-88- 戻(もど)ってきた証拠
これという状況証拠も得られないまま、残った餅の数という唯一の物証により、訴えられる破目になった財宝に科料の判決が言い渡された。要は、科料であって軽い、軽~~い●判決だった。だが、財宝は餅は自分が食べていないと言い張り、その判決に対し異議申し立てを行ったのである。その餅は限定生産された1個、時価数万円の高額餅だった。財宝の申し立ては次の通りである。
「だいたい、食べ終えて満腹になっていた私が、他の高価な餅まで食べると思われますかっ?! 考えてもみてください。人間、そんなに食べられるもんじゃない! まあ、空きっ腹ならともかく、私の場合、そんなに減っておりませんでしたからねっ! 高価な餅ということもあり、何個か食べ、もう食べられなかったんですよ、そのときは…」
「それを証明する人は誰かいますか?」
「いえ…。席を立たれた皮袋さんだけでしたから」
「でしょ! あなたしかいないんだっ! 私の餅を食べたのはっ!」
「あんたは、またそういうことを言う! 高々、1個、数万円の餅じゃないですかっ! そんなに言われるんならお支払いしますよっ、過料の分だけっ!」
「ほら、やっぱりあなたが食ったんだっ!」
「まあまあ、お二人とも…」
裁判官は呆れながら、双方の中央で、アングリした顔をした。そのとき、バタバタと入ってきた一人の子供がいた。訴えた皮袋の10才になる息子である。
「あの…財宝さんが来られる前に、僕が一つ、食べておきました」
「なんだってっ! お前が?」
「はい、お父さま…」
「それならそうと、ほほほ…先に言いなさい。それに、食べておきましたじゃなく、食べましたでしょうが、この子は、ほほほ…」
皮袋は目に入れても痛くない息子のひと言で態度を豹変し、急に柔和な笑みを浮かべた。戻ってきた証拠は皮袋が溺愛する息子だった。
完