003 世界を救ってと頼まれる。
「……さすがにやり過ぎではないですか?」
開口一番、そう言われた。
確かにそうかも、と思ったけれど無視をする。自分が思うよりも驚いていたということにしておこう。驚きのあまり、少々行きすぎた対応になった、と。
キがドウテンしました。
「えー……わ、わかりました。貴方はそういうとき、躊躇いがないということが……」
どういうことかな?
「おほん」
などと、とてもわざとらしく咳をして仕切り直した女神(仮)。リセットには成功したようだ。
僕が動かした机や椅子で潰れたと思ったら、光になって霧散した。粉が舞い上がるようにパフンと。そして散った光の粉がみるみる集まり、元の姿を形作った。
まるで問題無いように話し掛けてきたので、このまま聞くことにする。
「貴方に、お願いがあって参りました」
どこからかガタガタと動く音がする。
なんだろう? 机かな?
「まま待ってください! 話を聞いてください! 何でそんなに短気なんですか!?」
まずその自信に溢れたような顔をやめろ。
ドヤ顔とも言う。
立ち振舞い……はさっき残念な感じだったが、それでもなんとなく感じられるオーラというか印象から、人をはるかに超越した存在というのはわかってる。
でもだからと言って、お願いする立場ならちゃんとそれらしい態度で言ってほしい。
そこは譲らない。
「あ、あー……そう、ですね。申し訳ありませんでした」
その言葉を聞いて、僕の心はいくらか穏やかさを取り戻した。
扉から一歩、教室だった宇宙に入る。
僕は飛べるので心配はしていなかったけれど、宇宙には床、踏めるナニかがちゃんとあった。そう見えているだけでまだここは教室のままなのかもしれない。
そういえば踏んだ感触はいつものリノリウム製の床のような気がする。
「私の名前はセークリアハラス。この世界を管理、観察している存在です。人からすれば神、と言ってもおかしくない者です」
「略してセクハラ神」
「ちょっ……!」
「ごめんなさい、冗談が過ぎました。本当に思いついただけです」
「んもう…………貴方に、お願いがあって参りました。どうか、話を聞いてもらえないでしょうか?」
「わかりました。約束はできませんが、聞くだけならばまずはいいですよ」
そう答えると、女神(本物だった)は初めて嬉しそうに口の端を上げた。安堵の表情にも思える。
これでようやく対等な雰囲気で話ができそうだ。
だがしかし、話を聞く前に一つ、しておかないといけない事がある。
僕は忘れ物を取りに来た高校生であり、校門に先生を待たせている身分である。そちらをどうにかしないでは、じっくりと話も聞けないというものだ。
「それくらいなら任せて下さい。忘れ物を取って戻り、挨拶をして帰った、という事にしますね?」
それでいいです。
うなずいた僕を見て女神が指をたてると、チリーンと音がした。何かしたらしい。まぁ任せておこう。
母さんには自分で連絡しとこうかな。「ちょっと遅くなる。ごめん」とメール。
「――では早速なんですが、貴方には世界を救う助けをしてもらいたいのです。場所は異世界。私とはまた別の存在が管理、観察している世界になります」
異世界なのかよ。
まぁこの世界の危機じゃないのはよかった、かな?
しかし、あるんだ……異世界。
「ことの始まりは私達――えーと、『観察者』と自称したりしてます――が、ちょっと仲違いをしまして……殺したり浮気したり、滅したり結婚したりしてですね」
いったいどこの神話なのか。
「まぁそれはもう丸く収まったんですけど」
「丸く収まったんだ……」
「ですが犠牲が無かった訳でもありません。一人の『観察者』が身を捧げました。といっても消滅したのではなくて、極めて弱体化した状態で『観察者』としての力を九割九分九厘ほど無くしているだけです」
だけ、で済む話なのかそれは? まぁ丸く収まったと言うのだし、触らないでおく。気になるけど。
つまりその『観察者』とやらが弱体化したままでは世界が危ないってことか?
