ミーティングアルファ
stageトリスタの屋敷
sideトリスタ
世界のすべてを冒険するーーそれは俺の始まりにして終わりである夢だ。
それは今も変わらず、俺の胸のなかで眠り続けており、しかし確かにだんだんと大きく膨らんできていた。
それは風船のようであり
それはシャボン玉のようでもあり
それは弦を引き力を溜める弓矢のようでもあり
そして眠りから覚めようと地底よりエネルギーを溜め込んでいる火山のマグマのようでもあった。
今、見神が死にかけている。
これは見過ごせないことだ。
こんなとき俺ならどうするだろうか?
決まっている。薬を探すために旅に出るのだ。
数多の物語で語られる主人公達のように俺も世界をまたぐ旅に出る!
「そいっ!」
「ぎゃ!」
「ったく、なにトリップしてるんだ?」
「へあ?」
声が聞こえた後ろを見れば鋼が呆れた様子でこちらを見て、そのまま歩き去っていくと俺の3つ先にある席についた。
周りを見ればそこは屋敷の食堂。
古い木造建築の建物故にその食堂は和風…とかではない。
俺が古くからこの屋敷に遊びに来る人物に食べ物を奮ったり泊めたり遊んだりしてきた結果なのか、ここに遊びに来た様々な人種の者達がどこからか持ってきた色々と違うテーブルや椅子がここには置いてあるのだ。
それ故にテーブルの高さ、椅子の大きさまでも違う。
例えば俺が座っているのは「ギミックチェア」と呼ばれるからくり椅子で、座ると背もたれが後ろからビュッと出てくるという何とも微妙な黄色い椅子だ。
しかし、初見ではこのギミックチェアに気付くことが出来ないため、初めて座る人がよく後ろの背もたれに二度見や驚き抜かすことも少なくない。ので、気紛れに俺が気になるあの子の反応が見たくてつい座らせることもある。
他にもそのあまりの心地好さに誰もが堕落するというとあるだらずな堕落家で有名な人の負の遺産「堕落神の使徒」。
座っているという状態からありとあらゆる不意討ちに対抗するために作られたという伝説のからくり椅子「孤高の腰掛け」やその双子とも噂されている椅子そのものを武器にするという試みから作られた「チェアウェポン」。
肘掛けに装備されたボタンを押すと天井へと撥ね飛ばされる「緊急脱出装置(笑)」などなど本当にしょうもないものから座るまでドキドキするようなものまであったりする。
ちなみに鋼が座っているのは「盗賊の処刑台」と呼ばれる赤黒い歴史を持つ鉄椅子だったりする。
背もたれに本物のギロチンがあり、その下には手枷らしきものが置かれているというヤバイ椅子。
なぜそんなものまで置かれているのか甚だ疑問なのだし、座ると呪われそうなものをなぜ不幸体質の鋼が座っているのかも謎。
ま、まあ今はそのギロチンを上げられないようにしっかりと溶接してあるし、座っても特に何か問題があったわけでもないので、気にならない人には気にならないのだろう。
でも、鋼。お前は気にしろよ。
閑話休題。
さて、すっかり話がずれてしまったな。
とりあえず食堂に集まった理由は簡単で、単純に夕飯の時間だからである。
鋼はこの夕飯が終わると残った依頼を消化しなくちゃならないとか何とか言ってどこかに行くので、ミーティングも兼ねてのご飯としなくちゃならねぇ。
何せ今言わないとあいつ最低三日は帰らないからな…。
俺は合掌した。
「そんじゃ、いただきまーす!」
「「「「いただきまーす!」」」」
今日のメニューはシルフィお手製の魚ハンバーグ。
米は切らしてので、代わりにコッペパンを主食にしている。
最近、米が高いんだよなぁ…。
しかしまあ、この世界は地球じゃないからそもそも米があったことにも驚きだったんだよなぁ…。
米が発見されたのは今から90年ほど前。100年前に現れた異世界の勇者の一人が偶然にも見付けたことが原因だったらしい。
今の俺からすれば偉大な英雄である。
まあ、その勇者も寿命でとっくに死んでいるのだが…。
「鋼」
「なんだ?」
トマトスープを飲んでいた鋼に声を掛けた。
「明日、シルフィと一緒にガマ油取りにエルフの森行ってくれねぇか?」
これを聞くと鋼が眉を潜めた。
「ガマ油?」
「最近採れるらしいぜ?」
「ほう」
鋼はしばらく沈黙した後、「…考えておく」とだけ返した。
「行くならシルフィとファンプ連れてけ。エルフは人見知り激しいからな」
「…そうだな」
よし、鋼はこんなもんでいいだろ。
あとは……。
「ゴクゴクゴクゴク……」
あそこでトマトスープの馬鹿飲みしてるロリババアにあの件を頼んでおくかな。
それにしてもこのスープ。なんかやたらと美味しいな?
もしや、いつものトマトではなく、ホルルトが持ってきた超熟トマトを使ったな?
