強制力の先にあるものは……
基本的に強制力のない、意思によって変えられるという話ばかり書いていたので、逆に無理やり強制された場合の話を書いてみました。
そう、あれは五つの時だったでしょうか……。わたくしの体が自由を失いましたのは……。
わたくしの侍女がちょっとしたミスをいたしました。いつもならそれに注意をする他の侍女を見ているだけだったのですが、わたくしの口は意思を無視して、勝手に言葉を紡いだのです。
「なにをやってるの⁉ 使えないわね。あなたなんかお父様に言ってクビにしてあげるから!」
そして、体は勝手にその侍女を打ち付けたのです。
その後、わたくしはお父様に侍女をクビにするように告げ、お父様もそれを了承なさいました。
……今までではまったく考えられないこと。わたくしがそのようなことをすれば、今までならば怒って下さったのに……。
その時から、わたくしの体の自由はなくなりました。
まるで、定められた筋書きに添うように、わたくしはワガママ令嬢と呼ばれるようになり、お父様は悪徳貴族と呼ばれるようになっていたのです。
そうして、やがてわたくしは国の第一王子、王太子殿下と婚約をいたしました。年が合い、侯爵家であるため身分も釣り合い、問題はないとされたのでしょう。
この婚約もまた、筋書き通りなのでしょうか。殿下に一目惚れいたしましたわたくしのワガママからの婚約、でしたから。もっとも本来のわたくし自身は、その様に望んだわけではございませんでした。お会いしたのはまだ八つの時で、お綺麗な方だとは思いましたが。
それから、わたくしのお妃教育が始まりました。体は勝手にそれをサボろうと致します。真面目に覚えてはいけない理由でもあるのでしょうか? わたくし自身は、所作や儀式などなるべく記憶するように心掛けてはおりましたが……。いえ、今のわたくしには他に出来ることがございませんでしたから、ですね。
そうして成長し、わたくしは貴族と優秀な平民が通う学園に入学いたしました。同じ年の殿下もご一緒です。
……そこで殿下は一人の平民の娘と恋に落ちました。
その事自体は仕方がないことでしょう。わたくしという婚約者は、殿下にとっては邪魔なだけでしょうし、家もいつ取り潰されてもおかしくはないと思っておりますから。
ですが、彼女の行動が気になりました。
……どうやら彼女は殿下以外の殿方とも、何かしらの関係を持っておられるようなのです。ただ、だれもその事について指摘をいたしませんでした。……まるで、それこそが予定調和で在るかのように……。
やがて、わたくしの体は彼女を傷つける言動をするようになったのです。
自分の手は汚さず、取り巻きや雇った人を利用して……。
おそらくは近いうちにわたくしは家ともども断罪をされるのでしょう。
わたくしのできることは、ただ、家族と使用人たちが無事であることを祈るだけでした……。
「ーーお前との婚約は破棄する!」
傍らのあの少女を護るようにお立ちになり、王宮の年始のパーティーにて、殿下がわたくしにお告げになりました。
殿下のご両親、陛下と妃殿下もただ見守っておられます。
「お前のした罪は明白だ! 潔く罰を受けるがいい!」
「わたくしが何をしたと言うんですの! 悪いのはその女狐ではございませんか!」
ビクッと震えた少女を殿下は抱き寄せます。
「……すべての証拠は揃っている。おい」
そこで証拠を持ってこられたのは、彼女と関係を持っておられる方々でした。皆様、殿下の側近となられる予定の方々です。
……具体的な証拠をあげられ、わたくしの体は暴れようといたしました。
「その女狐のせいね!」
そう掴み掛かろうとしたところを、側近の方々にねじ伏せられます。……それは当然なのですが、体は暴れようとしております。痛むのでいい加減に諦めてほしいのですが……。
「認めよう。侯爵令嬢との婚約は破棄する」
陛下が宣言をされました。満場の拍手が響き渡ります。
「これからも私を助けてくれるか?」
「もちろんですわ。わたしは何があろうとも、殿下を支え続けます」
見つめ合ったおふたりは口づけを交わしました。
その瞬間に、何かが壊れるような音が響き渡ったような気がしました。
ああ、これで、わたくしも家も終わりですね……。せめて、謝りたかったのですが……。