「えっと、弱体化したままでも観察は行えるので、世界が消えたりはしないんです。問題は管理の方でして。世界を維持するのには観察していればいいのですが、動かす為、生命の営みを続ける為には私達の力を注がなければいけません。その力が弱体化した彼女には無いのです」
「なるほど。ポンプの無い水槽みたいなものかな?」
「ええ、その理解で大丈夫です。――そして今、力が無い彼女に代わって、私が力を注いでいます。多少の差違はありますが、基本的には変わらないので代用が可能なんです。元々、私とは性質が似ているのもあるんですけど」
「ん? ということは今その世界っていうのは……」
「はい。観察と管理は行えています。彼女もいつかは力を取り戻すはずですから、このまま時が経てばまた元の状態に戻れるでしょう」
世界の危機じゃないじゃん。
どの辺に僕が関わる要素があるんだろうか。
僕がわからずに首をひねると、それを察した女神は、
「その世界では自然物に含まれる『観察者』の力の一端を魔力と呼んで、魔法を使います。つまり貴方と同じようなことができるんです。ですが力を注ぐのが私に代わったことで、異変が起きてしまいました。――――『魔王』を名乗る者が生まれたのです」
魔王。
魔法が使えると聞いた時点でピーンときたけれど、まさか本当に登場するとは……
「魔王は私の力に触れて、弱体化した彼女の力との違いを感じとり、『観察者』という上位存在に気がついたようです。このままではいずれ……下手をすると『観察者』の力そのものを手にするまでに至るかもしれません」
「…………至ったら、どうなる?」
「世界を改変できるほどの力を、その世界で生きる個人が持つことになります。その危険性、想像できると思います――貴方なら」
「……」
なるほど確かに世界の危機だ。
だから僕なのか。
その魔王とやらに匹敵する、超能力を持っている僕に、その魔王を倒せと言うわけだ。
「いいえ。倒すのはあくまでもあちらの世界の者です。貴方にはその助力を願いたいのです」
「んん? 僕を送り込むってことは、そういうことじゃないのか?」
「できればあちらの世界の生命には『観察者』の力を知られたくなくて……特異な才能を持った魔王を勇者達が倒す、という形に納めたいんです」
「はぁーん、そういうこと」
つまり、自分達を脅かす可能性、存在を作りたくないわけだ。
目的は管理、観察だというならば、余計な争いの種を増やしたくはないんだろう。なんか神話みたいなことしたらしいけど、それもひょっとしたら滅多にないことで、だからこそ続けて問題を起こしたくないのか。
んー……
聞きたいのはこれくらいかな? 根掘り葉掘り聞いてもいいんだろうけれど、答えてくれるとは限らないし。
というか初めから受けるつもりで頼まれ事を聞く僕の心情では、これくらいがちょうどいい塩梅だ。相手に頼む姿勢を強要したことと釣り合うと思うから。
ならば、
「事情はわかったよ。僕でよければ力になる」
「っ! ――ありがとうございます。このお礼は必ず、何でもいってくださいね! ほんとに何でもできるので!」
僕が少し黙っていたからか、女神は答えを聞いて嬉しそうにしている。
しかし『なんでも』とは豪華なお礼だな。親指まで立ててポーズする様は、まるで説得力に欠けているんだけど。
流石ですね女神様、と言っておく。
でも僕もまた割となんでもできるので、即物的な欲って少ないんだよね。そうだなぁ、世界平和とかでいいや。
「ふふ、わかりました。また思い付いたら言ってくださいね」
本当にありがとうございます、ともう一度お礼を言って、女神は深々とお辞儀をした。
その仕草にはとても気持ちが込められているように見え、なんというか、とても生き物らしい、高い知性を持った存在らしさが感じられた。
神のような存在なのに、とても人間のようだった。
導入としては長く感じるかもしれませんが、次の話ではもう異世界に行ってますよ。