見神の頭痛
stage:ライトウェルの町
side鋼
「あの…」
「ん?」
ゴブリン退治が終わり、ギルドから報酬を貰った俺は「さて帰るか」と屋敷を目指して帰っていたのだが、その途中、キラキラと光る金色の髪をしたぼさぼさ頭の少女に声を掛けられていた。
年は16くらいだろうか。肌は何処かの箱入り娘のごとく白く、瞳が赤いことから兎を連想させる。
この少女は何者だろうか?
そんな疑問を浮かべていると彼女が真顔になった。
なんだろうか。この顔を見ると違和感がする。
何だか人としての感情が薄いというか……そのなんだ。
そもそも感情というそのもの自体を知らないで今まで生きてきたようなそんな感じが彼女からする。
おいおい、こんな少女と知り合った覚えなんて俺はないぞ。
…だが、もしこの少女と俺に関係することがあるとするならば、それはなんだ?
考えられるパターンとしては3つあるな。
1つ目は、トリスタの悪戯。
だが、これは可能性としては低いだろう。
トリスタの悪戯ならば基本的にトリスタがその場にいるからだ。
ここには、その気配がない。だから、恐らく違う。
2つ目は、新人冒険者の可能性。
俺は基本一人で依頼をこなすことが多い。
しかしたまにパーティーに誘われる時があって一緒に仕事をすることもある。
その時の話をギルドの人達も知っているらしくたまに新人冒険者の人達に稽古を付けさせたりするときがあるのだ。
最後に、あまり…考えたくもないが、災厄神教の連中である可能性。
災厄神教はいわゆる邪教と呼ばれる宗教団体だ。
俺はあまり関わりたくないし、宗教自体あまり興味がない。
だが、奴等は俺達のいる村を徒に滅ぼしたり、一部の亜人や人間を殺したりするヤバイ連中だということは知っている。
最近では、シルフィを拐おうとまでしてた連中だ。
もし、彼女が災厄神教の人間ならこの前のことを恨んで俺たちに復讐しに来たのかもしれない。
いずれにせよ、彼女がどんな人間なのか分からない内は警戒が解けないことには代わりない、か。
そうして、改めて警戒を強めようと呼吸を整えたところで、彼女が顔ひとつ変えず喋り出した。
「ここは…どこ、ですか?」
「…は?」
彼女は迷子だった。
「ありが、とう」
「気にしないでくれ」
とりあえず俺はギルドまで案内することにした。
迷子がいたらとりあえずギルドに連れていく。これがこの世界の常識だった。
あそこはなんだかんだ言って広いし、人も多い。なにかひとつくらい手掛かりが見つかるんじゃないか?
おそらくだが。
「しかし、ここに来た記憶がないとはな…」
「ごめん、なさい…」
「謝る必要はない。そんなこともある」
疑ってばかりじゃ話にならないことを思い出し、俺はある程度話をすることにした。
三日月。それがこの少女の名前だ。
彼女はこの世界とは違う世界から来たらしく、この世界のことや大陸、五大宗教などを全く知らなかった。
俺が言うのもなんだが…彼女は少し危機感が薄いらしい。
いきなりこんな重要なこと打ち明けるなよ…。まぁ、俺も似たような境遇の人間じゃあるから内密にするけどな…。
それと彼女は力加減の出来ない怪力を持っているらしく、壁に手を付いたら壁を割ったり、前から飛んできたボールをキャッチしようとしたら破裂したりと何処かうちの怪力娘二人を彷彿させる苦手な部分を持っていたりしていた。
とまあ、かなり厄介な事情を持っているらしい。
これは…嫌な予感がしてきたな…。
「冷たい…」
「…雪が降ってきたな」
静かに雪が降ってきた。
風があまり吹いてないのでそこまで寒いわけではないが、三日月のワンピース一枚は見てるだけで寒そうだ。
はぁ、仕方ない…。
「三日月。俺のジャケット着てくれないか?」
「…私、寒くない」
「…寒くなかろうと着てくれ。でないと俺が何か言われるんだよ」
「分かった」
俺は三日月に俺の蒼いジャケットを着せた。
俺のジャケットは三日月にはかなり大きいようでーーまるで俺がある日昼頃に屋敷へ戻ったら(何故か酷くレトアが興奮したのを不思議に思い居間に向かうと)レトアのナース服(どこで調達してきた…?)を(無理矢理)着せられ、目が死んでいたトリスタのような感じになった。
あれには引いたが…三日月は…無難な感じに見えるのか?
