-97- それでも捜査する理由
韮皮署の捜査本部は一部の捜査員を残し解散した。犯人と思しき手配中の重要参考人、肉身が見つからず、行座川 溺死事件の捜査は、暗礁に乗り上げたまま時効が迫っていた。無論これは、溺死者が何者かにより殺された、あるいは死に至ったと考えた場合であり、科捜研や鑑識の必死の証拠収集にもかかわらず、めぼしい物証を得られなかった。状況証拠のみでは、逮捕状が請求出来ない。この一件の残留捜査員に残れなかった刑事の鉄板がそれでも捜査する理由は、何が何でもこの事件、いや、一件の真相が知りたいためだった。鉄板は、空いを見て私的な別件捜査を続けた。
そしてある日、鉄板は聞き込みの途中でついに肉身を見たという有力な証言を得た。
「ええ。この人なら見ましたよ。ああ! 二日前だったな、確か…」
「それは、どこでっ!」
鉄板は興奮して熱くなった。
「いやなに…ついそこの油坂です…」
それが何か…という怪訝な顔つきで訊ねられた男は鉄板を見た。鉄板の顔は完全な興奮状態で、紅潮を通り越し、赤くなりつつあった。
後日、重要参考人の肉身は韮皮署へ出頭した。
「なんだ…アレですか。アレは単なる事故です。私より野草さんの方が傍におられましたから事情はよくご存知のはずですよ。なんだ、アレですか、ははは…」
肉身は野草を探し、その後も秘密裏の捜査を続けることになった。中の重要参考人、肉身が見つからず、行座川溺死事件は、なかなか鉄板により焼き上がらず、食べられていない。鉄板がそれでも捜査する理由は、早く食べたかったからだ。
完