-89- 困った人々
人通りが多いとある商店街の店先である。眉唾署の刑事、顎皺の聞き込みが続いていた。
「そう言われましてもねぇ~。なにせ相手は一見さんですから…」
焼きオムスビ屋の店主、焦味は困り顔で顎皺にそう返した。
「いや、それは分かるんです。だから犯人の何か目だった特徴は? なんでもいいんです」
「目だった特徴ですか…。私が表へ飛び出したとき…走り去る男は後ろ姿でしたから」
「なるほど…。後ろ姿は見られた訳ですね? で、背丈は?」
「小柄でしたよ。こっちへ歩いてくる中年女性より、やや高めでしたから…。1m5、60ってとこじゃないですかね」
「1m5、60ね…」
顎皺は必死に手帳へメモった。
「盗られたのはオムスビ1個だけですか?」
「はい、それがなにか…」
焦味に逆に返され、顎皺は内心でフツゥ~、オムスビ1個で警察に電話するかね? と、呆れ顔で焦味を見た。
「いや、どうも! 他の店も当たりますので…。また、何ぞあれば伺います」
顎皺は軽く敬礼すると、右斜め向かいの店へ立ち寄り、聞き込んだ。
「ほう! すると、両手にオムスビを持って走り去る男を見られたんですね? 盗難は1個だったとお聞きしてるんですが…」
「いや! 絶対に2個ですっ! 私ゃ両手に持って走り去るのを確かに見たんですから!」
「はぁ、分かりました分かりました。2個ですね?」
顎皺は嫌々(いやいや)、手帳へ2個とメモった。
「いや、どうも…」
軽く敬礼すると、顎皺は左斜め向かいの店へ去っていった。左斜め向かいの店主は長話好きで、顎皺は散々、世間話を聞かされた挙句、電話がかかったとトンズラされた。困った人々だっ! と、顎皺は少し商店街の人々が小憎らしく思えてきた。顎皺はそれでも聞き込みをやめる訳にはいかない…と我慢して、また右斜め向かいの店へ入った。顎皺は盗難事件? いや、盗難届のあった店から、ちょうど犯人が走り去った方向にジグザグに聞き込んでいることになる。
「あの…よろしいかね」
「はいはい、なんですかな?」
出てきたのは、耳が遠そうな老人だった。顎皺は事細かに聞き込んだが、まったく要領を得なかった。それでもようやく、老人は思い出したように語りだした。
「はいはい! そりゃ、私ですよ、わ! た! し!」
「ええ~~っ!」
新事実の展開に顎皺は驚いた。
「ええ、それは私ですよ。妙だ? 5円置いといたんですがねぇ~、細かいのがなかったんでね。人聞きが悪い! 私ゃ泥棒じゃないですよっ!! あとから持ってくつもりだったんですから。つい。忘れとりましたが…」
顎皺は馬鹿馬鹿しくなった。聞き込んだ挙句が、これかいっ! と怒れたのである。
「あっ! もう結構ですっ! 返しといてくださいよ、失礼しましたっ!」
顎皺は困った人々だ…と思いながら商店街を去った。
完