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ワンライ投稿作品

わすれられたもの

作者: yokosa

第118回フリーワンライ

お題:

会いたいと夢を見る

くまのぬいぐるみ

眩しいと羨ましいはまるで同義


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 その部屋の片隅、折り重なるように配置された家具の後ろに、誰からも忘れられたようにひっそりと熊のぬいぐるみがあった。

 何年もそうしておかれたのだろうか、埃をかぶったぬいぐるみは茶色と灰色のまだら模様になってしまっていた。

 誰かが投げ飛ばしたのだろうか。あるいは家具の上から落ちたのだろうか。

 熊のぬいぐるみは項垂れるように座っている。

 部屋の死角の家具の影は、まるでぬいぐるみの心情そのままに暗く沈んでいる。

 ――と、ぬいぐるみがわずかに動いた。

 忘れられた主人に会いたいと夢見るぬいぐるみを、哀れに思った神が魂を与えたとでもいうのだろうか。

 座った状態から倒れたぬいぐるみが、不器用に床を這う。

 曇ったボタンの眼が鈍く光を反射している。

 ぬいぐるみの進む先には、家具の隙間があった。隙間からは光の筋が差し込んでいる。

 細いが、しかし眩い明かりだ。暗く沈んだ世界に切れ込みのように走った光。それは、かつて熊のぬいぐるみが過ごしたであろう、暖かな世界とのか細い接点だ。

 今、その暖かな世界に熊のぬいぐるみはいない。当たり前だったそこは、今やぬいぐるみにとって羨む世界となっている。

 熊のぬいぐるみは床を這った。

 まるで、そこへ戻るのだと。光の場所に辿り着ければ、幸せな時間に戻れるのだと。そう言わんばかりに進む。

 熊の手がついに光源の元に達した。ぬいぐるみが望んだ、光の世界。

 そこには小さな階段があった。ぬいぐるみはそここそ目指すべき場所だと言わんばかりに向かう。

 階段をよじ登ったその先には、おそらく彼のいるべき輝かしい場所が――


 *


 バタン

 ダストシュートが閉まる。

「いかがです?」

 セールスマン風の男が、隣の若い夫婦に向き直った。

「長く住んでいると、思いもよらない物が、思いがけない場所に入り込んで、それっきり紛失することがよくあるでしょう?

 その点、我が社の商品ですと、一定期間放置された物に埋め込まれたアイソレーション・センサーが周囲の状況を確認し、自動的に指定の場所へ移動するようになっています。

 ええ。ご覧いただいたデモンストレーションでは熊のぬいぐるみで、指定場所はダストシュートでした。

 ――ご安心ください。本商品は個別に稼働する必要はありません。

 今のはぬいぐるみが動いていたのではありません。

“家”が動かしていたのです。

 正確には床や壁ですが、それらがアイソレーション・センサーと連動して振動することによって、家具の裏や隙間に入り込んだ物を移動させるのです。例えばコインだったり、あるいはレシート、どんな物でも大丈夫。

 ――いや、失礼。デモンストレーションにしては少し刺激的すぎましたか。ぬいぐるみが情念を募らせて勝手に動き出すことなんて、あるわけございませんから」



『わすれられたもの』了

 見方を変えたり、ありもしないもの見て擬人化するとこうなるみたいな。幽霊の正体見たり、枯れ尾花。

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