近頃のファッションは分からん…。こういうのはシルフィかあのバカに聞くのが一番だな。
三日月はジャケットを真顔で見詰め、軽く体を動かすと何か納得したように顔をこちらに向けると「問題ない」と呟いた。
「さて、行こうか」
「…分かった」
俺は先導するように先を歩いた。
ふう…この様子だとしばらくは屋敷に戻れそうにないな。
屋敷の皆に夕飯までには戻ると伝えておかないといけないか。
ギルドに屋敷へ連絡してくれるやつがいてくれればいいが…最悪厄介な事に巻き込まれたらまたシルフィに心配させちまうかもな…。
そうなると、とても面倒だ。そうならないで欲しいものだが…自分の不幸は舐められないよな…。はあ。
ふと、後ろを見た。
そこには見慣れない環境に不安を感じて、周りをきょろきょろと警戒しながらされど何かないかと探す少女の姿があった。
それを見た俺は、あいつに見付かったら厄介な事に巻き込まれそうだなと一抹の不安を感じた。
stage:ライトウェルの町
sideトリスタ
おかしい。
何がおかしいかと言えば見神のことだ。
ほんの少し前までは普段通りの天然マイペースだったが、今は頭を抱え込んで俯いていた。
どうしたんだろうか?
少し考えてみる。
推測その1
単に頭が痛い。
だが、それならヒールで緩和出来る。しかし、ギルドのお姉さんのヒールもあまり効いてそうにはなかった。
つまり、これはただの頭痛じゃない。
推測その2
何か大事なことを忘れていて今それに気づいて頭を回している。
例えば俺なら、さっき便所に行ったときに気付いたんだが、何故か履いていたパンツが黄色の花柄になっている女物のパンツだった。
もしかしたら、昨日レトアから逃げようと風呂から急いで上がって必死に着替えた時に誰かのと間違えて履いてしまったようだ。
くそ、触ったときに自棄に質がいいなとか思ったのになんで今まで気付かなかったんだ俺のバカ野郎!
しかも、誰のかさっき分かった…これシルフィの奴だ。
やべぇ…どうしよう!?
これ…バレたらシルフィに顔面崩壊されるまで殴られて最近開発した魔法弾幕を試されるかもしれねぇ…。
しかも…そのあとレトアにまで気付かれたら…今度風呂から上がったときおれのパンツがネタとしか思えない女物のパンツにされてるかもしれねぇ…。
やべぇ…これバレたら死ぬ。
身体的にも精神的にも社会的にも抹殺される…。
…風呂に入るまでにどうにかするしかねぇ…。
第5回スニーキングミッション決行するしかないな…。ごくり。
って、それは今はいいんだってば!いや、良くないけど!
とにかく見神は何か忘れちゃいけないものを思い出して頭を抱えているかもしれねぇってことだ。今の俺のようにな!
それって…どんなことだ?
見神がこんなになるまでのことだ。
きっと、俺以上に厄介で深刻な事なんだろう。
……これ以上深刻な問題ってなんだ?
昨日の見神を思い出してみる。
昨日の朝、どこぞの天使降臨みたいな感じで翼生やして降りて来て「トリスタ、今日は暇か?」などと言いながら窓からやって来た。
アイツ、ああ見えて結構ノリ良いよなと思った朝だった。
その昼、100倍辛いトウガランエキスを混ぜたケーキでロシアンルーレットをし、龍の嗅覚なのかそれら全てを避け、喉が焼けて咳き込む俺にズルして勝ったみたいで何だか悪いなぁと顔を複雑にしながらも、いやそれ以上に俺の火を吐く姿がそんなに滑稽だったのかひきつりながらも笑っていたこと。
くそぅ…覚えてろよ…。次は龍の鼻も効かない料理で唸らせてやるからな!
