振り返る人が出てくる小説
「見返り美人」
確か、そんな名前の浮世絵があった。
遠い昔、美術の時間で見た少し後ろを振り返って見ている日本の昔の絵だ。別に芸術に興味があるわけではないのだけれど、なぜだかその絵に深く惹き込まれた。
「アレ、もう少しでうなじが見えるのになァ」
「急にナニ言ってんだよ」
「え、ああ……ごめんごめん」
気になって声に出てしまうほど、頭はその絵でいっぱいだった。なんという絵ではない、ただ少し振り返っているだけの女性の絵だ。
「あ、美穂ちゃんこっち見てたぞ」
「え、まじか。嘘つくなよ」
高木美穂は、誰もが振り返るような女性ではない。ただ何故か視線を釘付けにする不思議な何かを持っている人だった。
わざわざ後ろを振り向いてまで、俺の事を見るとは思えないし……今日は一体どうしたのであろうか。
長い彼女の黒髪に隠された真っ白なうなじがやけに気になる。絵と一緒に、どっちも見て見たくなる。
そんな不埒な考えをしていると、件の彼女は意を決したようにこっちに戻って来るではないか。なんとなく自分の方へ来ている気がする。
___え、え、え。
これは“ワンチャン”と言うものを考えてもいいのではないのであろうか。
「あの……」
高木美穂の顔は赤くリンゴのようになっている。
「はい」
「藤木さん、次は大事なプレゼンがあるって言ってましたよね」
「あぁ……そうですねぇ」
なおも言いづらそうにしている。こう焦らされるともしもの答えを考えてしまうじゃないか。
そう思った時だった。
「プレゼンに行く前に、トイレで身だしなみを上から下まで確認してから言った方がいいですよ」
「あ……アドバイス?」
「ええ、そんなものです」
彼女がいなくなった後、ふと自分の身だしなみを調べる。
大きく開いた社会の窓。
俺も彼女ももう振り返ることはなかった。
私はよく後ろを振り返ることがあります。
物音がするとか、気配を感じるとか。
この話は「何か気になることがあって振り返る」という感じでしたが、「石橋を叩いて渡る」という言葉もあります。
自分のした事を一度見直すという作業を欠かさず、慎重に生きるという意味だと自分は教わりました。
でも、その時その時を何も考えずに生きることも必要だと思います。
そんな自分は説明書を読まないタイプです。やることなすこと全てフィーリング。やったらやりっぱなし。
「あ、何しようとしてるんだっけ」
そう思うこともしばしばあります。
そんなどうしようもない人間ですが、見てくださってありがとうございます。