トマトの濃厚な味が際立って具が活かせてねぇ。いやこれでも活かそうと努力したような味付けはしてあるようなのだが、それらを全てぶち抜いて際立たせるトマトの素材の良さが具の味をぶち壊している。
なんて恐ろしく冒涜的な野菜を使ってやがるんだこいつ。
「おい、ババア」
「なんじゃー? あとババアって言うな」
「トマウリタートルの甲羅、持ってないか?」
「トマウリタートルじゃと?」
機嫌良くスープを飲んでいたホルルトが手を止めて真顔でこちらを向く。真顔止めろ。なんか真剣にやらなくちゃいけなくなっちゃうだろうが。
「そんなもん何に使う気じゃ?」
「強いて言うなら大道芸に使う」
「大道芸?」
「彼女にでも自慢する気かの?」と冗談混じりにスープを飲む。
だから、俺は「そうだよ」と真面目な顔をして返した。
「は?」
何故か動揺するババア。
ただただ真剣な顔をしてババアの目を見詰める俺。
「お前、彼女いたのか?」
「ああ、いるよ」
「ほ、ほう…。レトアか?」
「いや、違うね」
「じゃあ、誰かのう」
「誰だろうね」
そう言いながらそーっとホルルトの後ろに回る。
「お、おい?」
「ホルルトが気にする必要はない」
「いや何故お前が…いや何でもない」
やたらとこちらをちらちらと見て顔を赤らめるババア。
そんなことは知らぬという顔で、俺はババアに話し掛ける。
「ところで、スープは美味しいですかな?」
「あ、ああ、美味しいぞ。…ってお前が作ったんじゃないじゃろ!?」
「そんなことなどどうでもいいのです!」
「なんか口調もおかし「おかしくありません」いや絶対におかしいって!」
「うるさい」と鋼に言われようが、外野乙女2名に観られようが関係ない。ここまで来ればあとちょっとなのだから。
俺はそっとババアの手を捕った。
それを見てババアがビクッ! と肩を揺らして口をあわあわし始めた。
「…何を動揺しているのですか?」
「は、はあ!? 誰が動揺など!」
「手が震えてますよ?」
「はう!」
見詰め合う二人。
俺はこれからの予感に怪しげな笑みを浮かべて、顔を近付けた。
ホルルトは顔をもう真っ赤にさせ、目を滅茶苦茶に泳がせていた。
「…まったく愉快な方だ」
「あ、あわあわわ!」
「どれ…もっと愉快にしてあげましょうかね?」
「え…え!? もっと愉快にするってどういうこと!?」と内心バレバレの乙女ハートなロリババアが顔を熱くさせつつ、息を整えようと必死になっている。
だから俺は猫のように目を細めて、ニィ…とさらに笑みを深くしながら、そっと握っていた手をほどきその手を下ろした。
「え?」
より正確にはババアが座っている椅子の肘掛けへと。
瞬間のことだった。
ババアが俺の視界から消えた。代わりに、バネがそこにあった。
上を見れば、乙女ババアが割りと硬い天井にへばりついていた。
座面に仕掛けられていたバネがババアを天井へと叩き付けていたのだ。
緊急脱出装置(笑)。そのからくり椅子に座っていたのは偶然か運命か? 何はともあれこのババアのことだ。やっぱり楽しいことになったな。
ホルルトとトリスタの茶番中のこと
雪「ところで、鋼は止めなくてよかったのかい?」
鋼「俺の話は既に終わっている。あんな茶番に参加する義務はない」
今回座ってた皆の椅子
トリスタ…「ギミックチェア」
鋼…「盗賊の処刑台」
雪…「アサシンチェア」
シルフィ…「歌姫の魔器」
ファンプ…「アメージングハンマー」
ホルルト…「緊急脱出装置(笑)」
キャラクター以上の個性を持つ椅子って…
ボツ案
「ギミックチェア」
個人的背もたれリアクションベスト3にはうちの鋼がランクインしている。
あの超反応は凄かったなぁ。
さすが鋼と言うべきだろうか。座った直後、背もたれが出てくる気配を察して瞬間的に立ち上がり、木刀ですぐさま迎撃体勢に入ってたもんなぁ。
あのあとの沈黙は凄く笑えたんだけど、鋼の空気がやばそうだったので堪えるのに必死でした(笑)。
ちなみに一番はロリババアことホルルト。最初座ったとき気付かなかったらしく、俺と他愛ない会話をしていたのだが、つい後ろに仰け反ったとき背もたれに気付き思わず二度見。そのあと、頭が真っ白になったのかぽかーんとした表情になったのが三秒。じわじわ来る感じで徐々に口が「お」の形になったかと思えば突然「おっほおおおおおお!!!」と凄まじく変な叫び声を上げ、驚き過ぎて腰を抜かしてた。
俺はそれを見て大爆笑。お腹が痛すぎるくらい笑って思わず腹を下したくらいだった。