あなたリエングラを降りる気はない?」

「え?」

 その質問はあまりにも唐突だったので、どう答えようか迷った。そうしているうちに彼女は言葉を続けてくる。

「ソラは賢いからすぐにここでも仕事は見つかるだろうし、ずっとリエングラにとどまる必要はないと思うの。私とお父さんの旅にこれ以上、あなたを付き合わせたくないの」

「お願いソラ。リエングラを降りてほしいの。そして全部が終わって、私が生きていたら。私の返るべき場所になって欲しい」

 矢継ぎ早に繰り出される言葉に、それがミゼルが数か月心にため込んできたものだと分かった。しかしそれがどういう意図の告白か、俺には分かりかねた。ミゼルは泣きそうな顔で、俺にここで決断を求めているようだった。そして、その答えはずいぶん前から決まっている。

「嫌だね。誰がお前のことなんて待っていてやるか。俺はこっちに来て確かに悲しいけど、リエングラとかいうとんでもないものに乗って旅ができるんだ。これからの俺の人生、楽しいものにしてくれよ航海士長」

 そうだ。初めから答え何て決まっていて。異世界を飛ぶ翼を前に、我慢できる人間なんているわけがない。

 そっか、とミゼルは笑ってくれた。少し泣いていたようにも見えたけど。

「よろしく頼むね副航海士さん」

 ミゼルのその顔を見て、今から俺は本当にこの世界で生きていこうと思った。


 ホールがにわかにざわめきだした。どうしたのかとミゼルと顔を見合わせる。ホールの中央のメインステージには誰もいないようだが。周りの人たちは全員、中央のステージを見ているようだった。

『あーあー、拡声魔法のテスト中ー。聞こえる人は手を上げてねー。だいじょうぶー?』

 やけに間延びした声の正体は、やはり中央のステージにいるようだった。

「ウサギのぬいぐるみ……?」

 全長30cmくらいの白いウサギのぬいぐるみだった。どうやら今日の主役は彼女らしかった。

『それじゃあ一曲目いきまーす』


 食事後、俺の部屋に集まり予定を話し合った。そういえばと、先ほど気になったことを聞いてみた。

「なあ、ぬいぐるみが動いて歌うっていうのはこっちの世界じゃよくあることなのか?」

「魔法で動かしているのよ。術者は多分、近くの席に座ってる誰かよ」

 意外にも、ウサギのぬいぐるみは歌が上手かった。是非ともリエングラの歌姫になって欲しい。ミゼルの少ない欠点の一つが音楽の才能が少しだけ欠けていることだろう。

「高い触媒を使う高度な魔術よ。こんな所で見られるのは本当にラッキーよ」

「なるほど通りで手触りがいいわけだ」

 ウサギのぬいぐるみはモコモコしているが手櫛が通るという絶妙な塩梅の毛並みをしていた。

「も、持ってきたの?」

「ついてきた」

「ついてくるわけないでしょ!? は、早く返さなきゃ。魔法触媒って本当に高いのよっ。と、とりあえず一階ホールで持ち主を探しましょう」

「その心配はないかしらー。お仲間を見つけてうれしいからくっついてみただけだったり」

 ミゼルは固まった。ウサギの人形は会話をしている。術者は近くにいなさそうだ。

「私はパウダー、ウサギの人形に魂を閉じ込められた元人間なのー」

 そういうとウサギは机によじ登り、一礼をすると、その赤い目で俺を見た。

「ふぇっ、あなた人間なのー? オートマタかホムンクルスか、アンドロイドかと思ったんだけど……これはとんでもないわ、生きてて恥ずかしくないのかな」

「おいウサギ、素に戻ってるぞ」

「よしクソ雑魚人間! 私を元の体に戻す手伝いをするうさー」

「キャラがぶれてんぞ」

「あー、もしもしお父さん。いや部品は大丈夫そうなんだけどまたソラが厄介事を拾ってきそうな感じで……。へ、私? いやそのぉ、その話はまた今度!」

長編用プロットの供養。

パウダーさんはメインヒロイン枠だったけど、短編でそれをするとミゼルと被るので、量産型なのーキャラにしてしまった。無念。筆力の無さが空しい。そのせいで短編として一貫性無いしなんだかなぁという気持ち。


やっぱり書いてて思ったのは長編用のプロットを短編で供養するのは無理があるということだった。ちゃんと書くならがっつり設定削るの分かってても盛っちゃう。多分上手い人はこの話を2000文字くらいでさらりと書くんだろうなと思った。


やりたいことはやれたから全体的に満足しているけど、やっぱりパウダーさんの体を探しに南極に行ってお風呂イベントとか書きたかった。(パウダーさんとかこの短編にいらないよね。反省)


一応、3時間チャレンジで自分の筆力を試した企画なので大きな変更とかは加えません。

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