-93- 犯人は、どっち?
バタバタした捕り物劇が銀屋町署管内の七夕商店街で繰り広げられていた。引ったくり犯と思しき男は40代半ばの男だった。それを追う警官は、非番の休みで、たまたま近くの店で買い物をしていた天川である。商店街の一角に逃げ込んだのは間違いなかったが、なにせ人通りの多い商店街だけに天川は犯人を捜すのに難儀していた。逃げていく姿ははっきりと見た天川だが、その男はとてもひったくり犯には見えない紳士だった。白いカッターシャツにネクタイ着用の背広服姿で革靴を履いていたから、とても犯人とは思えず、逃げていく男の顔が印象に残っていたのだ。運の悪いことに、引ったくりの現場近くにいた野次馬男が、引ったくり事件に絡んだ。
「ど、どうされたんです?!」
「買い物袋を引ったくられまして…」
「どっちへ逃げましたっ!」
「あちらです」
「分かりましたっ! よし、いくぞっ!」
数人の野次馬は走り出した。別位置だったが、もちろん、私服姿の天川も走りながら犯人を追っていた。天川は犯人を見ていたが、野次馬数人は犯人の顔を見ていない。これが、いけなかった。走って探す天川と野次馬がバッタリ遭遇したのだ。そしてついに、なにが、どうなったのか分からないが、野次馬によって天川は捕らえられた。
「ふてぇ~野郎だっ! あんな色年増の買い物袋を引っさらいやがって! さあ、どこへ隠したっ! 出しなっ! 早く出しゃ~、交番には突き出さず、逃がしてやるっ! さあ、どうなんだっ!」
気の荒そうな野次馬男は、そう息巻いた。」
「わ、私がその交番の…」
「交番が、どうしたって!」
「じゅ、巡査です、わ、私。そこの…」
男に取り押さえられながら、天川は交番の方向を指さした。
「そこのぉ~? …あっ!!」
男は、やっと勘違いに気づいたのか、羽交い絞めしていた手を緩めた。
「そうです! 私が巡査の天川ですっ」
天川です・・は余計だったが、天川は自己主張した。
「ど、どうもすいません!」
「いえ…」
野次馬男が頭を下げた瞬間、犯人が何食わぬ顔で二人の横を走り去った。
「ああっ! い、今のが犯人ですっ!」
「えっ! ま、まさかぁ~」
天川は叫んで犯人を指さした。野次馬男は振り向いて犯人を見たが、信じられず追わなかった。二人の横に盗られた買い物袋が、盗られたそのままで置かれていた。
完