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ジンさん

彼が何者だったのか。

彼はどこへ消えたのか。

今になっても、その答えはわからない。

わかるのはあの夏の休日。あの公園で、彼、ジンと初めて会ったという事実だけだ。


ーーーーーーー


季節は夏。とある休日のことである。

私は職も無く、毎日が休日のような生活をしていた。所謂ニートというやつだ。最早休日も平日も関係ないのだが、この日は世間的に休日だったのである。

ニートと言えども、私は家に引きこもったりしない。外に出て、散歩くらいはした。

しかし行く宛も特にはない。ならばと近くの公園に足を運び、木陰にあるベンチで本でも読むことにした。

公園に着いても元気な子供の声は何一つ聞こえない。寂れた滑り台と、色の剥げたブランコ。誰も手をつけていないことが一目でわかる砂場が、寂しそうに佇んでいる。公園の入口には、看板が立っており、侵入者を威圧していた。

だが、一つだけ例外があった。私が目当てできたベンチに、一人、くたびれ果てたような老人がいるのだ。

幸いベンチは三人がけ。私は、老人が座っている場所の対局に腰掛けた。

すると、その老人が口を開いた。

「昔はなぁ、休日の公園って言ったら騒がしかったもんさ」

ボケたおじいちゃんの独り言かもしれないので、私は黙っている。

しかし老人は言葉を続けた。

「それが逆に心地よくてなぁ。俺も子供たちの透き通るような声や曇りなく輝く瞳に沢山の元気をもらったんだよ。それが今はどうだ。だぁれもいやしない。」

「はぁ」

「原因はわかる。あの看板のせいだ」

老人は入口の看板に目をやった。

「あんなものがあれば誰も来ない。あれはこの聖域を犯す者に対する砲台だ。全く、どちらが聖域を犯しているのかも知らずにな」

老人の話はまだ続く。

「この街にも魅力がなくなったもんだ。平日も休日も関係なく、不気味なくらいに静かだ。みんながみんな、見えない誰かに怯えて暮らしている」

確かそうかもしれない。仕事をしていた時も、誰かに注意をされるのではと恐ろしくて、いつもビクビクしていた。

「それに比べて俺の街の休日はいいものだった。一年中涼しい風が吹き、街を子供たちが走り回るのさ。その光景が俺は大好きだった」

「へぇ。どこの街なんですか?」

「ユトピさ」

「ゆとぴ?聞いたことがない街ですね……」

「それはそうさ。この世界に知るものは十人といない、空の街さ」

どうやらこの老人はボケているらしい。最近流行りの認知症というやつだ。怖いものだ。私も気をつけなくては。

「ユトピはな……」

それから一日、ユトピという街の話を聞かされた。いや、一日に留まらない。数日間は聞かされ、とうとう家にまで招待されたのだ。名前はジンというらしく、これがまた良く喋る老人であった。

ところがある日、ジンの言う言葉が様変わりしたのだ。

「実はな。俺の夢にユトピの使者が出たんだ」

「へー」

「そろそろ迎えにいくってな。今から楽しみで仕方がないよ。あの街に帰れると思うと、ワクワクする」

行方不明にだけはならないでくれよ……ジンさん……。

しかし数日は同じ話を聞かされているわけだ。少しだけいたずら心が芽生えてしまう。

「ところでジンさんはいつユトピにいたんですか?子供の頃ですか?そもそも何でこの街に来たのですか?」

すると、ジンさんはびっくりした顔になって、うーんと頭を捻り始めた。

「実はな。記憶が曖昧なんだ。どうしてここに来たのか。いつ住んでいたのか。ユトピの街は思い出せるのに、そのことが全く思い出せない。わからないんだ」

なるほど。ボケた辻褄は合わされることなく、ぼかされているわけか。

ジンさんはまた、ユトピについて喋り始めた。思い出に胸を馳せるように。目を輝かせ、ノスタルジックに浸りながら。

私はその日以来、ジンさんと会うことはなくなった。

ジンさんが行方不明になった。私と別れた最後の日以来、公園に現れることがなくなった。まさか倒れているのでは?と家にも行ったが、驚くことに、全く知らない別の誰かが住んでいるのだ。しかし、その家にあがったこともあるし、中を見たこともある。公園の光景には代わりないし、訳が分からなくなった。私は、夢を見ていたのか?


ーーーーーーー


結局、ジンさんはどこに行ってしまったのだろうか。私は夢を見ていたのだろうか。ユトピは実在するのだろうか。

様々な謎を残したまま、その出来事はある夏の思い出となって、私の中に残り続けている。



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