それを知る前の自分には戻れない小説
Bさんが変わったのは満月の夜のことである。
規則正しい時計のようなBさんは、何故だかいつもとは違う行動をとりたくなった。闇を飲み込むほどにまばゆい光が、彼をオオカミ男にしてしまったらしい。彼はふとジャズバーに入っていった。
普段なら絶対に入ることのないお洒落な空間は、とても濃密で色んな___歌ったり、踊ったり、楽器を奏でる___人がいた。
けれど敷居は高くなく、素人のBさんでも楽しめそうな家庭的な雰囲気があった。
彼はリズミカルにサックスを弾く男に誘われるように、カウンターの席に腰を下ろした。
「見ない顔だね、初めて?」
「えぇ、まぁ」
「ここは楽しいところさ。マスターになんでも頼んで……好きなものを食べて思っ切り楽しむといい」
年若い和やかなマスターは、はにかみながらBさんを眺める。欠けることのない温かな光を彼は感じた。
「何かオススメを見繕って下さい」
その場から男は消え、冒険者だけが残っていた。光に照らされるたびに、かつての残影は消えていく。
未知という大海原を縦横無尽にかけていき、高揚した探究心にBさんは突き動かされる。
けれど航海者のもとにやって来たのは、一杯の暖かいココアだった。
「ココア……ですか」
思わず面食らってしまった。
「お酒か何かと思いましたか?」
見透かしたようなグレーの瞳が、悪戯っぽく笑う。けれどその光に陰りはない。
「ここは空調をキツめに設定してあるので、外から来た人には寒いと思うんです。それに、滅多にしないことをしたら疲れてしまうでしょう?」
___だから最初は温まってもらおうと思って。
なんて妖しく美しい満月なのだろう。光はこの人なのかと、彼は錯覚しそうになった。サックスの男が演奏に戻ったのにも気付かずに、彼はホスピタリティのあるマスターに絆されれてこのジャズバーの虜になってしまった。
新しい刺激が、男を突き動かす。
彼女の視界に入りたくて、楽器も始めた。スウィングという独特のノリをサックスの男に教わりながら、感覚だけの世界に溺れていく。
「今日こそマスターに告白するんだ」
そういう彼は、今日もその言葉を胸に秘めたままジャズバーの住人になった。
私は叔父の影響からか、ジャズ系の音楽を聴くのが好きです。彼の部屋は喫茶店のような雰囲気で、とても落ち着くことができます。
何が好き?と聞かれても、叔父が好きなのをテキトーにかけているので題名までは分かりません。
でも一曲だけ。
アートロッキーアンドメッセンジャーのモーニンだけは今でも大好きです。
爽やかでポップな音楽なので、朝の目覚ましの音にでも使うと良いかと。