サクセスストーリーの始まりは突然に…
その男は俺の顔を下から覗き込む様に話し掛けて来た。
つい…今しがたまで、兄貴分の勇治さんに、ボコられ…
パチンコ屋の駐車場に、へたりこんでいる。
こんな…俺の状況など、
お構い無く…
そのサラリーマン風の男は眼鏡を人差し指でチョイと直しながら…
『おや…随分と殺られてしまいましたねぇ…』
等と馴れ馴れしく話し掛けて来た。
『なんだよ!!
オッサン!!馬鹿にしてやがんのか?』
俺は凄みを効かせ…
へたり込んだ、その位置からの目線で、オッサンを睨み付けた。
『いいえ…
貴方の魂が美しかったもので…
つい声を掛けてしまいました。』
と、一瞬…理解が出来ずに呆気に取られそうになった俺を尻目に、凄みを効かせた軽い脅しを、それこそ軽くいなす様に…
オッサンは自己紹介を始めた。
『私共は、世間一般には流通しない。または、流通してはならない物を取り扱っております。』
次の言葉をオッサンが口にしないうちに…
パチンコ屋の駐車場の壁に凭れかかっていた体を起こし
濡れたコンクリートのせいで汚れた白いスーツの汚れをはたいた。
オッサンは俺がこの場から立ち去ろうとしていると感づき…
名刺を俺の目の前に恭しく差し出した。
その…差し出された名刺には…
悪魔堂営業部主任
メフィストフェレスと書いてあった。
なんだぁ!!
オッサン…典型的な日本人面じゃないか?
なのに、メフィストフェレスたぁ、どう言う事だ…
俺はこの場から立ち去ろうとした足を止め…
メフィストフェレスと名乗るオッサンの足元から
ねめあげる様に視線を移した。
そこには紛れもなく、誰もが普通のサラリーマンと認める程にサラリーマン風の男がいた。
七三に分けた髪型と銀縁メガネ…量販店で買い求めたとおぼしき、ありふれたスーツに腕を通した。
そんじょそこらに転がるありふれた
如何にも日本人面したオヤジが立っていた。
こんなオッサンと関わりあっても俺にはロクな事は無い。
すがり付く様に、まとわりつくオッサンを振りほどく様に足を一歩踏み出した。
慌てたようにオッサンはまとわりつく…
『せめて…せめて…
お名前だけでも…』
何で俺がこんなオッサンに名前を教えなくちゃならない。
そんな義理はこれっぽっちもありゃしない。
今は、ボコられて、みすぼらしくは見えるが
こう見えても俺はヤクザだ…
たとえ…暴対法でヤクザだと名乗るだけで逮捕されるこの御時世であっても…
ヤクザだと大っぴらに、叫べなくても…
況してや、下っぱの、下っぱで這いつくばり生きていようとも
俺は、俺なりに精一杯生きているんだ!!
例え…喧嘩にしか取り柄がない俺でも…
こんなオッサンとは、関わりにはなれない。
いや…なれる訳がない。
すがり付こうとするオッサン振りほどこうとした時。
『その…喧嘩しか能の無い貴方の人生を…
どうか私たち悪魔堂が勢力を上げて…
サクセスストーリーにのせて差し上げますから
何卒お話しだけでも』
おい…ちょっと待て!!
喧嘩しか能が無いなんて…一言も口にしてないぞ…
しかも…
そんな俺をサクセスストーリーにのせるだぁ?
馬鹿も休み休みにしやがれ!
『いえ…このようなお話しをワザワザ休み休みに貴方に持ち掛ける筈は無いじゃありませんか?』
なっ!!まただ、また俺が心の中で叫んだ言葉に反応しやがった。
この世の中に…
読心術なんてのが有ろう筈は無い…
テレビでやっている。
メンタリズムなんてのは
誰か一人協力者が居れば容易く出来る…
後は…それらしくつじつまを合わせるだけで相手をリード出来る。
なのに…
このオッサン、絶対に踏み込む事が出来ないこの状況で、何故…
俺の心が読める。
こんなオッサン気味が悪いが…
興味も出てきた。
気味の悪さより興味が上回る事に、さほどの時間は要らなかった。
俺は、踏み出した足を止めてしがみ付かんばかりに
まとまりつくオッサンに振り返った。
『せめて…ほんの小一時間…
そこの…ファミレスにでも入って少しお話しをさせて下さい…
後藤公明さん…』
『オッサン!何故俺の名前を知ってるんだ!!』
『おやっ?私としたことが…
まだ名前をお聞きする前に後藤さんの名前を口に出してしまいました。
申し訳ありません。』
『オッサン、名前だけじゃねぇ…
さっきから、ちょくちょく俺の心の中を覗いたりしてねぇだろうな?』
『滅相もございません。
後藤さんの心の中を覗くなど…
覗かなくても手に取る様に解るだけでございます。』
『屁理屈言うんじゃねえ!!』
『嘘でも屁理屈でも御座いません。
私共は…人様に対して嘘をつけないのです。』
『嘘でも屁理屈でも無ければ一体何なんだ!!』
『只の真実で御座います。この世に置いては真実以外は、些細な事でございます。
ささっ…
何時までも小雨とはいえ…濡れるのは…
体に毒で御座います。
お話しはファミレスで致しましょう。』
俺は導かれる様にオッサンとファミレスへと入った。
次回もお楽しみに。