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-9- ツマミ

 珍味ちんみは追われていた。自分が犯人ではないことは珍味自身が一番よく知っていた。だが、警察はなぜか珍味が犯人だと断定し、追っていたのである。実は追っている刑事の冷酒ひやざけが真犯人だということを彼以外、誰も知らなかった。まさか! の事実は有り得たのである。

 話は一年前にさかのぼる。休日の日、珍味は山の尾根伝いにある峠の茶屋にいた。腹が減っていた珍味は具も何も入っていないねぎだけのかけうどんをすすっていた。そこへひょっこり現れたのが刑事になったばかりの冷酒だった。美味うまそうにうどんを食べる珍味を見ながら冷酒は横へ座った。冷酒は笑顔で軽く珍味に会釈えしゃくした。そこへ年老いた店のあるじが盆に茶の入った湯のみを乗せて現れた。

「なににされます?」

「そうだな…美味そうだから、コレにするか」

 冷酒は張られた品書きをチラ見したあと、視線を珍味が食べるうどんばちに移し、主にそう言った。

「かけでごぜぇますね? へい、しばらくお待ちを…」

 今日の客はセコイな…とでも言いたげに、主は声を小さくして言うと店の奥へ消えたが、すぐにうどん鉢を持って現れた。

「へい、お待ち…」

 腹が減っていた冷酒は珍味を追い抜き、いっきにうどんを食べてしまっていた。下山途中で少し急いでいたこともある。食べ終えた冷酒はお代を置いて去ろうとした。ところが、である。財布がどうしても見つからない。ひょっとすると頂上で昼を食べたときに…と思えた。だがもう遅い。これから頂上へもどれば、陽はとっぶりと暮れてしまうだろうと思えた。

「なにかお探しですか?」

 そのとき、運悪く珍味は冷酒に声をかけてしまった。

「ああ、いやなに…財布がね。おかしいなぁ?」

 冷酒はポケットをまさぐりながら、そう言ったが、財布は出てこなかった。幸い小銭入れはあったから額を確かめると30円足りなかった。

「あの…すみません。30円足らないんですが、立てかえてもらえませんかね、後日、お支払いいたしますので…。どうも、財布を落としたようなんですよ…。私、こういう者です」

 えらそうに冷酒は警察手帳を見せた。冷酒はかねてから、この所作を一度、やりたいと思っていたのだ。

「いや、私も生憎あいにく自分の分しか持ち合わせが…」

 厄介やっかいなのに出会ったぞ…と思いながら、珍味は食べ終えた鉢の置くと代金を置いて去ろうとした。

「親父、ここへ置いとくよっ! それじゃ、お先に…」

『ありがとやした!』

 そのとき、冷酒は珍味が置いた代金から30円を失敬した。奥から主が代金を取りに現れたとき、珍味はもう姿を消した後だった。主は置かれた代金を見て30円足りない…と蒼くなった。これでは、明日が・・・とまでは思わなかったが、おやっ? とは思った。

「今の人、逃げるように走り去りましたよっ! こういうものです。私がとらまえましょう! それじゃ!」

 後ろめたかったのか、冷酒は茶屋から逃げ去った。

「あのう、もし! …行っちまったよ。私ゃどうでもいいんだがね」

 主は冷酒が去ったあと、そうつぶやいた。そんなことで、珍味は冷酒のツマミにはなりたくない…と思いながら、今日も30円のことで追われている。だが事実は追っている冷酒の方が珍味にツマミにされかけていた。30円をくすねたうしろめたい自分自身はあざむけなかったのだ。完全犯罪はあり得ないのである。


                    完

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