自由にならない体。それでも想いだけはわたくしのもの。わたくしは、せめてもの想いを、声にならずとも『口にする』。
「ごめんなさいーー」
「え?」
わたくしの声が聞こえたらしい、押さえ込んでいた彼がわたくしから離れました。
「……体が動く……」
「ああ、自分の自由になる!」
幾人もの人たちが呟き、それがざわめきとなる。
わたくしも自分の意思で体を動かす。わたくしが動かしていたわけでもありませんが、勝手にとはいえ動いていたからなのでしょう。問題なく動かせました。
わたくしは急いで陛下と妃殿下の方を向き、教えられていた作法通りに膝をつきます。
「このたびは『わたくし』が大変なご迷惑をお掛け致しましたことを、お詫び申し上げます。願わくはその罪はわたくしだけに。家族に罰が参りませんように、何とぞお願い致します」
……罪人が無作法な真似をしたのかもしれません。ですが、少なくともわたくしの行動による罰を家族には与えたくはありませんでした。
「……大丈夫だよ。みんなわかっているから。もう、呪いは解けたから」
顔をあげると、殿下が目の前で手を差し出してくれておりました。呆然と見つめるわたくしに優しく微笑みかけて下さいました。
……殿下はどちらかというと回りに対して偉そうに振る舞われる方で、このようなお優しいお顔はわたくしも初めて目にいたしました。
……そのお顔に、思わず見とれてしまいました。
「な、なんで? 殿下はわたしと……」
「平民が王族の正妃となることは叶わぬ。これは法に定められていることでもある」
陛下が仰られました。
「十年以上前、とある神の手でこの国に呪いが掛けられた。……この国が滅びるための呪いだ。……解く方法は、ひとつの物語を終わらせること。それも……そなたが幸福になる形での、だ。その為の筋書きを造り、それに添うようにと幾人もの人間に新たに術をかけ、国中の人間の認識を変えるための呪いもまた、新たに掛けた。かの侯爵、令嬢、王太子、他の子息たちもいわばその犠牲者に過ぎぬ。彼らに罪はない。あるとすれば、その術、呪いを掛けた我々と、多くの子息をたぶらかし、国を傾けかけない行動をしたそなたであろう。……今回については大目にみるが、今後同じことをすればそれは罪となる。心得ておくように」
「なによそれ!」
喚く少女は、そのまま連れ去られていきました。
後日、聞いたことなのですが、この国に呪いを掛けたのは、陛下の弟君が刺し違えた邪神だったそうです。
倒された日に産まれたのがあの少女だったそうで、呪いの中核にされていたようなのです。
……彼女は、「わたしはヒロインなのに!」と訳の分かりませんことを喚いて、病院にて隔離されているようです。
お父様のことは予定調和でありましたそうで、その行いはすべて未然に防がれておりました。本来の能力を発揮できるようになりましたそうで、今は重宝されております。
他の子息の方々も、ご自身の意思で、真面目に学んでおられるのをよく見かけます。
……そして、わたくしと殿下は……。
「陛下。許されるならば、このまま私と彼女との婚約を維持したいと望みます」
驚きました。わたくしのような者との婚約を望んでくださるとは、思いもよりませんでした。
「うむ、よかろう。令嬢の所作を見るところ、王家に入れることに問題はなかろう。だが、心までを欲するならば、自分の力で努力するがいい」
「そうですわね。今度、一緒にお茶を飲みましょう。いろいろとお話しも伺わないといませんもの」
陛下と妃殿下のお言葉で、わたくしたちの婚約はそのままとなりました。
「あのとき、真っ先に家族を守るための言葉を発したことに、心が動かされたんだ」
殿下はそうおっしゃって下さいました。
「わたくしも、殿下が優しく微笑みかけて下さいました時に、きっと恋に落ちたのです」
呪いから解放されたわたくしたちは、それ故に今共に在ることを望むのです。
自身の、自由な心で。
無理やり演じさせられていたものが無くなれば、本来の性格が出てくるものでしょう。
主人公→ワガママ令嬢ではなく家族思い
王太子→俺様ではなく穏やか
ヒロインはもともと自己中です。そうでなければ、逆ハールートは進まないでしょう(メイン殿下、他はキープ)。