夕方、帰ってきた鋼と一緒に戦闘訓練をしていたこと。
鋼はこういうとき絶対手加減をしないので、見神がどれだけ必死にやってもまともに攻撃が当たらない。それを悔しそうにしていたのを俺は横から見ていたので知ってる。
俺はそれを見て少し気分が晴れていた。はっはっ!ケーキの時に笑った恨みは晴らさせてもらったぜ!
しかしそのあと、何故か俺が鋼と勝負をさせられ、気を抜いていた俺は鋼にぼっこぼこにされた。
あのときは鋼を心底恨んだ。
夜、レトアがいつものように「とっりっすたぁぁーー!!」などと叫びながら俺へと全力の愛のタックルをしてきて、俺は血を吐きしばらくレトアのされるがままにされ、気が付けば風呂に入っていて怪力レトア相手にテクニックでしのぎながら何とか今日も貞操の危機から逃れ、遅い夕飯を見神と共に食べた。
この日はウルフ肉が安売りだったのか肉が多かった気がする。
俺はまたウルフ肉かと少し呆れていたが、鋼はなにも言わずに黙々と食べるし、シルフィはサラダ盛り(エルフ用)を食べてたし、レトアはなんかタレを混ぜながらグルメリポーターみたいなノリで大袈裟なリアクションを取っていた。
見神はウルフ肉に付いていたタレを気にしているようだった。何でもタレを作るのは地上の人間しかいないらしく、珍しいらしい。
それを聞いた俺はこれは商売になるなと密かに笑みを浮かべながら夕飯を完食した。
……うーん。やっぱり心当たりないなぁ。
強いてありそうなのは昨日鋼と戦ったのがトラウマになっているってくらい。
でも、あのあとそこまで気にしてる感じはなかったし…。うーん、よく分からん。
まさか、俺と同じようにパンツを間違えたとかないだろうし……いや、もしかしてパンツ履いてないのか!?
一緒に洗濯しようとか考えてつい洗濯物を一緒に混ぜてしまったのか!?
「それ…ちが、う…と思う」
アホなことを考えていたら、見神が声も絶え絶えに突っ込みを入れてきた。
おお…さすが見神だ…。こんなに苦しいのに突っ込みを入れられるとは。
「見神大丈夫か!?」
「見て…わから、こぼごほっ!ない、のか?」
頭が相当痛いのか苦しそうだ。痛すぎて喉もやられたらしい。
…痛すぎて喉がやられるとか聞いたことがないのだが、何か別の要因だろうか?
とりあえず、背中を擦ってみた。すると、見神の体が震えているのが分かった。
震える…寒い…喉が痛い…頭も痛い…辛い…はっ!
もしかして、風邪か!?
季節を考えればまず浮かびそうな病気を思い出した。
というか喉が痛い時点で気付けよ俺。
「ヒール教会に連れて行くのがいいんだが…」
ヒール教会の人達は回復魔法してくれるだけじゃなく、こういう病気も診てくれる。だが、見神は龍人だ。果たしてこの辺境にある教会の人達が龍人にも効く薬を持っているかどうか…。
それに教会の近くには貴族がいる。龍人の見神や普段亜人達と一緒にいる俺がそこを通れば何らかの報復があるかもしれない。
「仕方ない…屋敷に連れて帰るか…」
森の賢者とも呼ばれるエルフのシルフィなら、何か知っているだろうか?
俺は見神を背負って屋敷へと歩き出した…。
stage:ライトウェルの町
side???
龍人を背負って何処かへと走る少年の姿を遠くから眺め、私は笑った。
計画は順調だ。
例の龍人はあのお方の思惑通り過去のトラウマを思い出し始めた。
ああ、私もついにこの町を滅ぼせるのですね。
なんと感慨深いことか!
「ふふふ…アーハッハッハッハッ!!」
「うるせぇ!折角寝た赤ん坊が起きちまうだろうが!」
ガン!
私の頭に何故かバケツが落ちてきた。
……………絶対滅ぼそう。
私は固くそれを誓った。
今日は終わりです。
また書き溜めしておきます